第26話 モブ令嬢のわたしは文化祭でしあわせにあてられる
リオネル殿下がクラスから立ち去った後、みんなでほうっと詰めていた息を吐き出して、また作業に戻る。なんとなく心が浮足立って、ちょっと大変だなと思ってた作業もさっさと進めることが出来た。これは王子様、様様だね! なんて同級生と声に出せないながらも気持ちはひとつになりつつ、ふと気づけば自分の休憩の順番が回って来ていた。
「ニナ様!」
「ニナー、遊びに来たよー! 他のクラスの展示、見に行こっ」
カーリーとチェルシーが呼びに来てくれて、わたしは他の当番の人にエプロンを渡して、カフェっぽく飾り立てたクラスから廊下に出た。
広々とした廊下は、いつもよりもたくさんの人が行き交っている。なんか、これこれこういうのだよね。文化祭っぽい。ざわざわとした人ごみの中をカーリーとチェルシーが両側からわたしの腕をとって、ぎゅむっと脇を固めてくれる。おかげで他の人にぶつからなくてすむので助かるけど、捕まえられた宇宙人みたいな気分になるね。これ。まぁ美少女ふたりにがっちりガードされているのは、悪い気分ではないけども。
「カーリーやチェルシーは自分のところのは大丈夫ですの?」
「いろいろ頼んできましたから1時間くらいは大丈夫です」
「あたしの出る劇も見てくれるでしょ? あとでいっしょに行こっ」
それぞれにぎゅむーっと抱きついてくるので、わたしは分かった分かったと適当な返事を返す。ふたりとも本当に人懐っこくて、あの刺々しかった最初の出会いが嘘みたいだ。
「ニナ様? 何笑ってるんです?」
「思い出し笑いは助平なんだよー?」
「ふたりに初めて会った時のことを思い出しただけですわ」
ふふ、と思わず声が漏れると、二人はわたしの前で顔を突き合わせてバツが悪そうに、でもじめじめした感じではなく朗らかに笑った。
「思い出さないでくださいよ」
「そうだよーやめてよー」
「
「! チェル、そんなこと言ったの?!」
「あれはあの時だけでちゃんと謝ったもん! でももっかい言う! ごめんね!」
わたしは二人のやり取りを見ながら、思わずまた笑ってしまっていた。どうせこんなにざわざわしているところだもの。淑女らしく、扇で口元を隠して笑わなくてもいいだろう。わたしが声を立てて、あははと笑ったので、二人はすっかり毒気が抜かれたみたいだった。そうそう。笑顔でいましょ。
「ニナ! 来てくれましたのね!」
リーリヤ姫殿下は北の大国風のドレスに身を包んでお出迎えしてくれた。毛皮がゴージャス! そしてすらっとした体型に似合うシンプルなデザインだ。首の毛皮はキツネかなぁ。
「わたくし、侍女たちにも頼んでいろいろ準備してもらってお待ちしてましたのよ! さあ、こちらに」
そう言って、わたしの手を取る。気付けばすすすっと空気を読んだカーリーとチェルシーはわたしの後ろに控えるように寄り添っていた。
「もちろん、カーリーとチェルもですわ。さあ」
にこにこと笑顔のリーリヤ姫殿下は初めて会った時のつんけんした感じがかなり消えた気がする。恋をすれば変わるものだね。乙女というのは。
「これがフローリー男爵領のお芋を使った料理ですか」
「わーい! チリポテトとポトフー(もがもが)」
なんか余計なことを言わないようにチェルの口がカーリーによって塞がれた。多分、これ料理の名称が違うんだろうなぁ。改めて思うけど、このゲームの設定、けっこうあいまいだ。
「こちらは少し辛めですけどチーズがかかっているのでそこまで辛くはないと思います。こちらはスープにも味が染みているのでそちらもどうぞ」
「いただきます」
こちらの世界に来て、ジャンクフードなんて存在しないから憧れていたフライドポテトが今ここに! わーい! でも食べ過ぎるともちもちを通り越して油ギッシュになってしまうから用心用心。
「どちらも美味しいですね」
にっこりとしてカーリーが言うと、口にいろいろ頬ばっていたチェルシーがこくこくと頷く。
「リーちゃんはすごいね!」
「クレバー様からのお芋のお蔭もありますから」
照れ照れと頬を赤らめながら言われて、わたしたち三人は顔を見合わせてごちそうさまを言った。本当にかわいいね。うんうん。
「そういえばクレバーは?」
「来ましたか?」
カーリーとチェルシーに詰め寄られて、リーリヤ姫殿下は首を横に振る。
「お忙しいんだと思いますわ。……ワガママを言うのは、やめにしたんですの。そのせいでニナにも酷いことしてしまいましたし」
しょんぼり、と肩を落とすリーリヤ姫殿下は、ちゃんと反省していてえらい! そういえばわたし、顔に傷付けられたんだった。忘れてた。
「それとこれとは話が別だよ!」
「そうですわよ! クレバーさん、呼んできましょうか?」
「え?! いいえ、いいんです! フィリ芋の手配をしていただいただけで十分で――」
そんなやり取りをしている時に、クラスの入り口のところが少しさざめいた。何だろう、と振り返ると、不意に頭の上から影が降り注ぐ。
「これが北の大国の料理かぁ」
「クレバー?!」
噂をすれば影が差す、とは正にこのことか。
「何?」
きょとんとしたクレバーがリーリヤ姫殿下に向き直ると、ぺこりと頭を下げてそれからにかっと笑った。
「わが領地のフィリ芋は、いかがでしたか? 姫殿下」
「あ、あ、はい。あの、とても、美味しくて、その、ありがとう、ごじゃました」
噛んだ。噛んだよ、姫殿下。
目がうるうるとして泣きそうな顔でこちらを見られてしまった。だってさー、噛んだのは本当だもの。
「あの、お料理、召し上がっていただけますか?」
「はい。もちろん! そのために時間を作ってきました」
えへん、と胸を叩いて、穏やかに笑むクレバーは、わたしから見るとどうやら満更でもなさそう。むむ? リーリヤ姫殿下との仲はすこーしずつだけど、進展してるのかな?
「あ、ニナ、そろそろいかないと」
「本当ですわ。時間になりますよ」
そしてわたしはまた、チェルシーとカーリーにがっちり確保されて椅子から立ち上がった。君たち、本当に息ぴったりだよね?
「それでは、クレバーとリーリヤ姫殿下、おふたりで、ごゆっくり」
にっこりと笑って、ワンピースの裾をつまんで優美な淑女の礼をすると、ちょっとだけクレバーは目を見開いたが、任せとけ、とばかりに首を縦に振った。よしよし。ふたりで、のところ強調したのは気付いてなさそうだけど、まぁそれはいいや。仕方ない。
リーリヤ姫殿下はちょっと助けを求めたい感じの顔をしてたけど、クレバーが話しかけ始めるとそちらに意識を囚われたようだった。
「さあ、あたしたちは次は王子様の舞台劇を見に行かないとね!」
チェルシーに言われて自分のことをすっかり忘れてたのを思い出したのは内緒にしておきたい。だって、なんだか、ふたりともとても幸せそうにしてたんだもの。あてられちゃうわ。
そう。この世界はゲームじゃないから、ここでおしまい、なんてない。わたしたちはわたしたちの人生を生きていかないといけない。なぜか突然そんなことを思ってしまって足が止まったけど、カーリーが心配そうにわたしの顔を覗き込んだので何でもないと笑って、また歩き出した。
リオネル殿下の舞台、ちゃんと間に合うといいな。
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