第17話 モブ令嬢のわたしは体育祭で疾走する

 体育祭、です。

 というか、本当になんだろうな、えっと、ファンタジーっぽい世界観だけど学園物だから高校とかにあるイベントは混ぜちゃえ!というこのごった煮感。嫌いではないんだよ。嫌いではないの。

 でもさー。


「ジャージはないわー」


 隣でわたしの心の声が代弁された。ちら、と見れば、明らかにテンションの下がったチェルシーがいる。チェルシーはもともと女子力高めなので、私服は楚々としているけれどリボンをしてたりカチューシャをしてたり髪の毛先を巻いていたり、日によってそれなりにおしゃれを楽しんでいる感じがする。その彼女が、テンションがだだ下がりになっていた。


「動きやすくていいけど、ドレスとかよりは」


 対するトレイシーはあっけらかんとしたものだ。そうだよねー。君はそういう子だ。脳みそまで筋肉で出来てるんじゃないかと、三つ子の他ふたりに言われるだけはある。


「はやく終わってほしい……」


 本音がだだ漏れしてるのがもう一人いた。カーリーは文系女子だもんね。こういうの苦手そう。ていうか見た目だけの問題であれば、わたしだってこういう催しは苦手も苦手なんだけどなー。


「ニナ男爵令嬢!」


 三人娘といっしょにだらだらと待機場所に居たら、急に声をかけられた。凛としたハスキーボイス。振り返ると宝塚の男役もかくや、という感じの美女が立っていた。ジャージだけど。


「今日はお互い頑張ろうな!」


 アデライド・ベルナデット・モノ子爵令嬢。燃えるような赤い髪を今日はポニーテールにしてらっしゃる。瞳はアクアマリンのような淡い水色。女性からも人気が高い、運動系ライバル令嬢だったはず。さっぱりとした性格がにじみ出るような爽やかさだ。


「ええ、お手柔らかにお願いしますね」


 にっこりと微笑んで見せれば力強くうなずいて去って行かれた。あーそうか。彼女とも勝負なのか。


「気合入れて頑張ろうねっ!」


 力強く肩が後ろから掴まれる。トレイシーのことを振り返りたくない。こわい。

 とりあえずあんまりパラメータと関係がなさそうな二人三脚を選んでみたけど、トレイシーと組むことになるのかなー。


「二人三脚レースは抽選で殿方と組み合わせがされるそうですよ」


「そうなんですね」


 さわさわと他のご令嬢の方々の言葉が耳に入ってくる。


「……あ」


 今突然思い出した。これってば、確かその時点での好感度が一番高い男性と組むことになるイベントだったのではなかろうか。

 つまり?


「ニナ様はリオネル殿下とみたいですよ」


 ですよねー! そうなりますよねー! 嬉しいけどいろいろ複雑! ていうか好きな相手と二人三脚で走らなくてはならないってよく考えると拷問だな!! 男女で密着なんてけしからん!

 もう語尾が全部「!」になる勢いになってしまった。いかんいかん。


「……殿下」


「ニナ、元気そうで何より」


「はい。いえ、そうでなく、足を引っ張ったらごめんなさい」


「大丈夫だよ」


 にこ、と王子は笑って、わたしにだけ聞こえるように囁いてくれる。


「俺が完璧にエスコートするから」


 あーっ! もうっ! そういうこと言うのがずるいんだ! イケメンずるい!

 自分がモブだというのを忘れがちになってしまう。いけないやつだ。


「そういえばコーカンニッキだけど」


「はい?」


「なかなか返事が来ないね」


「いろいろ考えてるんですの」


 まぁ正直なところ、何から話題にしていいのか分からない。困る。この前のおやすみのやり取りが刺激的過ぎたってのもある。


「ニナのことなら何でもいいよ」


「うー、考えておきますわ」


 二人三脚のために足を紐で結んで、いっしょにスタートラインに立つ。うわー、緊張する。


「出来れば一位取りたいね」


「が、がんばりまーすー(棒読み)」


 はああああ。緊張するー。心臓が口から飛び出そう。


「負けませんわよー!!」


 と、レーンの一番端から聞いたことのある声がしたので見ると、金髪の縦ロールが見えた。同じレースなの?! そりゃそうか。勝負!って言ってたもんね。


「行くよ! ニナ」


 そしてわたしは王子様と共に駆けだした。もちんもちんと弾むこの体が邪魔ではないだろうかと心配だったけど、リズムよく拍子を取りながら声を掛け合いながら走ることで、驚くほどスムーズに足が進んだ。とはいっても、隣の人のイケメン力にくらくらしているわたしは兎にも角にも一歩でも前に足を踏み出すことが重要で、それにばかり気を取られて甘い雰囲気に何てなりゃしなかった。

 気付けばゴールテープを切っていたなんて、本当にお笑い種だわ。


「やった! ニナ、一位だよ!」


 ぎゅむーっと王子に抱きしめられて、疲れきっていたわたしはもう抵抗する気力もなくてされるがままになっていたけど、はっと公衆の面前だということに気付いて意識を取り戻す。


「王子! リオネル殿下! ちょちょ近い! 近いですわ!」


 慌ててやんわり引き離すと、少ししょんぼりされてしまった。うん、ごめんね。周りの方々も空気を読んで目を逸らしていただきありがとうございます。


「ごめん。怒った?」


 しょんぼりしたままそう聞いてくるので、わたしはつい笑ってしまった。本当に、なんて純粋なひと。


「怒ってません。びっくりしただけですよ」


 だから大丈夫です、と付け加えて、にっこりと笑ってみせる。

 それに安心したように、王子もまた笑ってくれた。


「俺はまた別の仕事があるのでこれで行かないといけないんだ。ニナ、またね」


「はい、また」


 そう言って去っていく。なんとなく抱きしめられた熱が消えていくのが寂しい。


「お熱いですなー」


 耳元でそんなことを言われて、思わずばばっと振り返るとニヤニヤしているトレイシーがいた。二位の旗を持って。


「アルフォンスといっしょに頑張ったのに二位だったよー」


 ぴとっとくっついて嘆いてくるトレイシーは、でも朗らかで残念そうではない。


「く、悔しいですわ……」


 三位の旗を持ってリーリヤ姫殿下ががっくりと項垂れている。気付けばどうやら勝負には勝っていたらしい。

 これは後夜祭でも一波乱ありそうだなーと思いつつ、わたしはみんなの待つ場所へと戻っていったのだった。

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