第25話 モブ令嬢のわたしは文化祭で脇役に徹する
とうとう文化祭の当日がやってきてしまった。
もう自分が出来る限りのことはしたし、悔いはないと思いたい。というか、まだこの学院に入って初めての年なんだし、何か失敗があったとしてもそれを糧に来年以降を頑張ればいいと思うの! ええ、言い訳だわ、これは。
「緊張しますわね」
誰かがぽつりとつぶやくと、一斉にみんなでこくこくと頷いてしまった。なんとなくその仕草がカラクリ仕掛けの大きな仕掛け時計が時を告げる時に見せる人形たちの動作みたいで、少しだけ笑ってしまって緊張がほぐれたのは内緒だ。
今日は生徒たちだけなので、それでも気が楽だ。明日は父兄も来られるというのだから、緊張感は半端ない。
(まぁ、わたしはモブだからいいんだけど)
モブって便利な言葉だなぁ、と最近思う。脇役だから、と諦めを覚えたのはいつからだっただろう。自分以外の誰かにいつもスポットライトが当たっていて、わたしはその隣の薄暗がりに佇んでいるような気持ちだった。
今の人生は、それでも前世よりは気楽に出来ていると思う。最初からモブだと思うことにしたら、驚くほど気を張らなくてよくて楽だった。前も、そう出来ていたら気楽だったのだろう。わたしはわたしの人生の主役だけど、大きな物語の主役になることはない。
「ニナ様、どうかなさいました?」
「いいえ。今日の文化祭、みんなで楽しみましょうね!」
にっこりと笑って、隣のご令嬢に握りこぶしを作って見せると、彼女も笑って同じようにした。
ひとまずはこのカフェを、頑張って切り盛りしないとね!
「王子がいらっしゃったらしいわよ!」
「えー! 私も一目見たい!」
そういえば、交換日記で伝えたんだったなーとてきぱきと手を動かしつつ、ぼんやりと遠くから聞こえてくるご令嬢方の声を聴いている。意外に忙しい。まぁ、こんな作業するのは練習はしたけど初めてだもんね! これでも男爵令嬢なもんで!
「王子にお目通りが叶うなんて夢みたいだ」
「覚えがめでたければワンチャンあるかな」
ワンチャンとかいうな。というか、ワンチャンて聞こえたのはわたしの気のせいだな? そうなんだな?
まぁ、でもそうなのかもね。前世では石油王に見初められることを夢見たことはある。うん。
せっせと紅茶の準備をしてお菓子のセッティングをして、ふと視線に気づいて顔をあげれば視線の主と目が合った。ああ、なんでだろう。顔がふにゃんとしそうになるのは。
「アシル、そろそろ少し休憩を取りたいんだが……ここのクラスとかどうだろうか?」
こほん、とわざとらしく咳払いをしてわたしの居るクラスの催しを指さす王子に、護衛騎士筆頭様は少しだけ微笑むように目をすがめると仕方ないといった風にうなずいた。
前の我が家のお茶会の時にも感じたんだけど、アシル様、実は王子に甘くないです?
「ありがとう、アシル」
にっこりと笑ったリオネル殿下はこちらに歩みを進めてくる。なんとなくだが、心臓がドキドキする。静まれー静まりたまえー。
「紅茶とお菓子を二つずつ。よろしく頼む」
「は、はいっ!」
受付の子のひっくり返った声がして、ちょっとだけ現実に引き戻された。そういえば、この文化祭の中での飲食は共通の商品券みたいな金券を一定額配られていてそれを使うことになっている。金銭的に余裕がないものでも、このお祭りを楽しめるように配慮がされているのはいいことだ。名前を記入しないと使えないことになっているので、転売の危険もない。あんしん設計。
席に案内されて優雅に座るその様子を思わず目で追ってしまう。ああ、こうしていると本当に夢のよう。下働きの下女と王族のロマンス、なんて恋愛小説をカーリーに借りてしまったが故のフィルターだろうか。
「ニナ様、ニナ様」
ちょいちょいと肩口を突かれて、先ほどよりもしっかり現実に戻ってきた。
「は、はい?」
「こちらをリオネル殿下に運んでください」
「……えー、行きたい方が他にいらっしゃるんじゃなくて?」
「みんなビビってしまっていて」
そう言われては仕方がない。確かにみんなちょっと俯き加減になってるし。さっきまでの威勢はどうしたよー。
「仕方ないですわね。皆さま、貸しひとつですわよ?」
そう口では言って、心ではだいぶ浮かれていそいそとテーブルへ向かう。リオネル殿下が優しい眼差しでこちらを見ている。ああ、そんな顔して。ずるいったらない。
「お待たせしました」
テーブルの上へポットとカップを置いて、それからお菓子の乗った皿を並べる。たったそれだけのことなのに、緊張して手が震えてかちかちと鳴る食器の音がちょっと耳障り。このもちもちのお肉は衝撃吸収材にはなりえないということか。当たり前か。
「給仕の子たちはみんなお揃いの服を着ているんだな」
「そうですね。この日のために揃いの衣装を着ることにしました」
ちょっとしたメイド服みたいな感じの揃いの紺色のワンピースに白いエプロンを女子はしていて、男子は白いシャツに紺色のズボンで統一した服装をしている。
服がない子にはお下がりが手配されたり、それっぽく見えればオッケーという決まりを作ったりして、臨機応変な対応を心掛けたつもりだ。
まぁ、そうは言ってもわたしはワガママボディな上ほかの人よりももっちりしているせいで、宿屋の肝っ玉母さんみたいな風体だ。
「ニナ」
小さい声で、リオネル殿下が名前を呼ぶ。
さすがに衆人環視の中では抱きつくことは憚られるらしく、少しだけ、ほんの少しだけこの距離感がもどかしい。……欲張りになっちゃったなぁ、わたしも。
手招きをされて誘われるままにテーブルに手を乗せると、そっとその手の上にリオネル殿下の手が重ねられた。思いのほか、熱い手のひら。
「我が儘を言って連れてきてもらった。会えてよかった」
「……はい」
小さな声で話す。手のひらから熱が伝わってくる。ほんの短いやりとりだけの交換日記も悪くはないのだけど、直接会えるこの時間は何にも代えがたい。
「今日はこの後、私のクラスは舞台劇をやるんだ。見に来てくれるかい?」
「はい。喜んで」
にこ、と営業スマイルをする。だってにやけただらしない顔を見せたくないのは、精いっぱいの意地ってやつだ。
そっと指先が離れていく。名残惜しいと思ってしまうのは仕方ない。だって、とても、熱かったんだもの。
ぐい、と紅茶を飲み干すと、お皿の上に置いたお菓子をぱぱぱっとたいらげて、まるで何事もなかったかのように王子は立ち上がった。アシル様も慌てて同じようにしようとしてちょっとむせた。
「では。とても良い時間だった。ありがとう」
軽く手を挙げて、とびきりのスマイルで皆を見ると、護衛騎士たちを連れて嵐のように王子は去っていった。わたしはなんとなくだが、触れられた指先をそっと抱きしめてまだ残っている気がする熱を確かめていたのだった。
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