第5話 モブ令嬢のわたしは第一王子へお手紙を書く

 社交界シーズンの到来。

 特に年ごろの娘のいる貴族にとって、このお茶会は娘を嫁がせる相手を選ぶものであったり婿を選ぶものであったりするらしい。……らしいってのは、お兄様方の悪戦苦闘振りを見てきたからなんだけどね。


「なんて書こうかなぁ」


 自分の部屋に戻って、机についたはいいけど、いい文言が思い浮かばない。

 リオネル殿下にとってわたしはただの臣下の、しかもそんなに高い身分ではない貴族の娘。なんか知らんが会うたびむぎゅーっとされるけれど、それだけは変わらないと思うのだ。

 そういえば、初めて王子様に会ったのも、お茶会だったっけなぁ。

 ものすごい勢いですてーんっと転んだのだ。目の前で。

 人の多いところからは少し離れた垣根の向こう側で、花冠を作って遊んでいたわたしの目の前で。

 わたしはその頃5歳で、リオネル殿下は7歳だったはず。


「だ、だいじょぶ、ですか?」


 転がった体勢のまま起き上がらない王子に、周りが少しどよめき始めたころ、わたしは手を差し伸べたのだ。だって転んだまんまなんてかわいそうじゃない? 王族にはみだりに触れるべからず、みたいな風潮があるらしいけど、それとこれとは話が別だと思うの。転んだ小さい子どもを放っておくなんて出来なかった。よくよく考えればわたしは、その小さい子どもの彼よりもさらに小さかったのだけど。


「……ありがとう」


 ちょっと、いやすごく、しげしげとわたしのことを上から下まで眺めてから、リオネル殿下はわたしの手を握った。その瞬間、何かぱちっと弾けるような、そんな感覚がした気がする。静電気かな?


「!」


 ちょっと驚いたような顔をしたリオネル殿下は、まっすぐわたしを見て、それから陶器人形みたいだったその顔を嬉しそうにほころばせた。ああ、笑うと可愛いなと思った。無表情でいても美形だったけどさ。あたたかみがあるとないとじゃ、やっぱり違う。


「君の名は?」


「あ、えと、ニナ、です。ニナ・ジュリエット・ブルゴー」


「ブルゴー男爵家の末の姫か」


 姫ってなんだ、と思わずツッコミそうになったけど、にこにこした王子がぎゅむーっとわたしを抱きしめたので一瞬周りの音がやんだ。わたしの頭の中もいっしょに真っ白になった。


「ニナ、ありがとう」


 声はささやきともとれるような小さい声だった。他の誰かに聞こえないように、秘密のように。何も言えなくて抱きしめられるままになっていたら、急に離れて王子さまはすごく真剣な顔でこう言った。


「また会いたい」





 回想終了!

 ああ、そうだ。会いたいって言ったんだったなー。最後に。

 何で? とか理由を聞きだすスキルはその時のわたしには無くて、今更になって理由を聞いておけばよかったと思うんだけど。従者が探しに来てリオネル殿下はすぐにどこかに連れていかれてしまって、なんでそんなことを言ったのかはまるっきり分からずじまいだ。


「あの時ちゃんと聞いてたら、会うたび抱きしめてくる理由も分かったのかなぁ」


 くるくるとインクをまだ付けていない羽ペンを指先で回して遊びながら、うーんと考え込む。

 そして【もちーん】と思いついた。【もちーん】て何だ? 指ぱっちんをしようとしても、この指先についた柔らかいお肉のせいでうまく音が鳴らないのだよ。気持ちだけ鳴った感じで【もちーん】だ。わけわからん。

 どうせなら、ちょっと悪戯を仕掛けてみよう。

 だってわたしはモブだし下級貴族だし、こんな招待状なんてきっとすぐ撥ねられて王子様の目に留まることもあるまい。


(わたしもまた会いたいです)


 お茶会の招待状のありきたりな文面の下、小さくそう書いてみた。

 あんな小さい頃のことなんてきっと覚えていないと思っているのだけど、ぎゅむっと抱きしめられていると勘違いをしてしまうから。

 これはいたずら。

 きっと王子さまは気付かない。気付かれない。

 でも、もし、気付いてくれたら、その時はどうしてわたしに会うたび抱きついてくるのか、それを問いただしてみようと心に決めた。

 そしてどうやって渡すかを小一時間悩みに悩むことになったのだった。

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