第21話 モブ令嬢のわたしは夏休みに勇者と聖女のことを知る

 夏休み到来!

 学生の頃のこの長期休みは社会人になってからありがたみが分かったなぁ。宿題はあれど楽しくてあっという間だったなぁ。バイトとかもしてね! さすがに貴族のご令嬢はバイトは出来ないしなぁ。

 ヒロインがバイトしているスチル可愛かったんだよね。パン屋さんやレストランや本屋さん、果ては酒場まで。その時々で違う制服も可愛くて、あれは眼福だったなぁ。

 宿題として出された課題を粛々と進めながら、たまーに交換日記に目もやりつつ久しぶりのゆっくりのんびりとした時間を満喫するわたしなのだった。


「お嬢様、明日はお客様がいらっしゃるのですよね」


「ああ、もうそんなに日にちが経ったのかしら? はやいわねぇ。そうよ。明日は隣のフローリー男爵領にといっしょにお邪魔する予定でいるわ」


 お友達のところを強調したのは言うまでもない。まさかやってくるのが北の大国の王女様だなんて思いもよらないだろうし、絶対緊張させたら失敗するに違いないのにわざわざ緊張させることもなかろうというのがわたしなりの配慮。待ち合わせが我が家なだけで、すぐフローリーのお屋敷に移動する予定だからね。チェルシーたち、うまいことクレバーに居てもらうようにしてくれたかなぁ。しかし学院に入るまではぼっちのまま一生を終えるんじゃないかと悲観することもあったりなかったりしたけれど、まさかこんなに友だちが増えるなんて思ってなかったなぁ。

 ふわふわもちもちのこのボディも嫌いではないけど、どうにか痩せられないかといろいろ試してみたけどダメだったし。絶食もやってみたけど倒れただけでお父さまもお母さまも兄さまたちもすんごい心配っぷりだったからなぁ。自分のためとはいえ、誰かを悲しませるのはよくない。うん。

 さて、明日のために準備をしなくちゃ。みんな我が家のお菓子大好きだから、日持ちがしそうなものとすぐに食べられるものと用意しておけばいいかな。


「明日が楽しみ!」


 思わず声が出てしまった。ちらりとセリアを振り返ると見ていないことにしてくれている。スルースキルが上がったね、あなた。明日は早起きしなくちゃ!





「このあたりは穀倉地帯なんですのね」


 地平線まで広がる、とまではいかないけれど、平野を埋め尽くすようなフィリ芋の畑は緑が息づいていて壮観だ。わたしたちは馬と馬車で、フローリー男爵領のフィリ芋畑を見学しに来ていた。


「そうですね」


 クレバーと三人娘とリーリヤ姫殿下はそれぞれ馬に乗っているのだけど、わたしは自分の馬が小さくて歩幅が狭いのでカーリーがいっしょに乗せてくれている。重くないかな? だいじょぶかな?


「この辺り一帯はその昔勇者と聖女によって作られた畑だと言われています」


 不意に頭の上でカーリーがそんなことを言ったので、思わず見上げてあごに頭突きをくらわすところだった。危ない、危ない。


「そうなの?」


「そうです。古の魔王との戦いが終わった後、平穏を取り戻した時に何はなくともまず食事だとおっしゃられて御二方が先陣をきって開墾をしたのが始まりだと言われています」


 パワフル。うん、パワフルだな、勇者と聖女。

 そう考えるとこの見事な畑も、何か違う風景に思えてくるから不思議だ。荒れた土地を耕して、こんな形にするまでには先人たちの努力があったというわけね。


「勇者様ですか。我が国にもその伝説は伝わっております。けして見返りを求めぬ、高潔なる方であったのだと」


 リーリヤ姫殿下もその言葉に頷きながら、この一帯をゆっくりと見回す。


「高潔かどうかはずいぶんと昔の話なので不明ですが、その血筋が我が家なのです」


 ん? んん? 今、しれっと何を言ったのかな? クレバーくんよ。

 え? 初耳なんですけど。その勇者の血筋ってやつ。


「とは言ってもニナ。この国の貴族たちはこぞって勇者の血を引いてるとか言ってたりするから、真偽のほどは定かではないよ?」


 釘を刺されてしまった。ちょっとは信用してよー、幼馴染じゃないの。兄たちといっしょにわいわい遊んだことぐらいしか、覚えてないんだけどね。


「……勇者の、系譜」


 リーリヤ姫殿下の眼がきらんと輝いたのは気のせいではないな。何か思いついた?

 きょろきょろしてたらカーリーが少し笑った声が頭の上から降ってきた。


「ん? 何? カーリー」


「勇者の血筋なら、男爵家とはいえ他国の王女の婿殿になるなら箔がつくと思われたのでは?」


 小声でそう囁かれて、なるほど、と心の中で手を打った。そっか。そうだよね。いくら一目ぼれみたいな感じで好きになったとはいえ、もしちゃんと結婚とかまで考えるとしたら家柄とか重要になってくるもんね。やっぱり男爵家と王家じゃあ格が違うもんなぁ。


「……そうだ。ニナ様。戻ったら、私とチェルシーの自由研究見てください! すんごいのを作ってるんですよ」


「作ってるんですの? 見せていただけるなら見たいですけど」


「じゃあ、戻ったらクレバー様とリーリヤ姫殿下を二人きりにした後、ご案内しますね!」


 出来た妹分を持ったようだねぇ、クレバーくんや。まぁ、一生懸命領地の説明をしていて、それを熱っぽい目で見ているリーリヤ姫殿下のことなんてあんまり眼中にないみたいだけど。

 そういうところだぞ!

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