第18話 モブ令嬢のわたしは後夜祭で仲直りをする

 熱狂冷めやらぬうちに体育祭は終わりを告げた。

 この学院の体育祭の後夜祭はちょっと変わっている。参加者はみんなお面を付けることが義務付けられているのだ。そうすることによって、誰が誰だか分からないので無礼講っていうことらしい。分かるような分からないような、ちょっと不思議な理屈だ。

 林檎で出来たお酒のシードルが振る舞われたり、軽い食事なども出て夜が更けるまでお祭りは続く。

 そんな中、わたしはとある人物を探していた。あ、王子ではない。王子は忙しいからもう王宮戻ったんじゃないかなー。あとで交換日記に今日のことを書いてみよう。

 そしてうろうろしていたわたしは、お目当ての人物、リーリヤ・イサーエヴナ・ユスーポヴァ姫殿下をようやっと発見出来たのだった。


「お隣よろしいですか?」


 口元が出た仮面をかぶっているリーリヤ姫殿下に比べて、わたしはがっちり顔全体を覆うデザインのものだ。でも、この体型で誰かはバレるような気もする。いや、他にもこういう体型のお嬢様はいらっしゃるはずなので、この辺は下手に隠さずに堂々と行ってみよう! という作戦である。


「はい?」


 ベンチに腰かけていたリーリヤ姫殿下の傍に来て、ひとまず声をかけてみることには成功した。でもなー、ちょっと前までぼっちで人に声をかけてもらったら返すのを繰り返していたわたしとしては、これでもかなり勇気を振り絞った方なのである。何せ根っからのモブなんでね!


「……いいわよ」


 とりあえずの肯定的な返事をいただいたので、隣に座ってみました。リーリヤ姫殿下浮き上がらないだろうか? 小柄だから心配しちゃう。


「笑いに来たの?」


「いいえ」


「じゃあ、何しに来たのよ」


「えっと、しいていえば……仲直りをしに?」


 えへ、と笑ってみせても、この仮面では分からないよなー。伝わらないなー。鉄面皮って言葉はまさに名は体を表す的なやつだよね! 誤用かもしれないけど!


「……なんで」


「はい」


「なんでよ。わたくし、貴女の顔をひっぱたいてしまったわ」


「仕方ありません。わたしが配慮が足りなかったせいです」


「わたくし、本当は、あんなことしたかったわけじゃないわ」


「知ってますよ」


 だって誰だって人を傷つけたいと常日頃思っているようなサイコパスは、そうそういないとわたしは思っている。これは持論なだけだから、もちろんそういう人も存在することは分かっているし前世の自分はそういう人の悪意に晒されたこともある。

 でも。


「なんで」


「はい」


「なんでそんなに優しいのよぅ」


 語尾が震えていたので驚いて横を見ると、仮面をベンチのわきに置いてぼろぼろと泣いているリーリヤ姫殿下が見えた。慌ててわたしの仮面もはぎ取って向かい合う。さしで話すのに向かい合うと喋りづらいだろうから隣に座ってたのが仇をなしたか?


「姫殿下」


「なんでそんなに優しくするのぅ。わたくし、意地悪したのにぃ……ぅっく……えっぐ……ひどいことしたのにぃ」


「意地悪したのを自覚なさって泣いてくださっているリーリヤ姫殿下がひどい人の訳がありませんわ」


 もちもちで手触りが最高にいいと評判の両手で、ぎゅうっとジャージの裾を掴んでいる手を覆ってみる。綺麗な指先だなぁ。お姫様だもん。当たり前か。


「だから、大丈夫ですよ」


 ね、と笑いかければ、さらに涙がこぼれていく。焼け石に水だった? あれ? 対応間違えたかな?


「怪我もすぐ友人が治してくれましたし、痛いところももうないんです。だから、大丈夫ですよ」


「そうじゃなくてぇ」


 ひっくひっくとしゃくりあげながら、姫殿下はわたしの手をぎゅうっと握る。


「わたくし、こちらの国に来てからひとりで、心細くて」


「はい」


「意地悪してごめんなさぁい」


「大丈夫ですよ」


 もきゅっと手を握り返す。ちゃんと謝れるんだもの。きっと良い王族の見本みたいな方になられると思う。王子の隣に立つのだってきっと立派に果たされると思うし。そう。一番パラメータ髙いんだよねー。ゲームの中だと彼女が王子のお相手になることが多かったのも頷ける。美少女だし、性格はちょっと高飛車気味だけどその実はちょっと意地っぱりのかわいい女の子。


「……貴女のお名前、ちゃんと聞いてないわ」


 ぐすっと鼻をすすりながらわたしの手を離してくれたので、そっとハンカチを差し出してみる。


「ニナです」


「ニナ。ニナね。あのね、ニナ」


「はい」


「わたくしのお友達に、なってくださる?」


 恐る恐るといった風で聞いてくる姿はちょっと小動物に似ている。リスみたいな。


「わたしで宜しければ」


「ほんと? ほんとに?」


「はい。本当です」


 そう伝えるとリーリヤ姫殿下はふるふると首を横に振るような仕草をして、それからほっぺたをつねった。あ、その動作は万国共通なんだ。


「痛い。夢じゃない。ほんと?」


「ほんとです」


 何度も聞いてくる姿が本当にかわいらしくて思わず笑みがこぼれた。妹がまたひとり増えた感じかな?


「あ、でも、もうひとりの令嬢にも謝れますか? 彼女ともわたしお友達なので」


 暗にトレイシーのことも聞いてみる。ここで謝りたくないと言われると困るけど……。


「……頑張るから、ニナが付いて来てくれる?」


 そう言われては断れない。かわいい女の子の頼みにはめっぽう弱いのだ。というかこの乙女ゲーム、ライバル令嬢たちとの交流も思いのほか楽しくて攻略対象そっちのけになったこともあったな、とか思い出す。


「じゃあ、いっしょに行ってみましょうか」


 そう言って手を差し出すと、わたしのもちもちの手をきゅむっと握ってくれた。手をつないで、いっしょに歩く。トレイシーたちはきっと驚くだろう。でもきっと彼女たちも受け入れてくれるはず。

 仲良くなれたらうれしい。きっと。

 わたしはモブだけど、悲しそうな顔をするひとは一人でも少ない方がいいに決まってる。偽善と言われても結構。わたしはわたしのモブ道をまい進していくだけなのだ。

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