第23.5話 文学少女系ヒロインは司書とお話をする

 何でこうなったのかの経緯については、私もちゃんとは覚えていない。

 とりあえず一人でなくて良かったとは思ったけど、その後すごーく後悔した。何故ならふたりは私とは違う意味で真逆の存在だったからだ。チェルシーは元気いっぱいでかわいい。トレイシーは黙っていれば美人だけど脳筋だ。ほんとに脳みそ筋肉で出来ているのではないのかと思うくらい、脳筋だ。大体のことは筋肉で解決できると思っている節がある。どういうことなのか。

 前世の私は本を読むことが好きだった。自分にはない力を得るような気がして、知識を得ることが何よりの楽しみだったりしたのだ。童話もミステリー小説もホラーも現代恋愛ものも、古今和歌集や万葉集、果ては辞書や図鑑に至るまで。ありとあらゆるものから得られる知識は、私の知識を満足させてくれた。

 とても、とても楽しかった。

 この世界に来て一番の不満は本を読めないことだった。だから孤児院で聖書を借りてよくよく読んだ。学校に行くことが決まった時は、本当にうれしかった。


「おや? また貴女か。フローリー男爵令嬢」


 司書の彼はとても不愛想。知ってる。ゲームで何度か見た顔だ。図書室に行くと高確率で出会う。これはヒロイン補正とかなんとかチェルが言ってた気がする。

 最近はちょっとだけ喋ってくれるようになった。まぁ第一印象最悪だったから仕方ないんだけど。


「今日はこの本を貸し出ししてほしいんですけど」


「ん? またゴーレム関連か。最近はこればっかりだな」


「ええ、まあ。妹がゴーレムを作りたいと言い出しまして」


 そう。チェルがそんなことを言いだして私は巻き込まれている。


「君の妹は変わっているな」


「私も本の虫ですし、変わっているのはお互い様だと思っています」


 思わず反論してしまった。確かにチェルシーは変わっているけど、悪い子ではない。何か、彼女だけが覚えている前世のことがあるので、保険のためにゴーレム造りをしておきたいのだと言っていた。ニナ様が関わっていることでもある、というのだから手伝わないわけにはいかない。

 彼女には恩がある。今更ながら自分がこんなに義理堅い性格だとは思っていなかったけれど、彼女には返したい恩があるのだ。

 はっと気づけば、司書、イェレミアス様は驚いた顔をしていた。私がチェルのことを庇ったからだろうか。


「……貴女は、他人にはあまり興味がないのかと思っていた」


「そんなことないです。特に、家族のことに対しては、譲れません」


 そう。彼女は家族だ。トレイシーも。血縁という以上に前世の記憶がわずかばかり残っているという共通点でつながった家族。彼女たちが居なかったら、私はどうなっていただろうか。

 イェレミアス様はすこし穏やかに目を細めて、眩しそうな顔をなさっている。何かしたかしら?


「いい家族を持っているようだ」


「そうです。大事な、私の家族です」


 ニナ様は別格で大事だけど。彼女にすくい上げられなかったら、私は今ここにいない。


「貴女は少し、ほかのご令嬢と違うようだ。本ばかり読んでいるし」


「年ごろの女の子がするという固定観念みたいに、カフェで恋の話で盛り上がったりは苦手なだけです」


「なら、いっしょだな」


 ふふ、と笑った。笑った? イェレミアス様が笑った顔を初めて見た。私が驚いていると、ちょっと照れくさそうに彼はこほんと咳払いをした。


「何かね?」


「いえ、イェレミアス様も笑うのかと」


「それは失礼だ。私だって笑うときもある」


「そうですよね。ふふ」


 思わず私も笑ってしまった。なんだか、とても胸の奥があったかい気持ちになったからだ。初めてニナ様に会った時みたいに。


「あら、楽しそうですわね」


「マルティーヌ嬢」


 声をかけられて、すっかり受付を独占してしまっていたことに気付いた。振り返れば、マルティーヌ・ドバリー嬢がたたずんでいる。なんとなく、私はこの人が苦手だ。イェレミアス様と仲が良いから、というだけではない。


「また日を改めますわね」


「あ、ええ」


 名残惜し気に彼女の後姿を見るイェレミアス様が切ない。彼女への恋心はなんとなく分かる。きっと、好きなんだろうなぁ。

 でも、彼女はダメだ。これは直感。妬みや嫉みの類かもしれないけど、彼女はダメだ。何か薄いんだけどすごく黒いものが、彼女には纏わりついているのが分かるから。


「あの、貸出手続きだけしていただければ後は大丈夫です」


 言外に追っていかれては? と言ってみた。だって本当に置いて行かれた子犬みたいな顔をしているんだもの。


「あ、ああ、いや、いいんだ。……そうだ。ゴーレムについては私も知っていることがいくつかあるんだが……その、もしよかったら、この後学食のカフェテラスでお茶でもどうかな」


 突然の提案に私は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしたと思う。私はそんな鳩を見たことはないんだけど。ものすごく驚いて、思わず手に持っていた大事な本を取り落とすところだった。


「え? え??」


「あ、いや、迷惑ならいいんだ。今のは私の気の迷いだから聞かなかったことに――」


「いえ! 行きます! 行きたいです!」


 思わずいつもより大きな声が出た。いつもはもっとぼそぼそとしか喋れない私が嘘みたいに。


「……あ、ごめんなさい。騒いでしまって」


 慌てて顔を本で隠す。私の耳はきっと赤い。だって恥ずかしい。つい大きな声を出してしまった。リーリヤ姫殿下風に言えば、はしたない、だ。


「少し待っていてくれないか。ちょっと受付の仕事をほかの司書に引き継いでくるから」


「は、はい! じゃあ、あの、図書室の扉を出たところでお待ちしてます」


「ああ」


 夢みたい。どうしたんだろう? 気の迷いかな? 私の相手をしてくれるなんて。今まで図書室に通っていても、まるで塩対応だったのに。何か、あったんだろうか?

 それでもこれは良い進歩というものだと思う。チェルみたいにポジティブに考えてみよう。どんな話でもいいから、イェレミアス様と話が出来るのは嬉しい。


「がんばれ、わたし」


 小さく小さくつぶやくと、なんとなく本当に頑張れそうな気がしてきた。

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