第16話 モブ令嬢の私はお茶会のことを反芻する
お茶会はその後、つつがなく終了したようだった。というのも、リオネル殿下といっしょにいたほんの三十分ほどの時間のせいで、すっかり頭がぽやぽやして情報がちゃんと管理できなかったこのオツムのせいである。ほんとショート寸前だった。
ヒロイン三人娘は何か含みのある笑いをしながら楽しそうに帰っていったし、アルフォンスくんはすごく実りのあるお茶会だった、ありがとうと言って爽やかに去っていった。
思いのほか、ダメージというか衝撃が大きかったせいだと思う。本当にわたしなんかのことを好きだなんて言うひとが、現れるとは夢にも思っていなかったから。
「コーカンニッキ、かぁ」
そうだよね。この世界は魔法はあってもスマホも電話もないものね。連絡を取る手段として一般的なのは手紙だけど、それだとどうしても誰かの目にはとまってしまう。
ていうか、これものすごい画期的な発明なんじゃないのかな? こんな交換日記に使っていい代物じゃないよね、本当は。
(研究の試作段階のものを頼みこんで譲ってもらったんだ)
なーんて言ってたけど、これ絶対違うよね。もしかして、わたしと交換日記するために考えたんじゃあ……まさかね。
はしたないけれどベッドに横になってぱらぱらとページをめくっていると、突然一番最初のページにじわじわと文字が浮き上がり始めた。え? ホラー?
『おやすみ、ニナ』
交換日記の一番最初が、そんな短い言葉だなんて思いもよらなくて、でも、ものすごく嬉しくてがばちょと起き上がって、ぽててててと机に向かう。いっしょに貰ったインクを取り出して、羽ペンを用意する。ああ、ドキドキする。
『おやすみなさい、リオネル殿下。良い夢を』
王子の言葉のあとに続いて、並ぶように書いた文字は震える指先をなんとか誤魔化せたと思う。ちょっと欲張りだったかな? もっとそっけない方がよかった? しばらく待つと、またじわりと文字が浮かび上がってきた。
『ニナの夢を見るよ』
……くぅっ! あのイケメンめ。ずるい。ずるいよ。そんなの言われたら何も言えなくなっちゃうじゃないの。本はそのまま机の上に置いて、それからベッドの上でもちんもちんと転がって回った。恥ずかしくてたまらない。何だろか、これは。
一通り転がって落ち着いたところで、インクがにじんだり擦れたら嫌なので、一枚便箋を挟んで交換日記のための本を大事に閉じた。
わたしも王子の夢が見られるといいな、と思いながら、その日はいつもよりもぐっすりとよく眠れたのである。おかげで、何の夢を見たのかは忘れてしまったのは残念。
「ね。お茶会、何かあったの?」
「えっ?!」
いつもの中庭でカーリーと建国神話の話を紐解きながらお菓子をつまんでいると、急にチェルシーがそんなことを言いだしたので、思わずわたしはぽこんと飛び上がった。なんかこういう玩具あった気がするな。
「え? な、なな、なんでですの?」
「えー、だってお茶会からこっち、ニナずーっとにこにこなんだもん。いつもよりも」
うふふ、と楽しそうに笑いながらチェルシーが言うので、助けを求めるようにカーリーを見たら何か力強くうなずかれたんですけども。助けはないのか。
「ちょ、ちょっと、その、いいことがあって」
「何何? どんないいこと?」
「それは――」
「秘密ですわよね」
にっこりときっぱりが半々にブレンドされた感じで、カーリーがチェルシーのしつこい追及を退けてくれた。ありがたい。
「ニナ様が言いたくなったら、その時はとことんまで聞きましょう」
「それもそっか。言いたくなったら、いつでも言ってね」
えへ、とチェルシーは悪びれたところもない感じで笑う。かわいい女の子の笑顔ってそれだけで許せるような何か不思議な力が働いていると思うのよね。わたしがもっちり微笑んでも、誰も喜ばないような気がするし。
「そういえば、トレイシーは?」
いつもは今ぐらいの時間に姿を現すはずのトレイシーがいないので、ふたりに聞いてみた。二人とも同じタイミングで顔を見合わせて、それから同じタイミングでこちらを振り返る。
「体育祭の下準備、とか言ってましたよ?」
「リーリヤ姫様から宣戦布告されてたでしょ?」
そう、でした。昨夜のやり取りを思い出してニヤニヤしてる場合ではありませんでした。反省。
「まぁ、トレイシーがいれば何とかなりますよ」
「そうそう。ちょっと脳筋だけどね」
脳筋。こわい。そのパワーワードをこのファンタジー学園物の世界で聞くとは思わなかった。脳筋なのか。まぁ、ところどころそういうところはあったけれども。
「明日からニナ様も特訓とか言ってましたよ?」
「応援してるねー」
あはは、と他人事のように笑って、チェルシーが手をひらひらと振る。本当に他人事だと思ってるな、これ。トレイシーはアルフォンスくん狙いっぽいから、ここで良い順位を取ると彼の好感度も爆上がりってところなのかな。見直されるっていうか。
「気が重いですわ」
思わずちょっと溜息を交えて本音を漏らせば、ふたりに肩をポンポンと叩かれた。ありがとうね。励ましだけはたくさんあるね。
「そういえば、わたしのことだけではなくて、二人はどうだったんですか? お茶会」
「あー、うん。なんとなく雰囲気はつかめた」
「大きな婚活会場みたいでしたわね」
まぁ、それは否めない。そういう意味もある催しだからね。
「年の終わりにある冬離宮で行われる大舞踏会はもっとすごいですわよ。何せ王家主催ですから」
「ふぇー。それまでにいろいろ頑張らないとね」
「本当ですわね」
うんうん、とふたりは頷きあっている。本当に色味も顔のパーツもいっしょなのに、全然印象が違うんだから不思議だよなぁ。メガネ効果だけではないよね、別人に見えるのは。
「この前のお茶会、トリーはアルフォンスくんのことをストーキングしてたよ」
「まぁ、大方の予想どおりでしたわね」
「アルフォンスさんは騎士様にお話を聞きに行くのがメインだったようで、あまり女性とはお話されていなかったから、ちょっとほっとしたみたいでしたわ」
ああ、なるほど。そっか。そうだよね。恋する乙女だなー。いいね、いいね。
そして何でそのにやにやした顔でわたしを見てくるのだ、ふたりとも。
「はやく聞きたいねー」
「本当ですわねー」
君らは何を知っているのだね? こわいわー、女の第六感かな?
それから冷めたお茶を入れ直してクッキーをかじっていたら噂のトレイシーがやってきて、
「明日は特訓だからよろしく!」
とだけ言って走っていった。元気だな。さあ、体育祭も頑張らないとねー。
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