第28話 モブ令嬢のわたしは誕生日を迎える

 文化祭が終われば朝目覚める時にしんしんと寒さが忍び寄ってくるようなことが増える季節が到来した。秋から冬へ移り変わる。わたしが生まれたのはこの季節なので、夏の暑さに比べたら冬の寒さの方が好きなくらいだ。冬は着こめばどうにかなるからね。

 明日はとうとうわたしの誕生日がやってくる。文化祭からこっち、リオネル殿下は相変わらず忙しい様子。交換日記で一言二言かわすのがやっとなぐらいで、まぁなんか知らないけど変に意識しちゃって返す言葉を探すのにわたしが手間取っているのもあるんだけど、連絡を取るのがなかなか難しい状況です。

 ああ、でもお祝い。お祝いかぁ。何をするつもりなんだろう?

 窓を見上げれば空はどこか薄暗い。そろそろ雨が降るような気配がしていて、湿った風が吹いている。

 誕生日が雨になるなんて、なんだかわたしらしい気もしてきた。

 とりあえず、平常心平常心と呪文を唱えつつ、それが平常ではないことなんて、わたしは全然わかっていなかったのだ。





 誕生日当日は雷鳴が轟くほどの悪天候だった。わたしは前世で何かしでかしただろうか? 最近すっかり前世のことが思い出せなくなってきていて、何かしらの意図は感じる。わたしは、何でこの世界に転生することになったんだろう?

 朝から屋敷の中はばたばたと忙しく人が往来しており、いつもよりも何かあわただしい雰囲気。自分の支度は終わったので、私室で本を開いているとドアがノックされた音が響いた。


「ニナ。少しいいかな?」


「お父さま? はい。どうぞ」


 侍女たちも出払ってしまっていたので、セリアすらここには居ない。何か、物々しい感じがする。ただ、これが何なのかまでは分からないけれど、すごく嫌な予感がするのだ。


「すまないね。今日はお前の16歳の誕生日だというのに」


 そう。わたしは今日、16歳になった。

 この世界では一般的な適齢期が16歳から18歳くらいみたいなので、これからってところかな。お相手もそろそろ決まったりするのだろうか。

 ……先日ようやく、自分がリオネル殿下のことを好きだと知ったけど、家の決定には逆らうつもりはない。貴族の娘などそういうものだとも思っている。これは、この十六年この世界で生きてきたニナの価値観だ。もともとのわたしは、そんなのは嫌だと思っている。でもそれを声をあげていうことが出来ないだけ。前世のわたしと今のわたし。なんだか最近板挟みだ。


「実はお前が産まれた時に、天啓があった」


 はあっ?!

 え? 今、なんと?!


「大地母神様より、お前たちの末の娘はこの国の憂いを取り除くことになる、と天啓があったんだ」


「は、はあ」


 にわかには信じがたい。ああ、そうか。この世界にも神様はいるんだよね。そうだわね。こう、前世みたく仏壇や神棚、寺や神社とかってあるわけじゃないし身近にもないから、あんまり感じていなかったけど。そういえば、聖女になる予定のヒロイン三人娘に怪我を治してもらった時、女神とかなんとか言ってたっけ。


「私たちは、ニナ、お前の幸せだけがあればいい。それ以外に何も望まない」


「ど、どうしたんです? お父さま。突然そんなお話をし始めるなんて」


「お前を嫁に出すのも嫌だし、お前にお婿が来るのもいやなんだー」


 どばばば、と涙があふれ出た。お父さま、さっきまでのシリアス加減はどこへ?


「相手がこの国の王子だっていやだったらいやだー」


「?! え!? どどどどど、どこからそんな情報が?!」


「リオネル殿下がお前に会いたいと仰せだそうだ。この屋敷に来られるのだと」


 誕生日を祝ってくれるって言ってた。そういえば。ああ、本当だったんだ。あれ、夢じゃなかったんだ。なんだかぽわぽわと胸のあたりがあったかくなって、いつも血色のいい頬のあたりもほわほわとあったかい感じがする。すごく、うれしい。

 そしてなんかうだうだ言っているお父さまの言葉から察するに、どうやら上の五人の兄はわたしに悪い虫がつかないように各所に散らばっていろいろな情報収集をしていたらしい。それぞれの担当部署はそれぞれの趣味と実益を兼ねて行ったから安心していい、とかそういうのが聞きたいんじゃないんですよ。お父さま。

 我が家はただのモブ一家だと思ってたのに……。そういえばあのゲーム、確かにわたしの血族っぽいのがちょこちょこと出現していて、なんか適当な理由をつけて話の本筋に関わってた気がする。あの、よくあるモブなのに顔がいい系統の人たちね。ほんとにね。


「……天啓」


 天からの啓示。神様からの言葉。言葉には言霊が宿る、だっけ。何かそわそわする。わたし、どうしてここにいるんだっけ? ここに来る前に、何かあったんじゃなかったっけ? ニナとして生まれる前、わたしはどうしていたんだっけ?

 ――何か思い出しそうで思い出せない。なんでこうゲームに関すること、あやふやにしか思い出せないんだろう。攻略情報とか思い出せても、同じには出来ないんだから意味はないんだけどさ。何が起きるかが分かっていれば、対処できることもあると思うんだよね。


「旦那様。王家の使者の方が先触れにいらっしゃいました。そろそろ王子がご到着されるそうです」


 まだうだうだと何か言っているお父さまを侍従長が連れていく。おう、有能。

 しかし男爵家に直接来るなんて、リオネル殿下も思い切ったことをなさる。外からはごろごろと鳴る雷鳴が近付き始めてきた。そろそろ本格的に嵐が来そうな天気。

 わたしは一先ずきちんとリオネル殿下に向き合う準備をしなくてはならない。心を強く持って、きちんと背筋を伸ばして、もちもちの体型も変わらないしぽよぽよのほっぺも膨らんだままだけど、わたしはわたし。リオネル殿下と出会った時から変わらない、ニナ・ジュリエット・ブルゴーというわたし。

 ぺちん、と軽く頬を叩くと、もう一度姿見の前にたって入念に身だしなみをチェックするのだった。





「ニナ!」


 久しぶりに会ったリオネル殿下は、何かどことなく顔色が優れないように見えた。

 すぐ駆け寄りたかったけれど、ここは衆人環視の中なのでそれは出来ないししない。しずしずと近づいて、それからその顔を見上げる。


「顔色が優れないご様子。いかがなさったのですか?」


「ああ。なんでもない。なんだか、ちょっと、頭痛がひどくて」


 本当に顔色が悪い。ものすごく心配になってくるぐらい。無理をしてこなくてもよかったのに、なんて思ってしまうぐらいに。


「誕生日おめでとう、ニナ」


「ありがとうございます。リオネル殿下」


「それで、今日は大事な話があってこちらに伺ったんだが」


 そう言ってリオネル殿下がお父さまへと向き直る。お父さまと傍らにいたお母さまは固唾を飲んでリオネル殿下の次の言葉を待っていた。

 ――瞬間。

 大きな雷の音とともに、光と轟音がその場を包んだ。

 わたしはそれに驚いてぎゅっと固く目を瞑った瞬間に、強い力に引っ張られたところまでは覚えていた。それから先は、まったくの闇の中。

 わたしは、意識を失ってしまったのだった。

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