第24話 モブ令嬢のわたしは文化祭の前にのんびりと時間を過ごす

 それはまさに嵐のような日々だった。

 いつも通りの講義も受けて、それから文化祭の準備をするのだから当たり前か。淑女としての礼儀と食べ物を作るというあまり貴族のご令嬢ではしないことをするのだから混乱もする。

 そうそう。クラス分けは一応されているんだけど、平等を重んじるとかなんとかで差別はよくないとされているので、万が一そういうことをしているのが明らかになったりすると退学させられてしまうから、生徒たちはわりと戦々恐々としている。クラスで分かれているから、普段は王族や自分のところよりも高位の貴族と触れ合う機会なんてないもんね。コネを作るにはいいのかもしれないけど、無礼があってはいけないしいろいろ気を遣うのは本当にしんどい。

 いつものように中庭のお決まりの位置でティーセットを広げながら、チェルシーとカーリーとリーリヤ姫殿下でお茶を飲みながらしばし休憩。トレイシーはアルフォンスくんとうまくいっていて、いっしょに買い出し係を任されたりして仲良くやっているらしい。いいね、いいね。青春だね。


「ニナ様のところは何をやる予定なんですか?」


「あー、ほら、中庭で話してたように簡単なお菓子を作って飲み物を提供するカフェみたいなものをやる予定だよ」


 カーリーに何げなく聞かれて答えた。そうなんだよねー。うちはカフェっぽいのをやりたいってことで話がついたのだ。そういうのに憧れているご令嬢方もいるからね。学食のカフェテラスでは味わえない、ちょっとした解放感みたいなものを目指しているらしい。らしいってのは私は積極的に関わっていないせいだ。

 だって、わたしモブなので。取りまとめ役の委員長とかリア充の女子とかそういう人たちにお任せするわい。楽だもん。


「うちのとこは舞台劇やるんだよー! あたしお姫様なんだ! 楽しみぃー」


 ひゃっほー! とテンション高めにチェルシーが言う。お姫様なのか、君が。大丈夫なんかなー。まぁ他の人たちのフォローが入るからいいのか。


「わたくしの在籍するクラスはわたくしの祖国の家庭料理を振る舞う予定ですわ!」


 えへん! とリーリヤ姫殿下が胸を張って教えてくれる。少しずつクラスには馴染んできているとは聞いていたけど、まさか姫殿下の国の料理を研究してそれを提供するとはまた思い切った方向に挑んだなぁ。楽しそうだし、嬉しそうだからいいけどね。


「クレバーさんがお芋の手配とかしてくれてるんですって」


 こそっとカーリーが耳打ちしてくれた。なるほどね。フィリ芋を使った料理が多いらしいから、その辺を考えてるのかなー。そしていい感じで距離を詰めてるのね。よしよし。


「聖女と勇者のお話ってニナ様はご存知ですか?」


 聖女の伝説についてはまぁゲームをやっている流れで知っているものもあるんだけど、勇者も絡むとなるとそこまではまだ手を出していない。なので、首を横に振るとチェルシーが割って入ってきた。


「絵本で読んだんだよ! 絵が多くて読みやすかった」


 おう。そうか。そういえば文字が多いの嫌いなんだったっけね。


「わたくしが知っている伝説は魔王を討って国を平和にしたという部分しか知りませんわね」


「聖女と勇者は幼馴染だったそうです。魔族を率いる魔王は人間たちの世界を征服しようと試みましたが、ふたりに討ち倒され封印を施されて永い眠りについた、というのが大まかなところみたいですね」


「ふーん。え、カーリーそれってお姫様出てこなくない?」


「これを基本にしていろんな大衆演劇があったりするんですよ。魔王に囚われたお姫様が出てきたり、勇者と聖女の旅に王族の方が加わったり。高貴な血筋とは伝わっていないので、普通の人であった勇者と聖女のお話では華がないという理由で付け加えられたのではないでしょうか」


 おう。身も蓋もない。

 なるほど。だから勇者の血筋とか言い出す人たちも出てくるのかね。

 ちょっと遠い目をして考え事をしていたら、ちょいちょいとチェルシーに突かれた。何かな?


「あたしたちだって聖女候補なのにね!」


 元気よく、とはいかないが、耳元でこしょこしょっとそう言われて、はっとして顔を見れば悪戯が成功した子どものような顔をしてにかーっといい笑顔をしていた。

 聖女の定義がよくわかってないけど、確かゲームの中では聖魔法が使えるとかもあったような気もするね。


「あら、何の内緒話ですの?」


 仲間外れにされたと感じたのか、リーリヤ姫殿下はつまらなそうな顔をしている。カーリーは何となく、何の話をしていたかを察してか口を閉ざしているようだ。


「えへへー。ひみつー。リーちゃんにもいつか教えてあげるね!」


「本当ですか?」


「ほんとうだよー。だってリーちゃんがクレバーと結婚したら、親族になるんだし!」


 思わぬ方向からの変化球に、リーリヤ姫殿下の顔が真っ赤っかになった。ああ、本当にごめん。わたしが謝るところではないんだけど、なんとなくごめん。


「あ、あ、あ、あ、貴女はまたそうやって揶揄からかって!!」


「からかってないもん! ほんとーにそうなったらいいなーって思ってるだけだもん」


 ぷーっと頬を膨らませてチェルシーが怒ってるぞーっという顔をすると、なんとなく笑えてきてわたしは小さく声を立てて笑った。カーリーもくすくすと笑いだし、照れて怒っていたリーリヤ姫殿下も怒った振りをしているようにしか見えなかったチェルシーもいっしょに笑い始めた。

 なんとなく、そんな風にして文化祭までの時間はあっという間に過ぎていったのだった。

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