第2話 モブ令嬢のわたしはひっそり静かに暮らしたい
もう何度だって飽きるほど言うが、わたしはただのモブなのだ。
覚えてる限りの前の人生でもそうだった。主役はずっと別の人たちで、わたしはずっと脇役。生まれ変わってまでそうなるなんて思わなかったけど、それはそれで気楽だからいいと思う。
「どうしたらいいのでしょう?」
キラキラした女の子たちにそう聞かれるのは悪い気分じゃなかった。何より誰かに必要とされている気分になるって、ちょっと嬉しい気持ちになるっていうか……これが承認欲求ってやつなのかな?
前の人生よりはキラキラした男女がちょっと周りに増えただけで、あとわたしの胴回りというか体重がちょっと(?)増えただけで、それ以外にあんまり変わらないと思っていたのだけど。
「……そろそろ、離れませんか?」
この金髪碧眼の王子様だけがイレギュラーなのだ。異分子。正に。
だってわたしはひっそりと生きていたい。貴族のお嬢様然として、もっちりむちむちの体にコルセットを締められどうにかこうにかドレスを着て、この学院に在学していること自体もわりとイレギュラーなんだけど、なんで毎度見つかるたびにこんな熱い抱擁を受けねばならないのか。
王子様の名前は、リオネル・ガブリエル・デュ=リュイ。この王国の王家の第一王子。さらさらの金髪は短めのアシンメトリ。瞳は深い森のような
しっかりと抱きしめられると、勘違いしてしまうから良くないと思います。前世から数えてもあんまり恋愛経験ないんだから、その辺りはこうもどかしくてたまらないんだけど。スマートな断り方とかよくよく誰かに習っておけばよかったなー。誰に習うんだろ。ていうか、こんな重量級女子を抱きしめるような人なんてこの王子様を除いてこの国にいるのかしら?
「王子……」
ちょっと溜息をついて、筆頭騎士アシル様が頭を横に振る。
わたしはちょっとだけ顔をあげて、リオネル王子の顔が見えないかと思ってみた。
なんか、すごい噛みしめている顔をしていた。見なきゃよかったかな。あの、あれだ。ダイエットで甘いもの我慢し続けてきた時に、ご褒美として飴を食べた時みたいな、あのしあわせを噛みしめている顔。
「もう、お時間です」
そう言って、アシル様は無慈悲にもべりーっとわたしと王子様を引き剥がした。物理的に。王子様はとても不満そうな顔をしてらっしゃる。
この世界が、わたしの知っているゲームと同じような仕組みなのだと仮定すれば、王家に王子は一人きり。女系一族で生まれるのは女の子ばかり。なので基本的にこの国は女王が支配するのが慣例になっていて、それでも長子である王子様が継承権は一番高いので、王子様の配偶者となる人がこの国の次の女王になるのだと決まっている、そういう話だったはず。よく知らんけど、第一王女のひとが次の女王とかじゃダメだったんかね?
「ニナ……」
そんなうるうるした目で、そーっと両手を差し出そうとしてもダメです。ていうかお忙しいのでは?
「次の授業の準備がありますので、これで」
ドレスの両裾をそれぞれの指先でつまんで優美な貴婦人の礼を意識して見せて、一礼する。いくら無体な真似をはたらかれても、礼儀は重んじるひとなのだ。わたしは。カーテシーとか呼ばれるこの礼をする作法は最初恥ずかしくてたまらなかったんだよね。今も羞恥心との闘い。だってわたし、もちもちですから。
「ニナ!」
「王子、往生際が悪いですよ」
「だって! 久しぶりだったのに、なんで邪魔するんだ!」
「予定がみっちり詰まっているからです。貴方様はこの国の第一王子なのですから」
くどくどとアシル様の説教が始まる。怒りとか憎しみとかではなく、単純に悲しそうな顔をする王子様にちょっと心がぐらついたけどそこは顔に出さない。モブスマイルは完璧だ。
「……リオネル殿下」
「ニナ!」
名前を呼ぶと助け船かと嬉しそうな声で名前を呼ばれる。だからそういうのはほんと反則だと思うんですよね? かわいいと思わないでもないけど。
「お手紙お書きしますわ」
にっこりと笑ってみせる。これくらいなら大丈夫だろう、たぶん。確かわたしに相談事を持ちかけてきていたご令嬢たちも、ファンレターみたいな感じで王子様に手紙書いてるとか言ってたし。
「本当か?!」
だが、この食いつきについては予想外。いや、手紙だよ? ただの紙だよ? ちょっと怖い。
「は、はい」
「では待っている。本当に待っているからな!」
そう言いながら、ずるずると引きずられるようにして王子様は去っていった。完全に嵐みたいな人だなぁ。そうしてわたしは手紙を書くとは言ったものの何を書いていいのか途方に暮れるのだった。
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