第7話 モブ令嬢のわたしは図書室で幼馴染に出会う
「ふっふっふっ」
笑っているわけではない。息を切らしているのである。
このもちもちボディは運動に向かない。本当に向かない。この長い廊下を歩いているそれだけで、息が切れる。セグウェイ欲しい。ないけど。自転車でもいいんだけどなー。
今日受けなければならない授業を終えて、階段の昇り降りとこの果てしない廊下を越えて、わたしはどうにかこうにか図書室へとたどり着いた。息苦しい。はあはあ。乙女ゲームの世界だとさ、マップに建物がいくつか表示されてて選べばばびゅんと移動が出来たのになぁ。あれ便利だった。どうにかならないものか。
「ニナ?」
俯いて息を整えていたところで急に声をかけられて驚いて顔を上げた。
先ほど見かけたストロベリーブロンドよりも少し濃い赤の髪に淡いアクアマリンのような瞳、すらっとした中肉中背のさわやかイケメンがそこにはいた。
「クレバー」
彼こそがフローリー男爵家の嫡男。ヒロインたちの甥っこ、って字面すごいな。そうだよね。おじいさんの隠し子だからそうなるよね。さわやかイケメンのクレバー・スマート・フローリーだ。
「久しぶり、だね」
ちょっと照れながらそんなことを言われて、わたしは思わず首を傾げた。
「どうかなさいました?」
「ニナも噂聞いただろ」
うんざりしたような顔で溜息を吐く姿もイケメン。イケメンていいなぁ。これが※ただしイケメンに限るってやつなのか。何をしても絵になる。そして幼馴染の気安さなのか、クレバーはかなり砕けた口調でわたしに話しかけてくる。
「ああ。三人娘さん?」
「うん。今、家の中がてんやわんやになっててさ……ちょっと静かなところに来たくてここに来たんだ。ニナはどうしたの?」
「司書のイェレミアス様に用事があって」
「ああ、今日はあの方が当番の日かぁ」
何で皆そういう感じの反応するの? イェレミアスって人の評価が怖いんですけど? 何でみんなそうわたしの不安を煽るんだ! と、そんなことを考えていたのが顔に出てたのか、ちょんちょんとわたしの眉間を突きながらクレバーは笑った。
「かわいいのに台無しだよ、ニナ」
ああ、そうだよ。あんたそういう男だよ。この距離なし男め。
乙女ゲームの攻略キャラの中でも人懐っこいので評判だった。でも意外と攻略は難しくてグッドエンドにたどり着くにはいろんな難関を乗りえねばならない男ナンバー1だったな、そういえば。
「とりあえず入ろうか」
「そうですわね」
あのヒロインたちを見てから何故か、ちょっとしたきっかけでぐわっとゲームの思い出がよみがえってくる。今のわたしはただのモブで、この世界が現実で確かにここに生きているのにね。なんか、不思議な感じだな。
重厚な扉を開くと圧巻の本棚が目に飛び込んでくる。うわーうわーうわー。ちょっとテンション上がるじゃないの、こんなの。洋画で見たようなびっしりと本が詰め込まれた本棚がびっしりと置かれているここが図書室なのか。前世の図書館より本の数多いんじゃないかな。
その扉を抜けた先の通路の奥にカウンターがあって、そこに長い銀髪を後ろに束ねて細めの銀色のフレームのメガネをかけた男性が座しているのが見えた。耳がちょっと尖っているのはエルフの血が混じっているからだったはず。第一王子の一の側近、イェレミアス様だわ。あれが。
「俺は探す本があるから行くけど」
「ああ、またね。クレバー」
もちもちっともう用はないのよ、と意思表示をするように手を振ると、クレバーはにかっと笑った。
「ありがとう、ニナ」
「え?」
声は小さく、図書館では大きい声は厳禁だからだろうけど、何か別の意図を持ってクレバーは小さく小さく囁いた。
「またな」
ぽんっと頭を叩かれて、何じゃあれ、と彼が去っていった方向を見つめてしまう。ほんとああいうのが天然たらしってやつだと思うんだよね。女の子みんなにあんな態度じゃあるまいな、あいつ。おかーさん心配。おかーさんじゃないけど。
「さて」
意を決してカウンターに近づいて、手元の本に視線を落としているイェレミアス様にわたしは声をかけた。
「あの、イェレミアス様」
「はい?」
顔を上げた瞬間のイェレミアス様の表情よ。何か? その珍獣を見たような顔は何だ。
「これはこれはニナ男爵令嬢」
「私事で大変申し訳ないのですが、リオネル王子にこちらをお渡しいただけますか?」
手に持っていたバッグの中から招待状を取り出した。
「イェレミアス様にこんなことを頼むのはお門違いなのは重々承知なのですが……」
「これを? 王子に?」
何度かまばたきをしてわたしの顔と招待状を交互に見ながら、イェレミアス様はちょっと驚いた顔のままでいる。何だろうなぁ。この人もまた別系統のイケメン。言うなればクール系統のイケメンだ。そのイケメンが驚き顔のまんまってのは、かなり珍しいのではないだろうか。
「はい」
まぁ、でもとりあえず問われたことには肯定しておく。
「王子殿下が今度いつこちらに来られるのかわたくし存じあげませんし、お手紙を書くとお約束してしまいましたので」
「ああ、そういうことですか。では、お預かりします」
ファンレターの窓口とかになってんのかね? わたしから受け取った招待状を隣に置いてあった箱に入れると、イェレミアス様はしげしげとわたしを眺める。何やねん。だから。
「何かわたくしの顔についてまして?」
問えば、いやいや、と手を振って否定する。
「先日王子から、貴女様のお話を聞いたばかりだったので、ちょっと」
何を言ったんだ。何の話をしたんだ、王子さまよ。このイェレミアス様の反応的にろくな話ではない気がするのは気のせいではないんじゃなかろうか。
なんとなく居心地が悪くなってきたので、一礼をするとわたしは精一杯笑って見せた。
「それでは失礼いたします」
「必ず王子にはお渡しいたしますよ」
よくある社交辞令な返事を聞いて、少しふへって変な声が出たのは見逃していただきたい。だってそれ、みんなに言ってる感じでしょう? 何か変な笑いが出てしまった。いかんいかん。モブ令嬢なのだ、わたしは。腐っても令嬢。気を付けよう。
それから適当な本を一冊選んで貸し出しの手続きをしてもらって図書室を出た。ものすごーく緊張したけど、別になんもなかったなぁ。マルティーヌ様といいクレバーといい脅しすぎだっての。
扉を閉めようとしたところで、遠くから走ってくる三人の人影が見えた。あ、あれは。
「イェレミアス様は今日図書室にいるって私の勘が告げてるわ! 今日会っておかないとフラグが!」
「そうだよ、カーリー! ここで頑張っておかないとレミー様とのフラグが立たない!」
「私、その辺はどうでもいいんだけど……」
いまいち息の揃わない感じのやり取りをしている三つ子が図書室に駆け込んできた。どちらかってーとあれだな。トレイシーとチェルシーにカーリーが引っ張られていってる感じだ。ああ、そうか。出会いイベントってやつか。イェレミアス様攻略キャラだったね。
というか、あの速度で走ってくるから一瞬で目的地に到着するのか、ヒロイン。すごい。
入れ替わりに図書室に入っていき、その瞬間何かすごい雷が落ちるような怒号が響いた気がするけど気のせいとしておこう。図書室で暴れると怒られるよね。そりゃそうだわ。
そしてそっと借りてきた本に視線を落とす。「美味しい紅茶の入れ方」。まぁ、王子様にお茶を振る舞うことなんて令嬢ですものないだろうけど、ちょっと練習でもしておこうかなーなんてね。
招待状、無事に王子様に届くといいんだけど。なんか届いてほしいような、届いてほしくないような、相反するふたつの気持ちがぶつかり稽古を始めてしまって、面倒くさいことは横に置いておいて美味しいお菓子が食べたくなってしまったわたしだったのだった。色気より、食い気です。
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