第23話 モブ令嬢のわたしは秋に想いを馳せる
夏休みはあっという間でした。
ていうか、気付いたら終わってた。後半は課題を終わらせるのに必死でした。前世の学生の頃と何一つ変わっていないね! 本当にさぁ、楽しむことに全力になりがち。そして最後に慌てるのだった。
でも今回は友だちがいっぱい居たから分担して教えあえばそれほどでもなくてよかったな。前世の学生生活の時もこんな風にしてたっけ。懐かしい。
「ねぇねぇ、ニナ」
しかし日ごとに可愛いチェルシーの眼の下のクマが酷くなっていくのだけがちょっと心配。カーリーの方も飄々としているけど、そこそこ疲れが溜っている感じはする。日のあまり当たらない木陰にいるからこそ、影が強く見えるだけなのだったらいいんだけど。
「何ですの? チェルシー」
でもだからといって抱きついてお腹周りをむにむにしていい理由にはならないけどね! 本当に傍若無人を体現しておるな、君は!
「文化祭って何するの?」
おう。そうでした。秋のメインイベントといえば、文化祭。学生生活の中でも思い出のけっこう大きい比率を占めるアレだね! もちろん恋愛イベントもいろいろあったような?
「そうですわね。兄さまたちに聞いたところだと食べ物屋さんの真似事をしたりですとか、舞台劇をやったりしていたはずですわ」
貴族の子たちもやったことがない飲食業のことを体験することが出来たりするので飲食系の出し物は人気が高いとも聞いたことがある。遊びに来た時にも楽しかったんだよね。二日間開催されるうちの二日目は家族なら入ることが出来たからなぁ。舞台劇は古典のものが多かったはず。それもヒロインたちがメインどころの話だからわたしには関係ないね。モブだから木の役とかありうるんだろうか。
「舞台劇ね。ふむふむ。カフェとか楽しそうだなー」
なるほどねー、なんて言いながらチェルシーはわたしのお腹からようやく手を離してテーブルの上に広げたクッキーを一枚とってもしゃもしゃと食べた。抱きついた体勢はそのままなのでわたしにはくっついたままだ。こぼれる、こぼれる。ほんとにもう。
「そんな行事があるんですのねぇ」
感心したように自分専用のティーカップで紅茶をいただきながらリーリヤ姫殿下が話を聞いていた。そっか。お国が違うとそのあたりも違うのかな?
「姫殿下はクレバー様といっしょに見て回る約束などはなさらないんですか?」
隣のカーリーから剛速球が飛んでいった。すごいな。
「そ、そそ、そんなはしたないこと! わたくしだって一国の王女ですし?! 殿方をお誘いするなんて!」
あばばばばば、と手を横に振りながら金色の縦ロールが揺れて顔を真っ赤にして否定された。意外に
リオネル殿下が変わりすぎてるんだよね。普通、王家の第一王子が男爵令嬢に交換日記なんて持ち掛けないもんね。いや、ほかの一般貴族男子でもしないな。誰の入れ知恵なんだろ。
「この前のジャージで仮面舞踏会みたいな無礼講があるんじゃないの?」
「後夜祭では意中の女性をお誘いする男性もいるとかいないとか、と聞きましたよ」
「クレバー誘っちゃえばいいじゃん。リーちゃんファイト!」
……とりあえず黙って聞いておいたけど、チェルシーはばりばり前の人生の言葉使うなぁ。下手にツッコミを入れるとわたしも転生者だとバレてしまうからお口はチャック。うん。
「……あぅうぅ……ニナぁ……」
涙で目をうるうるさせながらリーリヤ姫殿下に見つめられてしまうと、手助けせずにはいられなくなってしまう。なんやかんや言ってても、やっぱり妹みたいなんだよね。
「ああ、もう。チェルシーもあんまりからかうもんじゃありませんよ」
「だってさーねぇねぇニナは聞いた? ふたりが手紙でどんな話をしてるのか」
あー、それは気になるっちゃ気になるー。
「クレバーに聞いたらさ、フィリ芋の話しかしてないって言うんだよ! もうちょっと色気のある話をしてもいいと思うんだよねー」
「あら、まぁ、それは」
「リーちゃんはどうなの? ていうか、本当にどんな話してるの?」
「えっと、北の大国ではフィリ芋の栽培にはどんな肥料を使ってるかとか土地はどうなのか気候はどうなのか、とかですわよ?」
いいのか! それで!
ああ、でもいいのかな。共通の話題があるって大事だよね。ふたりだけにわかる秘密の暗号みたいなものかしら?
「つまんなーい! もっとドキドキのラブな展開が見たーい!」
他人事だからってそれはない。それはないぞ、チェルシーよ。
「恋愛小説でも読めばいいんじゃ?」
「絵がないとつまんないんだもん。文字ばっかりだと疲れちゃうよ」
ああ言えばこう言う。減らず口とはまさにこのことか? こういう時はあの手だね!
「疲れてるときは甘いものがいいですよ」
目の前にナッツがふんだんに使われたフロランタンのタルトを置くと、目がキラキラとしてそちらに意識がいった。チョロいん。ぎっしりと入ってるスライスしたり砕かれたりされたナッツ類にキャラメルがかかっていて、歯にくっつくのが難点だけど、どっしりとした甘さとよく噛まないといけないので満腹感もそこそこ満たされるので大好きなんだよね。
もくもくと食べている姿は子リスを思わせる。そして静かになった。子どもか。
「ニナ様と同じクラスだったら、この美味しいお菓子でカフェをやっても面白かったのに」
「もごもごもーごもごー」
「ほんとだよねー、とチェルも言ってます」
くすくすと笑いながらカーリーが翻訳してくれる。まぁ、簡単なものならいけるのかな。うちのクラス何やるんだろう?
「リオネル殿下は文化祭はいらっしゃるんですか?」
「さあ? ご多忙の身だから難しいのではないかと思いますけど……? というか、何でわたしに聞くんです?」
何ででしょう、とカーリーはにっこりと笑って誤魔化して、気付けばもぐもぐとおやつを食べているチェルシーも先ほどまでの余裕のなさは嘘のようにリーリヤ姫殿下も微笑ましそうにしてらっしゃるし?! 何なの? これは?
そのまま午後のお茶を楽しんでからプチお茶会は解散の運びとなった。何だか解せぬ。リオネル殿下、って名前が出た瞬間わたし何かおかしな反応してたかなー。
文化祭、うちのクラスが何をやるか決まったら、交換日記に書いてみようかな……。いや、何の下心もなく、ただの報告。報告です。文化祭でこんなことするよーっていう報告。
……誰に言い訳してるんだろうか。わたしちょっと情緒不安定だな、最近。いかんいかん。
でも、少しだけ。文化祭にリオネル殿下も来られたらいいのにな、なんて思ったのは秘密なのである。
特にあの微笑ましそうに見守っている人たちには!
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