第6話 モブ令嬢のわたしはヒロインたちを目撃する

 何度も何度も読み返して、招待状の不備がないのを確認したわたしはふーっと大きく息を吐き出した。

 気を遣うんだよね。この作業。目上の方々はもちろんのこと、手紙のひとつも書けないのかと粗探しが大好きな方々の餌食になるのも癪だしさ。

 さて、しかしどうしようかな。手紙、どうやって渡そう。ベッドの上に横になりながら、あふ、とひとつあくびをして封蝋をして我が家の家紋の入った封筒を見つめる。余計なこと書いちゃったかなぁ。でも、どうしても書いておきたくなってしまったのだから仕方ない。

 何かあったら、その時はその時。いろいろと考えるうちにいつの間にか、もっちりとした瞼はいつにもまして重くなり、わたしはそのまま眠ってしまったのだった。




「ニナ様!」


 学院に来て早々、モブ令嬢のひとりに声をかけられた。モブ令嬢って呼び方は失礼だけど、まぁわたしもモブだから仲間みたいな感じで親しみを込めているつもり。

 前に王子に手紙を出したことがあると言っていた男爵令嬢だったので、わたしは殊更ににっこりと微笑んで彼女が駆け寄ってくるのを待った。


「あら、マルティーヌ様。いかがなさいました?」


 マルティーヌ様は名前の通り、ちょっと小型犬のマルチーズに似ている。もしゃもしゃの淡い金色の髪にいつも二つ髪飾りを付けているせいだとわたしは思っている。水色の瞳に愛嬌のある、それでいてごく普通の顔立ち。うん。モブだね!


「聞きました? フローリー男爵のお家のお話」


「フローリー男爵のお家に何かあったんですの?」


 フローリー男爵家はうちとも縁があって、そこの息子はわたしと同い年でわりと仲が良い。無駄に歴史がある我が家とは違ってそこそこ新興の貴族で、領地経営というよりは商売をすることで国に貢献してきたような家だ。

 すすす、とマルチーズ、違ったマルティーヌ嬢はわたしにくっつき、扇で口元を覆って囁いてきた。


「先代様の隠し子が見つかったんですって。しかも三人も!」


 おおう。先代ってことはわたしの幼馴染から見たらおじいさまってことか。まぁ、元気いっぱいのおじいさまではあったな、ご健在の時も。


「それで、その三人とも娘さんで今日から学院に来られるそうなんです」


「まあ!」


 そりゃびっくりだわ。つい先日入学式を終えたばかりのここに、途中入学で三人も出自があれなお嬢様が増えるとはね。

 ……ん? 出自がアレなお嬢様? あれれ? なんかわたし、今急に思い出してきたぞ。

 昔やっていた乙女ゲームにこの世界がよく似ているというのは本当だが、それがどんなゲームであったのかはうすらぼんやりとしか覚えていない。とりあえず学院に入学して、パラメータをあげて攻略対象に出会ってさらに親密度を上げていく系のゲームだったはずなんだけど。

 三人。そう、三人だ。そのゲームのヒロインは三人いた。かわいい系とクール系と美人系だ。攻略対象にもそれぞれ好みのタイプがあって、どのタイプを選ぶと攻略が楽になるとかもあったなー。あったあった。

 あった、けど。


「マルティーヌ様はその方々のお名前ご存知ですか?」


 少し震える声で思わず聴いてしまっていた。ふるふると震えるのは余分なお肉のせいだけではない。


「ええ。確かー、トレイシー様とチェルシー様とカーリー様だったはずですわ」


 ビンゴ!!!

 それってばヒロインのデフォルトネームだ! えーていうことはやっぱりここ乙女ゲームの世界なのかなぁ。めんどくさいなぁ。いや、逆に考えようわたし。もしそうなのだとしたら、わたしモブとして影の存在でいられれば面倒ごともスルー出来るはずじゃない?!

 ていうか、三択のヒロインが全員揃っているってどんな状況なんだ。誰かひとりじゃないんかい。神様の悪戯ってやつ?


「三つ子だそうですよ」


 そうだよねー。ヒロイン、系統は違うけど外見いっしょだったもんね。そうなるかー。


「あ、噂をすれば」


 マルティーヌ様が視線を送ったので、わたしもつられて振り返った。

 そこだけ空間の色が違う。なんかお花でも舞ってそうな雰囲気。キラキラ族か、やはり。

 淡いストロベリーブロンドの真っすぐな髪を肩で切り揃え、真っ白ではなく健康そうな白い肌に真っ白な絹のブラウスが映える。瞳はサファイアのような青。その瞳に合わせたようなひらひらと広がるフレアスカートは濃紺で清楚さを演出している。顔の雰囲気はそれぞれ違っているが顔のパーツはいっしょで三人ともかわいい。真ん中のメガネかけた子がクール系だな多分とか思った。ああ、間違いない。ヒロインだわ。


「楽しみだね」

「そうだね」

「私、はやく会いたいわ」


 少し離れているわたしたちのところまで楽し気な声がきゃっきゃと聞こえて、なんか生きている世界が違うってこんなんかなぁ、なんて漠然と思ってしまった。マルティーヌ様はと言えば、やはり同じような顔をしている。そうだよねぇ。わたしたち脇役だもんね。


「あ、そうだ」


 そういえば、と思ったことを普通の音量で声に出してしまって、不意に現実に引き戻されたマルティーヌ様がぶんっとこちらを振り向いた。あ、ごめんね。


「マルティーヌ様、王子様にお手紙出したことあるって言ってましたよね」


「ええ。それがどうかなさいましたの?」


「どうやって渡されたんですか?」


「まさかニナ様もお手紙を?」


「ええ。まぁ、ちょっと、今度お茶会を開くので、あ、マルティーヌ様の分の招待状もございましてよ?」


「あら、そうなんですの。そうですか。とうとうお手紙を」


 ふむ、とマルティーヌ様が思案を始めたので、わたしはなんとなく落ち着かない。なんだよう。さくっと教えてくれたらいいのに。


「確か今日は当番で図書室にイェレミアス様がいらしてるはずです。あの方は文官のひとりであり王子様の側近のひとりでもある方でいらっしゃいますからイェレミアス様にお渡ししては?」


「なるほど! ありがとう、マルティーヌ様」


「ふふ。ご武運をお祈り申し上げますわ」


 ちょっと何か含みのある笑い方をマルティーヌ様がされたのが少しだけ気になったけど、わたしは授業が終わったら図書室にいってみることにした。

 イェレミアス様ってどんな方なんだろう?

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