もちもちぽにょぽにょのモブ令嬢の私は第一王子に抱きしめられる

小椋かおる

第1話 モブ令嬢のわたしに抱きついてくる王子様

「どうしたらいいですか?!」


 今日も今日とて、わたしは泣きついてくる令嬢をあやしながら、やさしい笑みを浮かべて見せて頷く。


「大丈夫。うまくいきますよ」


 にっこり笑ってそう言ってやれば、あとは大体どうにかなるのだ。

 わたしが前世でやっていた乙女ゲームによく似た世界、エクスフィリア。

 その中に出てくるヒロインたちにどうでもいいことを助言して、にこにこと笑うモブキャラがいた。彼女の名は……何て名前だったんだろうか。モブだから覚えてないな。ヒロインと攻略キャラに夢中すぎて全然覚えてない。でも同じシチュエーションになってみれば、あの時の彼女と同じ言葉が口をついて出るのだから不思議だ。

 今のわたしの名は、ニナ・ジュリエット・ブルゴー。ブルゴー男爵家の末の娘。

 多分適当な年ごろになったら適当な相手に嫁がされるんだろうなーとは思っているけど、どうにも両親がぼんやりなので不安はある。一応、先祖代々の男爵家だという触れ込みなのに、ちょっと貴族らしさがない。

 ふんわりとした柔らかい栗色の髪は豊かで艶やか。きゅっとまとめるのも悪くないけど、両サイドだけ編み上げてあとは流している。わたしはちょっとどころでなく太っているのだ。少しでも細く見せたいのはちょっとした乙女心っていうやつだ。

 ふかふかもちもちの肌はマシュマロのようで柔らかくそれでいて肌触りがいい。ぽっちゃりもいいところのこの体型はどうやら変えられない因果らしく、まぁ病気にならないのならいいかなーと放置している。

 目は新緑の若葉の色をしている。うん。色の取り合わせだけでいったら、すごく綺麗なんじゃないかな。まぁ金髪美女や金髪美青年だらけのこの世界で、わたしは全然目立たないと思うけど。

 この高等学院の中にあってもそれは変わらない。ここには平民の中でも成績が良い子たちがいたり、王族も通っていたりするけれど、わたしはあくまでモブだ。主役になれるとは思えない。


「ニナ様ぁぁ」


 遠くからわたしの侍女であるセリアの声がする。

 む、この気配は。


「ニナぁぁぁぁぁ!!」


「げっ!」


 なんか遠く廊下の向こうから、もうもうと煙をあげて走りこんでくる金髪の頭が見えた。

 見間違いでなければ、あれは。


「王子ーっ!!」


 そのもうもうと煙をあげながら走ってくる人間(というのがようやく形として目に入ってきた)の後ろを叫びながら追いかけてくる騎士の方の姿も見えた。

 これはもう間違いない。自分の勘をうらめしくも思う。

 ひとまずもう諦めて、全身の力を抜くことにする。これは経験から来る対処だ。前に思いっきり体を強張らせて固くしていたら痛い目にあったんだよね。


「ニぃぃぃぃぃナぁぁぁぁぁっ!!!!!」


 そのまま、どっかーんと突撃されて、なんとか持ちこたえた。

 衝撃吸収の役割も果たしているのかもしれない、この脂肪は。

 それでもいくらかはよろめいて元いた場所よりちょっと吹っ飛ばされた感じはする。ただし、わたしのコルセットで作られたくびれに抱きついた男によって、ほんの少しにとどまっていただけなのだが。


「……王子?」


 声をかけるとぎゅむーっとわたしの肉に顔をうずめてすはすはしていた顔を上げて、金髪碧眼の王子さまは破顔一笑。この顔にきっと女子はころっといくんだと思うなー。いい笑顔。


「わたくし、言いましたよね?」


 ちょっとだけ不機嫌なトーンを出して注意をすると、イケメンの顔がしゅーんとした。こういう時の顔は家で飼っていた犬が悪さをして怒られた時の顔に似ているなーと思う。すごいイケメンだけど。キラキラってなんか舞ってそうなイケメンだけど。


「ニナ、怒ってるのかい?」


「怒ります。走って飛びつくのはおやめください、と再三申し上げたではありませんか」


 そう。常習犯なのだ。王子さまはしゅーんとしたままだ。なんか幻なんだけど、ぺたんとした耳が見える気がしてくる。


「だって、」


「だっても、明後日あさっても、明々後日しあさってもありません! 王子は皆様の模範になられる御方、このようなことは困りますと申し上げております」


 それでも抱きついた腕はゆるまない。ずっとそうされていると、ぽっちゃり効果によって汗ばんでくるので離れていただきたい。あったかいけど。


「リオネル王子!」


 護衛騎士の方々がやっと追いついてきた。いや、もっと頑張れ。振り切られてたじゃないか。完全に。護衛対象、ぶっちぎりで大差をつけてわたしという名のゴールに飛び込んでこられましたけれども。


「ニナ男爵令嬢……あの、いつもすいません」


 とりあえず、筆頭騎士のアシル・シルヴェストル・ジラールに頭を下げられてしまった。いやいやいや。


「アシル様、わたくしのような身分のものに頭を下げないでください」


「いえ、これは私たちの失態。申し訳ない」


 びしーっと頭を下げるその後頭部を見つめる形になってしまい居たたまれない。侯爵家の方に頭を下げられるようなことなんて、何ひとつないと思うんですけどね。言うなればコンビニバイトがオーナーの息子に抱きつかれて店長に頭下げて謝られてる、みたいな? 比喩がおかしいか。まぁ、いいや。


「王子、離れていただけませんか?」


「久しぶりのニナなんだ。あと3分、いや5分は離れないぞ」


 ぎゅむーっとまた抱きついてくる。

 何か知らないが王子さまはわたしの抱きつき心地が気に入ってらっしゃるらしい。

 膠着状態に陥ったことに溜息をつきながら、もうちょっと平穏が欲しいと願う昼下がりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る