第20.5話 第一王子は誕生日のプレゼントを受け取る
「相変わらずすごいな」
アシルが運んできた箱が最後のひとつで、俺の執務室はプレゼントの入った箱だらけになった。かさばる。量が多い。学院の女子生徒にだけ限ったのにこの量って学院外部の人間からのものも混ざがってるのではなかろうか。
ひとつひとつ入念に呪いがかかっていないか、危害を及ぼす装置が入っていないかをチェックされているとはいえ、これだけのものを開けていくのは骨が折れそうだな、などと思う。
だが、今年の俺は一味違うのだ! だって! だってね! 本命からのプレゼントがここに入っているというんだから、そりゃあプレゼントを開ける楽しみも増えるというものだ。
もちろん心を込めて贈ってくださったご令嬢方の気持ちを踏みにじる気持ちはさらさらない。ただ、俺の大切な特別がひとつ、ここにあるんだというだけで重みが違うというだけの話だ。
「三百はくだらないんじゃあないですかね。どうします? 開封始めますか?」
「ああ。そうだな。少しずつやっていけば明日の昼ぐらいまでには終わるんじゃないか?」
「大小を仕分けるところから始めますかね」
「イェレミアス、ちょっと書類から離れて手伝ってくれるか?」
振り返って俺が終えた書類のチェックをしていたイェレミアスに声をかけると、やれやれと肩をすくめて面倒だというポーズをとる。いや、お前手伝え。
「さすが第一王子ともなると引く手あまた、選り取り見取りですね」
「まぁ、これだけ量があってもしょうがないさ。ねぇ、王子?」
言外にニナからのものしか要らないでしょう? と聞かれて、少し気まずい気持ちになりながら俺はひとまず大小の仕訳を待つことにした。
護衛騎士五人と変な魔法がかかっているものがあると困るので魔術師を三人ほど借りてきて粛々と仕分け作業は続く。自分が目を通さないといけない書類を片付けながら、横目で確認しているといくつかの贈り物が弾かれているのが目に入る。
念には念を入れよ、とは父の言葉だが、まぁ腐っても王族だし仕方ないのかな。
「あ」
小さいものの方に入れられようとしていたアシルが手に取った包みに胸が高鳴った。若草色の紙に栗色のリボンがかけられている。何故だろうか。きっと、間違いないと思ったのだ。
「すまない、アシル。それだけ先にもらってもいいか」
「ん? ああ、チェック済だからいいですよ」
はい、と手渡される。大振りではなく控えめな外装といい、彼女らしいと思った。メッセージカードが添えられていて、はやる気持ちと震える手を抑えつつそれを開くと彼女らしい落ち着いた字が並んでいた。
<お誕生日、おめでとうございます。
いろいろ考えたのですけど、なかなか思いつかなくて
一生懸命作ったので受け取っていただけたら嬉しいです。
ニナ・ジュリエット・ブルゴー>
彼女の字は、彼女の人柄を表していると思う。コーカンニッキというのを始めてみて、最初に彼女の字を見た時にも思ったが、丸みがあるフォルムでもなく踊るような文字でもなく、とても読みやすくてやさしい感じがする筆跡だ。
うれしくて何度も指でなぞりながらその文字を読む。そして気付く。作った? 作ったって書いてあるな。
ふと視線に気づいて顔をあげると、アシルやイェレミアスといっしょに仕分けをしていた護衛騎士や魔術師たちまでなんだか微笑ましいものを見るような、微笑みを浮かべた顔でこちらを見ている。
「な、なんだ」
「なんでもありませんよ」
「一番に彼女からの贈り物を手にできて良かったですねぇ」
にや、とイェレミアスが笑った。お前、後で覚えてろ。
気を取り直して包みにかけられたリボンを慎重にほどき、包みを破かないように気を付けながら開くと真っ白なハンカチーフが入っていた。
手に取ると、黄色の糸で獅子と剣の意匠が刺しゅうされている。緑色の糸で俺の名前も。
……貴族のご令嬢は刺しゅうをすることが貴婦人のたしなみとして奨励されているのは知っている。母上でさえしていることがあるし、妹たちも嫁入りのための必須技術として刺しゅうを習っていることも知っている。
でも、これは。
ちょっと不器用なところもあるけれど、すごく真剣に一刺し一刺し大事に刺しゅうしてくれているのが分かる。きっと大変だったろうな。こんな難しい意匠を選ばなくてもよかったのに。でも、嬉しい。俺のことを思って刺しゅうしてくれたんだろうか。彼女がこれを作っている間、ずっと俺を思っていてくれたのかと思うと更にいとおしさが募る。
「嬉しいな」
今日のコーカンニッキには必ずプレゼントのことを書こうと思う。どれだけ嬉しかったか、伝えたい。でもあの本はページに限りがあるから、たくさんは書けないし困る。いつかまた、会いたい。直接会ってちゃんとありがとうと嬉しいという気持ちを伝えたい。いろんな気持ちが湧き上がってきて、これが誰かに恋をすることなのか、と思う。書物でしか知らなかった気持ち。俺にとってただ一人の特別なひと。
コーカンニッキなー。ちょっと気持ちが迸りすぎて一番最初のやり取りの時に書いた文章は初めてのやり取りにしてはアレだったと思う。キザったらしいというかなんというか。でも本当にニナの夢が見たかったんだから仕方ないといえば仕方ないんだが。
とりあえず、言い訳はたくさんしたい。ずっと一緒にいられるようにするためには、どうしたらいいかもずっと考えてはいるんだ。
「ひとまず大小の仕分けは終わりましたけど、開封もしておきますか?」
「ああ、そうだな。御礼状も出さないといけないだろう」
これはきちんと受け取ったという証明の意味も含める。本来はいらないのかもしれないが、本当に欲しかったのはたった一人からのものだけだとしても、俺の大事な臣下であることに変わりはないので義理は果たしたいと思っている。
「では私は御礼状の文面を考えますよ」
贈り物に込められている熱気に充てられたのか、イェレミアスがさっさと自分の机に戻って書類を広げ始めた。逃げたな。
もう夏休みに入ってしまうから、王宮にいる俺とニナが会える可能性はほとんどない。夏休みが明けたら、一度会えたらいいと思っている。その辺はうちの優秀な護衛騎士たちに頼んでどうにかしてもらおう。
そして俺は今日のコーカンニッキに書く文面を考えながら、ハンカチーフを大事にたたんで自分の胸元のポケットにしまったのだった。
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