第10話 モブ令嬢のわたしはさわやかイケメンに衝突する(物理)

 どうにかこうにか王子様への招待状を渡してもらう算段はついたし、ちゃんと届いたかどうかは神のみぞ知るだけど、まぁほぼ確定で本人も返事も来ないだろうから来るかどうかの心配はしてないんだよね。実は。

 それよりもだよ。他に誰を招待するかってことの方が問題なわけですよ。わたし友だち少ないからなぁ。友だち誘えばいいってもんじゃないだろうし、それより気になる存在もいるんだよね。

 ライバル令嬢の方々だわ。乙女ゲームといえば、ヒロインたちの前に立ちふさがるライバル令嬢と言っても過言ではないとわたしは思う。このもちもちしたわたしは置いておいて、攻略対象それぞれに個性があって魅力的なライバルお嬢様がいるのだ。悪役っていうより、攻略対象を挟んだライバルだ。わたしがやってた乙女ゲームでは。他の攻略対象とその対となるご令嬢のこともさくっとリサーチしてみますかねー。




 で、だ。

 黒い手帳片手にこそこそといろいろ調べていたら、マルティーヌ嬢につかまってしまった。


「楽しそうなことなさってるんですのね?」


 ええ、まあ。何かたまーに含みがあるというか、何か普通のモブ令嬢にあるまじきオーラを発せられるんだよなぁ。マルティーヌさんたら。目が笑ってないのがまた凄みがあるっていうか。


「え、えへへ」


 とりあえず笑って誤魔化してみた。ニナはまわりこまれてしまった! ていう気分だ。今。笑っても無駄って笑顔をされている。こわい。空気が冷たくて重いんですけど。


「と、とりあえずご報告出来るようになったら、ちゃんと話しますぅ」


「あら。そうなんですの? じゃあ、それを信じるとしますわ」


 ふっと空気が軽くなる。ぱちん、と扇をマルティーヌ様が鳴らしたのが合図になったようだった。

 ううう。正にドナドナされる子豚。いや、まな板の鯉? ちょー怖かった。なんだ、あれ。もちもちのお肉がぷるぷる揺れたって逃がさない空気だった。こわ。

 こんな人物観察日記、何が面白いかわかんないのに良いのかなぁ。マルティーヌ嬢に対する謎がちょっと深まったぞ。





 そういえば! 今まさにもちーん(汎用性が高い)と思いついたのだけど、わたしには便利な生き字引ちゃんがいるではないか! あーでもなーチェルシーそういうの話してくれるんかな。めんどくさいとか言いそう。あ、すっごく言いそう。断られた時のダメージが大きいような気もするなぁ。


「おい」


 少し低めの声がしたと思ったと同時に唐突に目の前が暗くなって、もちっと誰かにぶつかってしまった。あわわわ。


「す、すいません! 大丈夫ですか?」


「前ちゃんと見てろよ。危ないぞ?」


 顔を上げるとそこにはイケメンがいた。さわやか人懐っこいイケメンのクレバーとさわやかさで双璧をなす、アルフォンス・マクラウドがそこには立っていた。藍色の短い髪に瞳は琥珀。確か平民の出だけど剣の腕をかわれてここに入学した体育会系イケメンのはずだ。そこそこ身長があって、がっしりとした体形をしているからわたしの重量にも弾かれなかったんだな。うむ。ここまでコンマ01秒。

 というか、わたしからぶつかったのに逆に心配されてしまった。


「本当にすいません。お怪我はありませんか?」


 米つきバッタのようにぺこぺこしながら謝ると、お腹の肉がはさまって苦しい……。こんな基本動作でこの体型を恨むことがまさかあろうとは。

 しかしその苦行はアルフォンスくんが目の前に手のひらを突き付けてストップをかけてくれたので止めることが出来た。


「別に謝られるほどじゃねぇよ。俺は鍛え方が違うからな。あんたが怪我してないならいい」


 そう言ってぷいっと顔をそむけられる。ぶっきらぼうながら優しさが見え隠れするその態度、正に乙女ゲームの攻略対象! いいね、いいね。でもわたし、モブだから関係ないんだけど。


「ありがとうございます」


 微笑んで淑女のたしなみとしての優美な礼をしてみせると、アルフォンスくんはちょっと驚いたような顔をした。なんぞ?


「あんた、そういうの出来るんだな」


 失礼。失礼ですよー。これでも末端とはいえ貴族のはしくれですよ?


「あんた、名前は? あ、俺はアルフォンス・マクラウドっていうんだけど」


「ニナです。ニナ・ジュリエット・ブルゴーですわ」


「あんたがあの」


 ちょっと驚いたような顔をアルフォンスくんはする。何に? あの?


「あの?」


「あー、あーなんでもねぇよ。あんた、なんかいろんなご令嬢の悩み相談受けてるんだろ?」


 何だか雑に誤魔化された気はするが、まぁ、このあたりはきっと突っ込んでみても藪蛇ってやつでいい結果は出ないと思ったわたしはそのことについてはスルーすることにした。


「ああ、そうですね」


 大丈夫ですよ、って言うだけの簡単なお仕事だけどね。


「今度、俺の悩みも聞いてくれよ」


「へ?」


 唐突な言葉に思わず間の抜けた声が出た。え? わたしに相談に来るのは、ご令嬢だけではなかったのか? いや、そうか。ゲームの中では攻略対象側の動きはヒロインと関わるところ以外はほとんど描かれてなかったからこういう展開もあるのか? 


「それでさっきぶつかった件はチャラってことにしようぜ。じゃあまたな」


 ちょっと考え込んでしまったら、断るより前にアルフォンスくんは颯爽と立ち去ってしまった。いやー、ぶつかったのはわたしが悪いけど、ここでそうなるかー? とりあえず王子様のこともあるし、ぼーっとしながら歩くのはやめよう。気を付けよう。




 それから、ちょこちょこと現れては風のように去っていくチェルシーの相手をしたりカーリーと本を広げていろんな話をしたりしながら、ゆっくりと日にちは過ぎていった。お茶会の招待状を誰に渡すかで、焦る程度には。


「一応聞くけど、来られます?」


「お茶会って何したらいいか分かんない」


「右に同じくです」


「面倒ですけど、うふふ、おほほって扇子で口元隠しながら笑ってれば大体平気ですよ。周りを見ながら相槌打ったりとかして」


「やだなー。面倒くさいよ。ニナはそんなのいつもやってるの?」


「貴族のご令嬢は大体やってますね。ここで人脈を作っておくのとそうでないでは婚活にも関わりますから」


「婚活」


「婚活です」


 うぇーとチェルシーが嫌だっていうのを全く隠さない表情でそれを否定すると、隣のカーリーも眉間に皺を寄せて嫌だなーという顔をする。正直者だねぇ、ほんとに。この世界はそこそこ自由恋愛を許されているけれど、貴族は貴族として役目を果たさねばならないのもまた事実だ。


「そういえばわたし、まだ二人のお姉ちゃんには会ってないのですけど、どちらにいらしてるんですか?」


「トレイシー? あー、たぶん、運動場じゃないかなぁ。なんかお目当ての人がいるんだってさ」


「お目当て」


「そう。確かねー、アルフォンス・マクラウドだったかな? 騎士を目指してる平民の子だよ」


 へー、なんて感心しながらチェルシーが差し出してきた空のカップに紅茶を注いでいると、カーリーがわたしのドレスの裾をつんつんと引っ張った。


「どうしました? カーリー」


「あの、あれ」


 ん? と示された方向を見てみれば、ふたりによく似たストロベリーブロンドの髪の少女が、何やら金髪ドリルのご令嬢と対峙しているのが見えた。あ、あれは!


「ふたりとも、あれって……」


「あ、トレイシーだ。何やってんだろ」


「……何か、よくない雰囲気ですけど……」


 ここで口を挟むのは百害あって一利なし。そんなのは分かっていたけど、どうしても見ちゃったんだもん。そのままにしておけるほどわたしは面倒くさがりではなかったようだ。


「ちょっとここに居てくださいね」


 そして、ささっとドレスの裾を払うともっちりぽよぽよよんと跳ねるように立ち上がり、その二人の元へと走りこんでいくのだった。

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