第20話 モブ令嬢のわたしは王子様の誕生日の贈り物をする
中期試験もあったけれど、期末試験はなんていうかばったばただった。まぁ、三人娘たちの勉強を自分だけではなく、リーリヤ姫殿下もいっしょに見てくれたのは助かったなぁ。一人では無理。というか、わたしの方の試験勉強が追い付かなくなってしまうもの。毒舌がすこーしあったけど、基本的に面倒見は良いみたいなんだよね。北の大国の第三王女って言ってたけど、今度家族構成とか聞いてみよっと。
「やーっと夏休みになるねー」
「そうですわね」
ひとまず補習は受けなくて一安心。
「アルくんは残念だったけどねー。トリーから見たらラッキーだったかもしんないけど」
そう。わたしたち女子メンバーには何も問題はなかったのだが、アルフォンスくんは学科の単位がいくつか足りなかったらしく補習を受けることになったそうだ。トレイシーが付いているので問題はなさそうだけどね。
「……計算、だったりして」
ぽそり、とカーリーがその眼鏡を輝かせながら呟いたので、あはは、と乾いた笑いが出た。まさかね。まさか、ね?
「そういえばニナはさー、王子様への誕生日プレゼントどうすんの?」
「王子様への誕生日プレゼント? 何か催し物でもあるんですの?」
「あ、そっか。リーちゃんは知らないよね。この国の第一王子、リオネル殿下の誕生日がちょうど終業式の日なんだよー」
……あ。
「ニナ?」
「ニナ様? もしや、そのお顔は」
「忘れてましたの?」
そうですー! そうだった、忘れてた!! 誕生日といえば好感度イベント的なものが発生するんだけど、ここまでの間に王子との好感度を上げるのってなかなか難しくて、スルーしたりすることが多かったんだよね。まぁ、エンディング全制覇のために頑張ったけどさ。ああ、でもそうだ。前世のわたしが一番好きなキャラって王子だったんじゃなかったかな。なんで、忘れちゃってたんだろう。
「ワスレテマシタ」
「壊れかけのロボットみたいになってるよ、ニナ」
「贈り物ですから、ニナ様の御心がこもっていれば何だって王子は喜ばれると思いますけど」
「そうですわね。それは言えてますわ」
いや、もう、なんていうか、忘れていたこと自体が心苦しい。きっとうきうきして待っててくれるような気はするんだ。だからこそ、忘れていた自分が悔しい。
「まだ後1週間あるから、頑張って考えますわ」
そう絞り出すように宣言するのが精いっぱいだったので、ほかの三人が何やら微笑ましいものを見るような顔でわたしを見ていたことには全然気づかなかったのだった。
交換日記は順調に続けられていた。一番最初の甘いやりとりなんて嘘みたいに。
本当に他愛のないことばかりを一言二言綴っていくだけのやり取りは、でもそれだけですごくしあわせな気持ちになるのも本当で、男爵令嬢のわたしの気持ちと前世の乙女ゲームを覚えているわたしの気持ちとの間で板挟みだ。
誕生日に欲しいものだってこの本に書き込んでしまえば、きっと王子のことだから教えてくれるに違いない。でもそれじゃあつまらないものね。もっとわたしが考えて選んだものだったら、きっともっと喜んでくれると思う。これは自負。間違いのない、思い込みだ。
「だって」
聞いて教えられないとか言われたら怖い。拒絶されるのは、何歳になったって怖いものだ。といっても今のわたしはまだ16歳になる手前の小娘なんだから当たり前か。最近とみに今のわたしと前のわたしの考えがうまく纏まらないことがある。どんどん前のわたしの気持ちを今のわたしの気持ちが上書きしていってる感覚だ。ゲームの中だから、と考えもしなかった人間関係のことやしきたりのこと。そういったものをちゃんと考える今のわたしがいる。困ったなぁ。
「今日は、中庭でみんなとおやつに作ってもらったシフォンケーキを食べました。ふかふかで生クリームとぴったりで美味しかったです、と」
すでに日記みたいになっているし。この交換日記。あ、日記か。日記でいいのか。何があった、とか、どんなものを食べた、とか、そういうのばっかり書いているので、まったく色気もない。
じわ、とにじんだインクの先に、「俺も食べたかった」と王子の返事が書いてあるので、少し笑った。わたしがこんなにぐるぐるといろんなことを考えているのを王子は知らない。知らなくていい。だって知ってもらっても困る。恋ってどんなんだったかなぁ、とか思わず窓の外の月を見上げてしまっていた。
誕生日の当日。
王子様への誕生日プレゼントは直接手渡しなんて出来るわけもないので、それぞれがプレゼントボックスと呼ばれる箱の中へ大事そうにプレゼントを納めていく。
わたしは結局悩みに悩んで自分で刺しゅうをしたハンカチーフにした。王子をイメージした獅子と剣。ぶきっちょのわたしにしては頑張ったと思う。真っ白なハンカチに黄色い糸で縫い取りをして、それから緑色の糸で名前を入れた。貴族の娘のたしなみとしては上々の出来栄えなんではないかと自画自賛する。わたしの瞳の色の包装紙で包んで、わたしの髪の色のリボンを添えた。あからさまかなぁ。気付いてくれたらいいな。まぁ、メッセージカードにはちゃんと名前を入れたけど。
「ニナのかわいいもちもちの指先が傷だらけですわね」
リーリヤ姫殿下は心配そうにわたしの絆創膏だらけの指先を見てくれたけど、わたしはこれって名誉の負傷だと思うんだよね! だって自分で頑張ったから怪我したんだし! チェルシーやカーリーは治してくれるっていったけど、辞退しておいた。ちょっと手を洗った時に指先が染みるくらいだし、こんなのに彼女たちの奇跡の力を使ってもらうのはもったいない気がして。
「ニナ、頑張ったんだね!」
チェルシーがにこにこしながらそう言ってくれたので、なんだかわたしは泣きそうになってしまった。なんだろうね。不思議ね。誰かに頑張りを認めてもらうのって、ものすごく嬉しいことだよね。お返しとばかりにぎゅむっと抱きしめると、さらに楽しそうに笑い声をあげた。
「夏休みはニナ様はご領地へお帰りになられるのでしょう? 私たちもフローリー男爵領に帰るのですけど」
「わたくし、遊びに行ってもいいかしら?」
はいっ! と元気よく手を挙げてリーリヤ姫殿下が発言したので、わたしとカーリーのふたりは目を丸くする。チェルシーはきょとんとしている。
「北の大国へ一度帰るのでは?」
「婿殿を見つけるまで帰るなと言われてますの。それに、クレバー様にもう一度お会いしたいですし」
もにょもにょと最後の一言は指先で縦ロールをくるくると弄りながらリーリヤ姫殿下が言う。かわいい。
「じゃあ準備をしてもらうように連絡しておきますね」
そう。男爵領に他国の姫君が来るなんて前代未聞なのではないのかしら? 他の公爵とか侯爵の方々は何か言ってこないかな。
「一日くらいの滞在でしたら、この国のことを知るためにとかなんとか適当な理由を付けて押し通しますわ!」
恋する乙女は強かった。まぁ、ほかの領地もついでに見て回るなら嘘から出た真実みたいになるのかな?
「夏休み、楽しみだね!」
本当にいい笑顔で、チェルシーがそう言うので、わたしもカーリーもリーリヤ姫殿下も同じように笑顔で頷いた。学院が休みに入って会えなくなるかと思っていたけれど、意外とどうにかなりそう。
夏休み、どんなことがあるのか、すごく楽しみになってきたなー。
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