第9話 モブ令嬢のわたしはヒロインのひとりと図書室で本を選ぶ

 そういえば、とチェルシーと話しているうちに思い出したことがある。この世界の、メタ発言をするのならば設定を読んだのは、たしか図書室だったはずだ。ゲーム内にも存在していて、ゲームの進行状況で読める内容は変わっていたけれど、あそこにこのモブ生活を穏やかに過ごすためのヒントがあるかもしれない。

 思い立ったが吉日、翌日にはわたしはまた図書室の重厚な扉に手をかけていたのだった。

 今日の図書室の受付担当司書はイェレミアス様ではなくて別のモブ顔をした女性の司書さんでした。この前借りた本の返却手続きをして、それから大まかな本の分布を教えてもらう。なんかイェレミアス様を見ると王子のことを思い出してしまうから落ち着かないので、違って少しほっとした自分になんとなく心の中で苦笑いをした。

 もちもちのこの体をゆっさゆっさと動かしながら、本を探してうろうろと歩く。ていうか、何を読めばいいのか分からないな。とりあえずこの国の建国伝説とか、そういう類のがあればいいんだけど。

 「王国の成り立ち」とか書かれている完全にそれっぽい本が目に入ったので、手を伸ばすともう一本別方向から白い指先が伸びてきて同じ本に触れた。


「あっ」


「あ、これ読むんですか?」


 顔を見れば、つい最近中庭で出会った少女がメガネをかけて佇んでいる。ああ、これは知っているパターン。クール系ヒロインの子だ。


「どうぞどうぞ」


 小声で譲ろうとすると、その眉間に皺が寄った。何か気に入らなかった?


「貴女が先に見つけたのでは?」


「あーええ、まあ」


「なら先に読めません」


 するっと本棚から引き出すと、はいっと差し出されて思わず条件反射で受け取ってしまった。

 すごい常識的な真面目な感じがする子だな、と思う。チェルシーがちょっと天然系に見えた反動のせいかな。


「じゃ、えっと、一緒に読みません?」


 我ながら阿呆っぽい提案だったと思うけど、彼女はちょっと目を見開いてそれから静かにこくんと頷いてくれた。拒否られたらどうしようかと思ったー。


「中庭の木陰でのんびり読むのがわたしは好きなんですけど、どうです?」


「いいです、よ」


「じゃあ、きまり」


 にへっと笑ってみせると、なんか珍獣を見たような顔をされた。何ですか、その驚き顔は。モブ顔だけど、そこまで変ではないと思ってるんだけどなー。


「うん」


 またこくんと頷いた彼女はわたしの後ろについてきて受付で自分の分の本を借りると、なんだかアヒルの雛みたいにわたしの後ろをくっついて歩いてきたのだった。かわいいな。





 中庭の定位置の木陰に敷物を敷いて、そこに座ると彼女はちょっとおろおろしているように見えたので、自分の隣をすすめてみた。おとなしくそこに座った彼女は、少し息をのんで意を決したような顔でわたしに名前を告げた。


「あの、私、カーリー・フローリーといいます」


 うん。知ってたー。やっぱり三つ子のひとりか。同じパーツなのに全然印象が違うなぁ。まぁ、生きているんだもの。違って当然か。


「わたしはニナ・ジュリエット・ブルゴーです」


 英文の一番最初に習う例文かと思うかのような自己紹介を述べて、ぽすんと胸を叩くとカーリーは瞬きを何度かして得心がいったというような感じで何度もうなずく。


「貴女が、ニナ様」


 なんか呼ばれ方にきらきらとしたものを感じるのは気のせいだろうか。わたし、何もしてないよね? してないよね?


「チェルシーが言ってました。ニナ様にやさしくしてもらったって」


「幼馴染の血縁だもの。無下にするわけにはいかないわ」


 というのは建前だけど。なんか危うくて放っておけないんだよね。

 その言葉を否定するようにふるふるっと首を横に振って、思いのほか真剣な顔でカーリーはわたしに詰め寄る。


「私も今さっき優しくしてもらいました。いろいろあって、ここにまだ馴染めてなくて、どうしていいか怖かったんですけど、ニナ様が声をかけてくれました」


 それからふんわりと笑った。華がほころぶような笑みで。


「嬉しかった。ありがとうございます」


 か。か。かっわいい。かわいいなぁ、おい。脳内関西人に続き脳内おっさんまで出たわ。かわいいぞ。ヒロインすごい。


「本が好きで、いつもあそこに篭ってたんです」


「ああ、そうなのですね。あ、なら外に連れ出したりしてご迷惑だったのでは?」


「いっしょに本を読もうって誘ってくれたのなんて、ニナ様が初めてですごく嬉しくて」


 ちょっと照れながらもじもじされてしまった。おや? あれ? わたし、これ、攻略対象の男性たちが建立するはずのフラグ立てちゃいました? 先んじて。

 いや、待てよ? 彼女は本が好きで、あの図書室に篭っていた。ってことは、結構あの中の本については詳しいのでは?


「あの、カーリー様はどんなご本を読んでらしたんですの?」


「カーリーで結構です。本は、聖女様についての記述が載ったものを中心にいろいろ……」


 聖女。ああ、そういえばあのゲームの中に聖女とか出てきてたな! どういうルートで出てくるんだっけ? 建国に際して封じていた闇がなんちゃらかんちゃら、とかいう話だった覚えはうっすらあるんだけどなぁ。


「そうなんですか。カーリーが知っている限りで構いませんので、今度聖女様について教えていただいてもよろしくて?」


「え、はい。つまらなく、ないですか?」


「え?」


「あの、トレイシーもチェルシーも私が本を読んで、その話をしようとするとつまらないって言って、どこかに行っちゃうことが多くて」


「あー」


「だから、あの、つまらなかったらそう言っていただけたら」


 しょんぼりとしてこうべを垂れる姿は、なんというかわたしがいじめているわけでもないのに、という気持ちも相まっていたたまれない。


「わたしは、読んだ本のこと教えてもらえたら嬉しいけどな」


 思わず、いつもの心の中の口調が出てしまった。

 ぱっと顔を上げてカーリーがわたしを見る。うん。ごめん。口が滑ってしまった。


「あ、あのね、ミステリーとかで犯人ばらされるとか、あと物語の続きを楽しみに読んでるのにネタばらしを先にされるとか、そういうのはわたしもごめんだけど、読んだ本のことを他の人に話したくなるのってきっと本好きなら一度は経験したことあるんじゃないかな」


 思わずめっちゃ早口でまくし立ててしまった。ごめん。すごいきょとんとされた。


「だから、えっと、つまり迷惑ではないってこと! わたしはカーリーの話が聞きたいの!」


 ひぃふぃーと息を吐き出して、白熱してしまったがゆえに滲んだ汗をハンカチでぽんぽんっと拭き取る。そしてカーリーに視線を戻せば、彼女のサファイアの瞳にはみるみるうちに涙があふれてきていた。


「ど、どどど、どうし――」


「あ、あれ? どうして、涙とか、でもそんなこと言われたことなくって、だから」


 零れる涙を手で拭おうとするので、慌てて先ほど汗を拭ったのとは別のハンカチを取り出して差し出してみた。カーリーはそれを素直に受け取って、涙を拭くとほわっと笑う。


「ありがとうございます。ほんとに」


「ご、ごめんね? なんか、泣かせちゃって」


「違うんです。これは、たぶん、初めてなのでよく分からないんですけど、嬉しくて」


 何だ、この可愛い生き物は。思わずむぎゅっと抱きしめたくなってしまったよ。


「私の読んだ本はかなりの量になるので、きっと今日一日じゃ終わらないですけど……」


「ああ、なら天気の良い日は放課後ここに居ますから、ここでお話聞かせてくださいな。チェルシーもよく来ますけど、わたしがよーく言い聞かせておきますから」


「ふふ。はい」


 渡したハンカチを握ってにこっと笑うカーリーはやっぱり可愛い。

 こうしてわたしは二人目のヒロインとも仲良くなってしまったのだった。不可抗力、不可抗力。

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