第12話 モブ令嬢のわたしは聖女の力を体感する

 ずるずるーっと引きずられるように連れて来られた木陰では、チェルシーとカーリーがいてわたしの姿を見ると首に飛びついてきた。もちもちのこの体はクッションの役割は果たすけど、二人一緒に抱きつかれると苦しいんですけどー?! ていうか、倒れる倒れるって。


「ニナ様ーっ!」


「ニナーっ!」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて困っていると、頬にそっと手を当てられた。顔をそちらに向けるとトレイシーが眉間に皺を寄せている。


「さっきの扇で切れたみたい」


 ああ、だから頬が熱くなったのか。叩かれたせいかと思ってたよー。この世界に来てからこんな体罰をくらったことは無かったから、何が起きたのか分からなかったのもあるね。


「ごめん。私が意地を張ったせいで、あんたを巻き込んでしまった」


 気が強そうという印象は間違いではなかったみたいだけど、しょんぼりとしたトレイシーはなんだか悪さを見つかった子どもみたいだ。まぁ、わたしたち、16歳になるとこだし、子どもだけどね。思わず手が出て、頭をなでなでしてしまった。その動作にびっくりしたのか、トレイシーは目を見開いている。あ、ごめんね。気安かったかな。


「大丈夫よ」


 ふふ、と笑ってみせれば、トレイシーの目が潤んできてその綺麗なブラウスの袖口でぐいっと拭った。おお、強いね。


「チェルシー、カーリー、彼女を私たちの寮の部屋に連れてくよ」


「お? いいの? トリー、ほかの誰かが入るの嫌がるじゃん」


「緊急事態だからいいの!」


「じゃあ、行きましょうか。ニナ様」


 にっこりと笑ったカーリーがわたしのもちもちの手を取って、先導してくれる。


「あ、ずるい。ニナのもういっこの手はチェルのだよっ」


 そう言ってもう片方の手はチェルシーが握ってくれた。あったかいふたりの手から、なんだかわからない優しさのようなものが伝わってきて、わたしは少しだけ鼻をすすった。可愛すぎるだろー君らー。

 わたしと二人がきゃいきゃいとはしゃいでいるのをトレイシーは少し溜息をつきながら見守っていた。止めてくれてもいいよ? ていうか、君の妹さんたちなんだから止めて?




 そして学院の端、学生寮のうちの女子寮に入ってずんずんと進み、彼女たちの部屋の前にまで来た。あ、この扉見たことあるな。ゲームで。


「ここだよ」


 そう言ってチェルシーが扉を開けてくれる。中はわりときちんと片付いていて、少女趣味なのは窓辺に揺れる白いレースが付いているカーテンくらいだった。


「とりあえず、こちらのソファにかけてください」


 そう言ってカーリーがわたしを椅子に腰かけさせる。君ら手際が良いね。こわいくらい。


「ニナ、さん」


「ニナでいいですよ?」


「じゃあ、ニナ。さっきは本当にありがとう。チェルシーやカーリーには噂はいろいろ聞いてたけど、本当にあなた、お人好しなんだね」


「褒められた」


 えへへ、と笑うとトレイシーは困ったような顔をした。何だろう。何か、感じ取ってるのかな。


「……私たちには秘密があるんだ。それをニナには知っててほしい」


 ほう? 秘密、秘密かぁ。ヒロインの秘密って何だったっけな。


「チェル、カーリー、彼女の傷を治したい。力を貸して」


「お安い御用」


「もちろん」


 三人がわたしを囲むように立つ。何? 何の儀式? 不安になって三人を見上げると、カーリーが安心させるように微笑んだ。


「目を瞑っててください。痛くないし、すぐ終わりますから」


 お、おう。とりあえずおとなしく従っておいた方がいいのはなんとなーく察した。うん。だからわたしはソファの上に座った体勢のまま、目だけ閉じてじっとする。三人は精神統一的なものを始めたみたいだった。見てないから分からないんだけどね。


「偉大なる愛と豊穣の女神」


「わたしたちの願いを聞き届けよ」


「癒しの御手みてをここに。傷を癒したまえ」


 ああ、これ、ゲームの中で聞いたことがある。そうだ。ヒロインは聖女だった。百年周期で蘇る魔王を打ち滅ぼす力を持った、聖なる乙女。癒しの力も持っていて、攻略対象たちの怪我をよく治してまわっていたっけ。


「もう目を開けていいですよ」


 声をかけられて現実に戻る。そうっともちもちのほっぺに指を滑らせると、そこにはもう傷は跡形も残っていなかった。


「しばらくは絆創膏か何か貼っておいて治ったことを隠しておいてね。バレると面倒」


「あ、ああ、うん。ありがとう!」


 そうでした。こんなのバレたら大変だよね。でもちょこっとなら突っ込んでもダイジョブかな?


「まるで聖女さまみたいだね。三人とも」


 あはは、と笑っていってみれば、三人はそれぞれ複雑な顔をして顔を見合わせた。それから、チェルシーが一歩進み出てわたしの前に立った。


「ニナに、伝えておきたいことがあるの」


「ん? 何かしら?」


「実はあたしたち、本当はフローリー男爵の血筋なんかじゃないの。三人とも、孤児院にいたの」


 おっと初耳なお話が。三人とも?


「そこで、あたしたちの力を見つけたおじいさんが、あたしたちをここに連れてきたの。あたしたち、三人バラバラになりたくなくて、ごはんも着るものも寝るところも全部面倒見てくれるっていうから、付いてきたの」


「そうだったんですの」


「ニナには、知っててほしくて」


 黙っててごめんね、と言ったあと、しょんぼりしたチェルシーは悪戯が見つかった子猫のようだ。いつも自由奔放なのに、こういう時だけしょんぼりするから怒るに怒れない。まぁ、怒る理由はないんだけど。


「ニナ様に優しくしてもらって、すごく心苦しくて」


 カーリーも悲しそうな顔をしている。そんな顔をさせたいんじゃないんだけどな。


「でも、わたしたち、もう友だちでしょう? 別に、出自がどうとか、そんなの関係ないじゃないですか。ここは庶民でも頑張れば通うことのできる学院ですもの。特技のひとつやふたつあれば、誰だってここには入れるんですから」


「ニナーっ」


 またぎゅむーっとチェルシーに抱きつかれた。痛いっての。加減しないんだから、ほんとにもう。


「ありがとう、ニナ」


 トレイシーもちょっと遠巻きにしながら、ぺこりと頭を下げた。トレイシーだけ、さっき会ったばっかりだもんね。それなのに受け入れてくれてありがたいのはこっちの方だよ。


「そうだわ! 今度、わたしの家の主催でお茶会があるのですけど、三人をご招待しますわ」


「え?」


「お茶会、私たちが参加していいんですか?」


 カーリーが恐る恐るといった感じで聞いてくる。うむ。だってぼっちのわたしに三人も友だちが出来たのだから呼ばないわけにはいかない。


「せっかくですから、お茶会が始まるまでに貴族の基本を叩きこんで差し上げます。他の殿方と接近するチャンスでもありますからね」


 人差し指を唇の前で立てて、ばちこーんともっちりとしたまぶたでウインクを決めて見せれば、三人はちょっと笑って、それから三人それぞれお辞儀をしてくれた。


「こちらこそ、お願いします!」


 基本を知らないなら、これから知ればいい。時間は少ないかもしれないけど、出来ることをやってそれでもダメだったら後悔したらいいんだ。

 ドレスもないという三人に、わたしの持っているドレスをリメイクして使ってみてはどうか、という話をして、今度のお休みに一度いっしょに屋敷に行くということになった。ちょっと憂鬱だったお茶会が、ほんの少しだけ楽しみになってきた。今日はひどい目にも会ったけど、リオネル王子にも会えたし悪いことばっかりじゃなかったもんね。ていうか、なんで王子に会えたのが良いことにランキングされてるんだろうか。あれ? ま、いっか。

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