第27話 モブ令嬢のわたしは文化祭で第一王子とダンスを踊る
どうにかリオネル殿下のクラスにたどり着いた時にはもう劇は始まってしまっていた。
「ちょっとのんびりしすぎたね」
失敗失敗、と言いながら、チェルシーはわたしの手を引いて劇を見ている人たちの合間を縫って、空いている席に滑り込ませてくれる。こういう時のチェルシーの手腕はすごい。思わず感心して眺めていると、照れたように彼女は笑った。
「ほら、そろそろ王子様が出てくるよ」
まるで予言のように囁かれた言葉に指さした先を見ると、ちょうどリオネル殿下が現れるところだった。
物語は、幼馴染の農家の息子とお隣さんの娘がいっしょに旅に出て、王様に自分たちが神様から啓示を受けたのだと伝えに行くシーンだった。そこで王子は、聖女に一目ぼれをする。でも、彼女には勇者がいてふたりは強い縁で結ばれているのを、旅の途中でいろいろと思い知らされるのだ。
(何でだろう)
いわゆる当て馬なんだと思う。でも、胸が痛い。リオネル殿下が舞台の上のこととはいえ、誰かに愛を囁くのは見ていてつらい。
(……ああ、そうなんだ)
本当はもうずっと前から分かっていた。いろいろ誤魔化していただけだ。ずっと。
(わたしは、)
そして旅の終盤、 魔王はその王子の気持ちを利用してふたりに彼をけしかける。もちろん力量の差があるので勝つことなどない。魔王は王子の中に封印され、そして討ち果たされた。
ピンスポットライトがあてられた王子はまっすぐに手を差し伸べて、聖女に愛を囁く。
「例え叶えらえない願いであっても、私は貴女をずっと思い続けている」
そうしてことり、と息絶えた。
ぎゅーっと胸が締め付けられるような気持ちになった。分かっていたのに。
あれはわたしの気持ち。モブ令嬢であるわたしの、気持ち。
勇者と聖女は王都へと凱旋する。王子がどうして戻らなかったのかは語られず、彼の妹が王座を継ぐことになりこの国が女王国として始まりを告げたことだけが語られた。
ついつい脇役の方に気持ちが完全移入してしまうのは、悪い癖だな、とは思う。でも、悲しかった。逆にちょっとでも聖女がなびくようなことがあったら、本気ではない癖にとか悪態をつくと思うけど、彼女はすがすがしいまでに、勇者しか見ていなかった。
王子はそれでも、ずっと彼女を思っていた。
「ニナ様?」
隣のカーリーに呼ばれて、気付くと頬を涙が伝っていた。大団円であるのに、泣いていたのはわたしだけではなかったのが救いだ。
「あ、あら。やだ。私ったら」
ハンカチを取り出して頬を拭っていると、舞台の上のリオネル殿下と目が合った。わたしが泣いているのに気づいて少しおろおろとしているのが分かって、なんとなく安心させるように微笑んでしまった。それに気付いたのか、彼もまた微笑み返してくれる。それだけがただ、嬉しかった。胸の奥はまだ、ずきずきと痛んでいたけれど。
文化祭では体育祭の比でなく、大きな舞踏会が講堂の中で催される。いわゆるダンスパーティーってやつだ。こちらもやはり、顔が見えないように仮面を付けるのが慣例になっていて、でもまぁ大体体型とか髪型で誰が誰かなんてわかってしまうのだけど、そのあたりは言わぬが花ってことになっていた。
立食パーティー形式もとっているので、美味しいケーキをお皿にとって壁の花となっていたところで、声をかけられた。
「お嬢さん、私と一曲踊っていただけませんか?」
ケーキに集中していた顔をあげれば、金色の髪が目に入る。ああ、もうそれだけで胸が高鳴ってしまう。もちもちのこの体の奥から、心臓の音が聞こえてきてしまわないか心配になるくらいの大きな音で。
「私でよろしければ、喜んで」
「では、あちらに」
そう言って、バルコニーに連れ出された。人はほとんどいなくて静かで、月明かりだけがわたしと彼を照らしている。
空を見るのに気を取られていたら、仮面をはずしたリオネル殿下が微笑んでいたので、わたしもそれにならって仮面をはずした。
「ニナ」
優しい声も、あたたかいその腕も、抱きしめる強さも。
全部、好きだ。
ほんとうは、ずっと気付きたくないと思っていた。
だって、相手は王子様で、わたしはただのモブ令嬢。結ばれることなんてありえない。
でも心から彼がしあわせになってくれたらいいと思っている。そのためにはわたし以外の誰かを選んでもいいと思っていたのに、あの劇を見ていたらそれは嘘だと気付かされてしまった。
いっしょにいたい。
わたしが、リオネル殿下の傍に居たい。
「さっき、劇を見ながら泣いていなかったか?」
「あまりに感動的でしたので」
抱きしめられながら、ふふと笑う。ほんとうによく見てるなぁ。
「……ニナ。俺は――」
「ダンス、踊って下さるのでしょう?」
思わず言葉を遮ってしまった。その先は、聞きたいようで聞きたくない。
もちもちぽにょぽにょのこの体でも、ダンスは一生懸命練習したからそれなりには踊れる。寄り添うように、けして離れぬように、屋内から聞こえてくる曲を聴きながら二人だけの舞踏会。まるで夢のようだ。わたしは、どうしてここにいるのだろう。
「ニナ」
曲が一度終わり、その継ぎ目でリオネル殿下はまたわたしを抱きしめた。ぎゅうっと、それでいてわたしの負担にならないよう、優しく。逃げようと思えば逃げられるのに、わたしは逃げたいと思わない。思えない。
「俺は君と添い遂げたい」
弾かれたように顔をあげた。熱のこもった眼差しが、わたしを見ている。
「この国の王家の第一王子という肩書を背負っているものとして、大事なことはたくさんあることも分かっている。でも、俺は、君といっしょにいたい。ニナといたいんだ」
きゅうっと胸の奥が苦しくなって、鼻の奥がツンとした。こんなのは不意打ちにもほどがある。ずるい。
「ちゃんと正式に婚約を申し込みたいと思っている。いろいろな部分は今躍起になって片づけているところだから、いつまでと期限は切れないがそれでもニナが卒業するまでには必ずどうにかする」
もう涙腺は保てなかった。こんなこと、前世も含めて言われたことないよ。わたしがいいとリオネル殿下が言ってくださる日がくるとは、思ってもみなかった。
「もうすぐニナの誕生日だろう? その時はプレゼントをさせてほしい」
ほら、泣かないで、と優しく抱きしめなおされて、わたしはこくこくと頷くことしか出来なかった。
どうにか涙をおさめて俯いていた顔をあげれば、嬉しそうな幸せそうなリオネル殿下の顔が近くにあってこんな距離にあることはいつもだったのに、何故か心臓がまた早鐘を打ち始める。ドキドキしているこの音が聞こえてしまうんじゃないかと不安になる。
優しく抱きかかえられているその腕の中で、わたしは恐る恐るそーっと手をリオネル殿下の背に回した。もちもちの体が邪魔でうまく抱きしめ返せたかは定かではないけど、わたしの手の感触に気付いたリオネル殿下はちょっと驚いた顔をした後、これまでにないくらい嬉しそうに笑ってくれたから、わたしはこれが間違いでなかったと思えてほっとした。
わたしは、リオネル殿下に笑っていてほしい。幸せでいてほしい。
これが、誰かを好きになるってこと。
私は今、ようやく、自分が恋をしていることに気付いたのだ。
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