第5.5話 第一王子は運命に出会う

 エクスフィリアに存在する王国のひとつ。

 プレオベール王家の第一王子、リオネル・ガブリエル・デュ=リュイこと俺は深く深く溜息をついた。


「ニナに会えない……」


「うざいですよ。王子」


 隣にいて一緒に書類の整理に付き合ってくれている文官イェレミアス・クラッセンの口からは思いっきり本音が口からついて出ていた。不敬罪だぞ。まぁそんなことで俺の手伝いをしてくれる貴重な文官をつぶすわけにはいかないから、思ったことは言わずに別の言いたいことを口走った。


「だってもう3日もニナに会えてない。もう生きていけない」


 どべーっと机の上に突っ伏す。書類はとりあえず横にどけておいた。面倒な二度手間は避けたい。


「それ一昨日おとといも言ってましたよね」


「だってあの時は死ぬ気で終わらせた宿題のご褒美に、すぐに学院に行けたじゃないか。さりげなーく隠密使ってニナの居場所を割り出してもらって、さりげなーく人払いをしてもらってやっと会えたのにアシルがすーぐ離れろって言うし」


「自分の持てる力をすべて使いましたね、貴方。職権乱用ですよ。なんでそんなにぞっこんなんですかね? 確かに彼女は男爵家の令嬢にしては礼儀もきちんとしているし、言葉遣いも目上の者に対する態度もわきまえていらっしゃるとは思いますが」


「あ、馴れ初め聞きたい? 聞きたい?」


 がばっと起き上がると机の隅に置いてあった呼び鈴を鳴らしてメイドを呼ぶ。この機会、逃してなるものか。俺はめいっぱい語りたいのだ。相手は誰でもいいと言ったら語弊があるが、ニナに対するこの思いを聞いてほしいと思っている。


「お茶の準備してーちょっと話込むからー」


 いい笑顔でそう頼むと、メイドはさささっとティーワゴンを準備して現れる。なかなかの手際だ。


「あ、ちょ」


 イェレミアスは失態を犯したという顔をしていたが、俺はそんなことは気にしない。


「あれは、俺が7歳の頃だった……」


 という始まりで回想を語り始めるのだった。




 最初の出会いは、本当に偶然だった。

 ブルゴー男爵家はそこそこ古い家柄で知る人ぞ知る一族なのだと父上から聞いていた俺は、母上に言われて年に一度父上が参加するというお茶会にいっしょについて行ったんだよ。

 王族というのは強くあらねばならない、というのが我が家の教育方針で、だから何かあったら助けが入るなんて思ったことなんてなかったし、今も思ってはいないんだが。

 まぁ、ざっくり言ってしまえば転んだんだ。お茶会の会場ですっころんだ。七歳の子どものことなんて大人は気にもしない。あまり人気のない場所ってのもあったかもしれないけどな。

 そこに、俺の天使が現れたんだ。

 まぁ、聞け。ぷくぷくの桜色をしたほっぺに柔らかくウェーブした栗色の髪が揺れて、もちもちっとした白い手のひらが俺に差し出されたんだ。顔を上げれば綺麗な翠玉の瞳と目が合った。俺のことをすごく心配そうに見ていた。


「だ、だいじょぶ、ですか?」


 少し舌ったらず気味の声も可愛かった。ああ、可愛かった。俺よりも小さなマシュマロみたいな女の子が、俺を助けてくれたんだ。

 そして、その手を握った瞬間、何かがぱちっと弾けた感じがした。彼女もそれに気付いたみたいだったし、俺はもう運命だと思ったね。

 嬉しくて嬉しくてさ、それまで家族以外の前では笑ったこともなかった俺は、いつの間にか頬がゆるんで笑っていた。ああ、やっと見つけたって思った。


「君の名は?」


 問えばきょとんとした顔をして、それからきちんとドレスの裾をつまんで淑女の礼をとった。礼儀作法もしっかりしているのか、この天使は。


「あ、えと、ニナ、です。ニナ・ジュリエット・ブルゴー」


「ブルゴー男爵家の末の姫か」


 噂には聞いてたんだ。ブルゴー男爵家に待望の娘が生まれたんだと。王族でもないのに、なぜか貴族の者たちが皆『ブルゴー男爵家の末の姫』と呼ぶのはちょっと不思議だったけど、ちいさなお姫さまと呼んでいいと思った。腕を伸ばしてぎゅーっと抱きしめると、びっくりした彼女はかちんと固まったみたいになった。もちもちでふわふわで柔らかい。その感触は本当に筆舌に尽くしがたい。


「ニナ、ありがとう」


 大人たちには聞こえないように、彼女に礼を伝えた。嬉しくて嬉しくて、え? もうさっき聞いたって? そんなの何度だって言うわ。本当に嬉しかったんだからしょうがないだろ。王子とか関係なく、俺を心配して手を差し伸べてくれた彼女を、好きにならない訳がなかったんだから。

 ずっと生まれた時から第一王子として、常に完璧であれと求められて泣くことも弱音も許されないままの七年間だったけど、その時、頼ってもいいのかって思ったんだ。それを俺よりも年下のかわいい女の子がしてくれたんだ。恋に落ちないわけがないだろ。

 そして俺はニナに言ったんだ。


「また会いたい」


 あの時の約束、まだ覚えていてくれたらいいんだけど。





(回想終了)


「イェレミアスーレミー起きろー」


 俺の話が長かったことは認めるが、なんで人の話の途中で寝るんだ。ほんと不敬罪だぞ。


「ああ、いや、なんか意識が遠のいてました」


 寝てるより酷くないか? 意識失うってどういうことだ。


「まさか王子ののろけ話をここまで聞かされるとは」


「学院で再会した時の話もしようか?」


「あ、いいです。なんか胸の中に砂糖と蜂蜜とその他甘いものを全部突っ込まれた感じで、すごい胸やけするんでいいです」


「ちぇー」


 すっかり冷めた紅茶を口に運びながら、俺はまだまだ話足りないのになーと思っていたが、ちょっとぐったりしているイェレミアスには悪いことをしたと思った。ほんとに。

 手紙を書いてくれるとニナは言っていたけど、本当にそれがここに届くかは分からない。

 もし届いたら今度は誰に話を聞いてもらおうかと、俺は脳内でリストアップを始めるのであった。

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