第28.5話 モブ令嬢のわたしは深くて暗い夢の中
それは深くて暗い闇の中。
沈んでいく意識と体。
その中でわたしは、なんだかふわふわとした光を見たのだ。
「あの子、本当に加減を知らないのね」
声は成人女性のように聞こえた。穏やかで優しく朗らかな印象を受ける、まるでお母さんみたいなあたたかい声だ。
「あら。私の声が聞こえる子がいるのね」
穏やかな声に誘われるままに、そちらを見ればふくよかな体型の光り輝く女性がいた。顔は見えなかった。ただ、その印象だけがわたしに見えるすべてだった。
「同じような体型をしてるからかしら? 変わったこともあるものだわ」
すい、と手のひらが差し出されて、わたしは誘われるまま、その手に触れた。寒くて冷たくてなんだか悲しかった気持ちが、ほんの少しだけ楽になった。
「ごめんなさいね。あの子、思い立ったら即行動であんまりまわりを見ていないのよ」
とりあえず誰だか分からないけれど「あの子」とやらのお蔭で、わたしはこの暗くて寒くてどうしようもないところにいるらしい。誰なんだろう。あの子。
「あなた、ずいぶんと清らかなのね。人間にしては」
そう言われてちょっとぐさっとくる。そうですとも。三十路を超えても未だ清らかな乙女でございますよ。ほほほ。
「気に入ったわ。あなた、――――という名前のゲームとかいうものを知っているかしら?」
それは前日にようやく攻略対象キャラを全部クリアした乙女ゲームの名前だった。わたしがこくこくと頷くと、輝く女性は満足そうに微笑んだような気配がした。
「あなた、そのゲームの中に好きな殿方はいるの?」
(います!)
まぁ乙女ゲームなんて自分を自己投影してなんぼだとわたしは勝手に思っている。ドキドキしてきゅんきゅんするのが乙女ゲームの醍醐味だ。だから好きな男性はもちろんいる。いわゆる推しってやつ。
「ではそのゲームの中に気になる殿方は?」
気になる? 気になるひと、か。ああ、一人だけいる。どんなルートを通っても、どうしてもその結末にしかたどり着かない人。
わたしはハッピーエンドが好きなのだ。誰かが不幸せなのに、自分だけ幸せになるのは好きではない。甘すぎると言われればそれまでだけど、なんと説明したらいいのか言葉に困るが、なんとなーく嫌なんだよね。なんとなーく。
「ふふ。ますます気に入ったわ。甘い考え結構。私はそういう子が好きなんだもの」
くるくるとふくよかな指先が何かを手繰るようにして回る。わたしはその光景から何故か目が離せない。
「あの子が願いを聞き届けて暇つぶしに作った世界に、願った子を連れていくのにまとめていろんなひとを巻き込んでしまったの。あなたも巻き込まれたひとり。でも、どうせなら、次の生はちょっと楽しんでくるといいわ。ここで出会ったのも何かの縁。私の祝福をあげましょう。あなたの心残り、きちんと晴れるといいんだけど」
次の生? 心残り? どういうことなのか、と振り返れば、どこか暗い闇の中へと落ちていく自分の体が目に映った。いや、正確には体はここにないから目はないはずなんだけど、なんというか、見えた。
心残り、って何だろうか。誰とも恋愛してないってやつかな? というか、なんだかいろんな記憶があやふやになってきたぞ?
わたし、わたしは、誰なの? 自分の輪郭さえぼやけてきて、目の前の女性の輝きはさらに増していく。
「新しい世界で、生を受けることになった娘よ。特別な力は何も与えることは出来ないけれど、あなたに幸多からんことを」
急激に眠くなってきた。これは寝てはいけないパターンのやつ。
ああ、でも、もうだめだ。抗えない眠気がわたしを襲う。なんだこれ。どういうことなのこれ。
そして、わたしの意識はそこで途切れた。
生まれ落ちてまばゆいほどのたくさんの笑顔に包まれるその日まで。
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