第14話 モブ令嬢のわたしはお茶会を開催する

 貴族のご令嬢にとって、五月のお茶会というのは特別な意味を持つ。社交界にデビューする前のお披露目の場でもあるし、何より前にも言ったけど結婚相手を見つけるという非常に大事な役目があるのだ。ここでちゃんとしたマナーを身に着けていて、それなりに人をもてなすための采配が出来るというアピールが出来ていないと良いお相手は見つからない。そう。見つからないのだ。


「しかし、お前ももうそんな年ごろなんだねぇ」


 そんなことをしみじみと呟いているのは、お父さまではなく長兄だ。末っ子として生まれたわたしを、兄たち5人はすごく可愛がってくれた。文官をしているレント・タール・ブルゴーは、ゆくゆくはお父さまの仕事を継ぐ跡取りとして日々頑張っている。兄たち五人は皆、年の違いはあれどどちらかというとお母さま似だ。イメージ的にはやたら綺麗な顔のモブ、みたいな?


「そうですよ。今日はしっかりしないと!」


「お友達も来るんだって?」


「はい。フローリー男爵家の三姉妹様と、あと庶民ではありますが剣の才能をかわれて学院に入ったマクラウド氏がいらっしゃる予定です」


「ああ、マクラウドくんね。なんかアークレが気に入ってた子かな? 面白い奴だとか言ってた気がする」


「そうですわね」


 アークレ・シャルフ・ブルゴーは次兄だ。武官として騎士団に勤めている。ちょうどたまたま実家に帰ってきていたアークレ兄さまとアルフォンスくんが鉢合わせしてしまって、お茶会に着ていく服に困っていた彼に体型も似てるからとお下がりをくれたんだよね。太っ腹。


「ニナは彼が好きなの?」


 にこにことしているけど目の笑っていない長兄は、顔の作りが整っているだけに凄みがあって怖い。


「彼は騎士になるためにお茶会も経験しておきたいとおっしゃってたのでご招待しただけですわ」


「ならよかった」


 にこにことお互い笑顔のまま沈黙が続く。何がよかったんだよーこわいよー。


「そろそろお客様たちが到着し始める頃かな。ニナが頑張った成果を楽しみにしているよ。貴婦人ともなれば、お茶会は立派な社交場だからね」


「うぅ……はい。頑張ります」


 ぽんぽんっと頭を撫でられて微笑まれれば、ふつうのお嬢様だったら一ころだと思う長兄の笑みに、わたしは不安を隠せない。何せはじめてのお茶会なのである。あー、ドキドキする。


「お嬢様、フローリー男爵家のお嬢様方がいらっしゃってます」


「あ、はい!」


 セリアに呼ばれてびくっとなってしまったのは見逃してほしい。それを見たレント兄さまは声を殺して笑っている。ちょっと意地悪だ。


「それではまた後ほど」


「ああ」


 くすくすと笑いながら手を振られ、気を引き締めてかからねばならない戦場にわたしは一歩踏み出すのだった。




「あー、やっぱりそのドレスでよかったですわね」


 体型のせいで入らないドレスをメイドたちにリメイクしてもらって三人に渡したそれを、三人ともに着こなして現れた。ああ、ヒロイン補正すごい。わたしが持ってたとは思えないな。


「助かったわ。違う。助かりましたわ。フローリー男爵家に頼んで作ってもらうのも心苦しくて」


 頑張って言葉遣いを訂正しているトレーシーは薄い水色のドレス。


「実はチェルシーが頑張ってくれたんですよ。意外な才能でした」


 ふふ、と笑って教えてくれるカーリーは淡い黄色のドレス。


「美術と家庭科だけは良い点数なんだからね! あ、違った! ですからね。ほほほ」


 言葉遣いにやや不安が残るチェルシーは淡いピンク色のドレス。

 それぞれが五月の新緑の緑に映える色のドレスを纏っていて、見ているこちらは花畑を眺めているような錯覚に陥る。いい。すごくいい。かわいい女の子が着飾ってるのいいね!

 あ、もちもちのわたくしはモスグリーンの首が詰まったデザインのドレスです。胸のとこが開いてると胸肉もといもちもちの余分なお肉がはみ出ちゃうからね! 危険なんでね!


「ちゃんとポーチと扇子は持ちました? 打合せ通り、話しかけられたら出来るだけ相手の方の話を聞いて自分からは話さないようにお気をつけくださいませ」


「はーい」


「わたしは来られている来客のお客様へのご挨拶まわりがメインになってしまうと思うので、侍従長にいろいろ頼んでおきましたから、何かあったら助けてもらってくださいね」


「心細いけど頑張ります!」


「ニナが傍にいないのは寂しいけど、頑張るね! あ、頑張ります!」


 ほんと不安だなー。でもここは心を鬼にしないとね! お父さまやお母さまが招待した貴族の方たちもいらっしゃるから、ここで彼女たちの仲良くなれる相手が増えればそれに越したことはない。

 よっ! と片手をあげてアルフォンスくんもやって来た。君は本当に気安いね。


「本日はご招待ありがとうございます」


 でもここの三人よりも挨拶は丁寧だった。一生懸命特訓頑張ったもんね!


「恰好良いね」


「ね」


「ふたりとも私を両脇からうりうりするのやめてー」


 トレイシーは揶揄われているけど、次兄のお下がりとはいえ礼服に身を包んだアルフォンスくんは攻略対象の一人なのも頷けるほど格好良い。うん。馬子にも衣裳なわたしとは雲泥の差だな。


「アルフォンス様はひとりでも大丈夫そうですね。何かあれば、近くに誰かメイドがいますから声をかけてくださいね」


「ありがとう。助かる」


 にかっと爽やかな笑顔を向けられると、トレイシーからの視線が痛い。何もないっての。


「さあ、今日までの特訓の成果、見せてもらいますわよ。頑張りましょう!」


「おー!」


 チェルシーはドレスで腕を振り上げなーい! 

 いろいろな不安を混ぜ込みつつ、お茶会は幕を上げたのだった。

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