第19話 モブ令嬢のわたしはジャガイモ畑の夢を見る

 後夜祭でリーリヤ姫殿下をトレイシーと引き合わせて仲直りをしてもらった後、いつも通り中庭で過ごすわたしの周囲はなんだか騒々しいことになっていた。

 いつも通りやって来ている三人娘がかしましいのはいつものこととして、トレイシーに会いにアルフォンスくんは来るわ、和解したこともあってかリーリヤ姫殿下もいるわ、なんか大所帯化してきた気がするのは気のせいじゃなくない?


「ねぇねぇ、リーちゃんは好みの殿方とかいるのー?」


 そして率先して地雷を踏みぬいていくタイプなのか、チェルシーよ。骨は拾ってあげよう。ていうか、なんでそんな特攻したがりなの、あなたは。


「好みの殿方、ですか」


 しかも意外と真剣にリーリヤ姫殿下も考え始めちゃうし。彼女のための椅子を持ってきてくれたメイドの方々が遠巻きながらハラハラしているのが伝わってくる。そうだよねー。スイッチ入っちゃうかもしれないもんね。でも、大丈夫! このわたしがそんなことはさせないから!


「無理なら言わなくてもいいんですよ。リーリヤ姫殿下」


「ところでリーちゃんというのはわたくしのことでよろしいんですよね?」


 むむ、とちょっと眉間に皺を寄せながらリーリヤ姫殿下が問うと、チェルシーは思いっきり頭を縦に振った。ごうっと音がしたけれども。


「そだよー。リーリヤ姫殿下って名前もいいけど、リーちゃんの方がかわいくない?」


 あ、そこが基準なのか。距離の詰め方が独特だよ、チェルシー。


「かわいいと思いますわ」


 そして納得しちゃうんだね、リーリヤ姫殿下。まぁ、年が近い友だちがいなかったって言うし、いいのかなぁ。不安は残るけれども。


「あ、好みのタイプのお話でしたわよね。わたくし、この国の第一王子様のお顔が好みですわ」


 顔がいい、ってやつか。そうなのか。


「わかるー! 顔はいいよね!」


 顔「は」言わないでー。そりゃ、このちょっともっちりしたボディがお気に召してらして、見かけるたびにタックルしかけてくるような人だけど。……こう言ってしまうとちょっとアレな人みたいに思えてくるな。


「ニナ様のことがお気に入りでいらっしゃるみたいですけどね」


 カーリー! あなたはどうして、ここでそういう発言するんだー! そうか、血のつながりなのか?! 君ら三人はやっぱり血のつながった三つ子なんだな?!


「そうなんですの」


 じーっと見ないでください。もう、そーっと扇子を取り出して顔を隠すことくらいしかできなくなりますわ。何なの、この挟み撃ち攻撃は! わたしに味方はいないのか?!


「まぁ、ニナはあれですわね。わたくしが薔薇だとしたらフィリ芋の花みたいですわね」


 今さりげなくディスらなかった? ねぇねぇ。


「フィリ芋の花をご存知なのですか?」


 不意にいつもはあまり聞かない声がしたので、思わず振り返ってしまった。なぜかわたしの背後に、クレバー・スマート・フローリーが立っていたのだ。気配感じなかったんだけど?


「あ、あら。貴方はどちら様かしら?」


 ん? リーリヤ姫殿下がちょっとたじろいたぞ? まぁ、突然現れたからね。


「フローリー男爵家の嫡男、クレバー・スマート・フローリーと申します。姫殿下」


 すいっと優雅にお辞儀を決めて見せる。その所作が嫌味にならないのは、やっぱりイケメンだからなのか。イケメンおそるべし。


「クレバーね」


 対してふむふむとしながらリーリヤ姫殿下はクレバーを頭の先からつま先までじっくりと眺めていた。値踏み、が近いのかな?


「わたしの幼馴染なんです」


 突然現れた男性にあまりいい印象は貰えないかと思って、思わず差し出た口をきいてしまった。


「まあ! そうなのですね。わたくしはリーリヤ・イサーエヴナ・ユスーポヴァ。ニナの友だちです」


 ちょっとはしゃいだようになって最後の部分を強調するようにリーリヤ姫殿下が言うと、クレバーはにっこりと穏やかに聞き流した。さすがかしまし娘といっしょに過ごすこともある男は違う。


「フィリ芋の花をご存知との言葉が聞こえてまいりましたので、ついお声をかけてしまいました。失礼いたしました」


「いえ、いいのです。ニナの幼馴染なら、わたくしの友人も同然だわ」


 ふふん、というのが聞こえそうな感じで、リーリヤ姫殿下は胸を張る。チェルシーとカーリーはどこか楽しそうだ。トレイシーはすっかり蚊帳の外だね。君は。

 でも、最初の激高っぷりがうそみたいに冷静に対処してるなぁ、姫殿下。成長した? いや、ちがうな。目元がほんのりと赤くなってる?


「フィリ芋は夏に花が咲きますからね。小さい白い花が一面に咲くのは見事なものです」


 なるほど? フィリ芋ってあのジャガイモによく似た芋のことか。花もおんなじ感じで咲くのかな? 前世で小さい頃に北海道で見た時は地平線までジャガイモ畑で、青々とした緑の上に白い花が散らしてあるように咲いていて綺麗だったなぁ。


「ニナは素朴ですがかわいいですから、フィリ芋の花にはよく似ていますね」


 にっこり。

 え? 地雷を踏みぬくのはフローリーの伝統なの? いや、三人娘は厳密にはフローリー男爵家の血はひいてないんだよね? そうだったはずだよね? なのに、なぜ?


「姫殿下は私は向日葵トゥルネソルの花によく似ていると思いますよ」


 そしてそのまま続けた言葉に、リーリヤ姫殿下の顔が曇った。ん? 地雷の方でなく?


「……向日葵トゥルネソルの花は、わたくしはあまり好みませんわ」


「おや、これは重ね重ね失礼を」


「北の国は日が強くないので太陽が必要な向日葵トゥルネソルは大輪の花を咲かせることが出来ませんの。ですからわたくし、一人でも咲き誇れる薔薇の様になりたいんですわ」


「なるほど」


 そんなことを姫殿下が考えているとは思いもよらなかった。婿探しに来ている姫殿下。この国で優れた相手を見つけて、連れ帰るのがお役目だと聞いている。


「もうすぐ夏休みですから、もしよかったら一度わが領地においでください。畑いっぱいのフィリ芋の花をご覧いただけますよ」


「ありがとう。検討しておくわ」


 そしてびしっと一礼をすると、わたしと三人娘にひらひらっと手を振ってクレバーは去っていった。何だったのかしら? クレバーは幼馴染だ。小さい頃は遊んでもらったりもしていた。婚約者としての話も一時出ていたようだけど、いつの間にか立ち消えていたみたいだ。まぁ、あのイケメンですものね。引く手あまた。対してこちらはただのモブ令嬢だし。


「ねぇ、ニナ」


 ほわわん、とうっとりするような目で、リーリヤ姫殿下がわたしを見る。ん? んん? どうしました?


「どうかいたしました?」


「わたくし、恋をしたみたいですわ」


 胸元を抑えて、ふるりと黄金のまつげを震わせると、うっとりとリーリヤ姫殿下が呟く。

 え? ええっ?! あの、クレバーに?!


「イケメンは罪だねぇ」


「ねぇ」


 君らの甥っ子大変なことになってるんだけど?! 三人娘たちはいたって冷静だ。よくあることなの?


「夏休みの予定、いっしょに考えてくださいな!」


「え、あ、はい。お帰りになったりはなさらないのですか?」


「素敵な婿殿を見つけるまでは帰って来るな、と言われておりますの」


 それはそれで大変ー。婚活事情っていろいろなんだな。貴族ってだけで制約もいろいろあるけど、王族はもっと大変なんだろうなぁ。


「……では、楽しい夏休みにするためにいろいろ計画しましょう!」


「そうしよー!」


 なぜかチェルシーがのってきたけど、お調子者なのは分かっているので敢えてツッコまない。これぞボケごろし! まぁ、それはそれとして、その前に難関がいろいろあるんだよねぇ。


「その前に試験がありますよ」


 さらっとカーリーに言われて、チェルシーは撃沈している。はっとした顔でトレイシーがこちらを振り返った。アルフォンスくんも。あ、君たちも忘れてたね? 学期末考査ですよ?


「ここでみんなで勉強しあえば、少しはいい結果が残せるんじゃないかしら?」


 毒にも薬にもならないようなアドバイスをしながら、わたしは別のことを考えていた。夏休みに入る直前に、リオネル殿下のお誕生日があるのだ。何かプレゼント渡せたらいいな、と思いながら、試験の話題で一気に活気づいた話題の輪の中へわたしも入っていくのだった。

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