第29話 モブ令嬢のわたしは気付いたらどこかに攫われていた
どうしてこうなった。
何度考えても分からない。何でだろう。
どうしてこうなった?
目が覚めたわたしは、何故かどこかの豪華な寝室にいた。大きな天蓋付きのベッドは確かにわたしのものではないし、きらきらとした装飾の部屋の中もまるで見たことがない。
ひとまず起き上がる。体には何の異変もない。相変わらずもちもちした手だね。指先までふっくらとしており傷ひとつない。ぺち、と頬を軽くたたいてみると、感触はある。頬もかわらずもっちりとしている。
「ここ、どこ?」
誰かが答えてくれるわけがないことは、なんとなく分かっているのに思わず口から零れ落ちていた。
確かにわたしは先ほどまで、屋敷の中にいて、そうだリオネル殿下といっしょにいた。それでえっと、確か雷がすごい音を立てて、真っ白な光で何も見えなくなって、それで、起きたらここにいたのだ。
なんだか夢を見ていた気がする。あれは、この世界に来る直前に見た夢だ。
あれはヒントだ。あの輝く女性は、わたしを祝福すると言っていたけど、何の力もないし何か出来ることもない。ただ、何でこの世界に来ることになったのかだけは、薄らぼんやりとだが理解できた気がした。
幸せになりたいのだ。みんなで。
それがどれだけ大甘の甘ちゃんかなんて分かっているけど、そうなりたくてここに来たんだ。わたしは。
「あら、お目覚めですか?」
聞き覚えのある声がしたので、わたしは振り返った。
そこにはメイド姿のマルティーヌ・ドバリー嬢が佇んでいた。
「え? マルティーヌ、さま?」
「なかなか目覚めないから心配しておりましたのよ。お待ちでいらっしゃいますから、どうぞこちらへ」
誰が? とは言わせない、強い意思を感じる。何かが違う。わたしが学院で見ていたマルティーヌ嬢とは、何かが。何が?
はっと気づくと、いつも結い上げていた髪が降ろされている。その髪の隙間、いつもリボンがあった位置。
「角?」
小さな角だった。それこそリボンで隠せるぐらいの。わたしの声に気付いたマルティーヌ嬢はにんまりと笑う。いわゆる、邪悪な笑みってやつだ。
「あら、今気づかれましたか。ずっと人として擬態するのも面倒だったんですのよ」
「え? え? どういうこと」
「ドバリー男爵などいない、ということですわ。ニナ・ジュリエット・ブルゴー男爵令嬢。私はマルティーヌ。ただのマルティーヌ」
ふふふ、と笑うとわたしの手を引いて歩き始める。扉の外はこれまた壮麗な作りをした廊下で、ここがどこかの城の中であるというのではないかと思わせた。
なんとなく、というか、ものすごく黒い気配がマルティーヌ嬢からは発せられていて、わたしは何となく口をつぐむ。やばい人の気配がするんだもの。すごくやばい人の気配が。これは余計なことを言うと危険なやつだ。
しばらく歩いていくと大きな扉の前にたどり着いた。
「さあ、我が主がお待ちです」
主? これもまた今は口に出さないでおく。学院で培ったポーカーフェイスが、ここで役に立つときが来るとは思わなかった。
そっとマルティーヌ嬢が扉に手をかざすと、重々しく扉が開いていく。人の気配はない。ただ闇だけが広がっている大広間だ。
「人間は不便ですものね」
ぱちん、と彼女が指をはじくと、大広間の柱に取り付けられていた燭台の蝋燭に灯りが燈った。
確信は得ている。ただ、まだ口に出すべきではないと思うから言えないだけだ。彼女の正体はここに来るまで歩いている間、一生懸命ゲームの情報を思い返していてなんとなーくだが検討はついた。
そして、また手を引かれて歩いていくと、その正面には階段があって玉座がある。
ああ、このスチル見たことあるな。
「お待たせいたしました、我が主」
足元からゆっくりと視線をあげていくと、そこに鎮座する男と目が合った。
長いストレートの黒髪、赤い瞳、病的な白い肌。でも顔は見間違うはずもない。だって、わたしの、好きな人の顔だ。頬杖をついて、ひどく退屈そうな顔をした男はわたしを見て薄く笑う。
「よく連れてきた。下がってよいぞ、マルティーヌ」
「御意」
すす、とマルティーヌが下がっていく。わたしは所在なさげにそこにぽつんと立っていることしか出来ない。どうしても感情が理解を拒む。逆に頭は冴えわたっていて、自分がどういう状況なのか、これがどういう場面なのかをゲームの画面と照らし合わせている。
「ニナ・ジュリエット・ブルゴー」
声も同じ。それはそうか。だって、
「我は魔王ライオネル・ギュスターヴ・リュ=デュイ。愛しき我が聖女よ。ようやく会えたな」
違う! と否定したい。でも、圧がすごすぎて声を出すことも出来ない。
リュ=デュイはこの国の第一王子だという地位を表す言葉だ。
それは、あなたの名前ではないと否定したい。わたしは聖女ではないと否定したい。
何より、その体は、あなたのものではないと言いたい。
でも、それはひとつも叶えられることはなく、ただわたしは魔王と対峙し立ちすくむことしか出来なかった。絶望と、ほんのひとかけらのどうにかしなければならないという立ち向かう意思と共に。
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