第13話 モブ令嬢のわたしはお悩み相談会をする
いよいよ近々に差し迫ってきましたお茶会!!
五月のメインイベントなんだよねぇ。これ。面倒くさい。そろそろ湿気が多くなってきて、気温も上がってくるもんだから、このもちもちのボディも合わせてしっとりしてくるわ。
いろいろとあったことも、ちょっと抜けちゃったよね。お茶会の招待状配り、提供する食事やお菓子の手配、その時にメインとするテーマ。あー、体が足りない。ひとつじゃ足りない。
「ブルゴー男爵令嬢」
また考え事をしながら歩いていたようで、前にも聞いた声がわたしを呼び止めた。
「アルフォンス、さま」
うっかり心の中で呼んでるまんまにアルフォンスくんとか呼びそうになったよ。危ない危ない。
「今日の放課後、お悩み相談、受けつけてもらえるかな」
あ、そんな話もしてましたね。金髪ドリルのインパクトにすっかり忘れておりましたよ。すっかり。ごめん。ほんとごめん。
「喜んで。あ、でも他にも人がいるかも……」
「あー、まぁ、いいよ。人気だもんな」
そうなの? わたしの適当な切り返し、人気だったの? 謎が深まるなぁ。
「放課後はいつも中庭にいるんですの。そちらで待ち合わせでもよろしくて?」
「ああ。構わねぇよ」
わたしが中庭に陣取っているのには訳がある。ひとつ、人目につきやすいこと。ふたつ、オープンな場所なのでそこまで深刻な相談が来ないこと。みっつ、ふしだらな女であるという噂を立たせないこと。
特にみっつめは重要だ。ここがちゃんとしていないと、普通の結婚はもちろん無理だし、どっかの貴族のおじいさんの何番目かの後妻にされるかもしれないし、バツいくつかの富豪のお妾さんにしかなれないかもしれない。モブだってちゃんと考えているのだ。えっへん。
「じゃあ、放課後に」
そしてわたしはすっかり忘れていたのだ。トレイシーのお目当てがアルフォンスくんだったことを。まぁ、一回、しかも本人から聞いた情報じゃなきゃ忘れちゃうよね! めんごめんご!(死語)
だからわたしの襟元を掴んでがっくんがっくん揺さぶるのはやめていただきたいー。脳が揺れる脳が。
「ニナー! あんた味方じゃなかったの?」
「わたしは誰にでも平等ですー」
「ああ、確かにそうですね」
「そだね」
ヒロイン三人娘に取り囲まれているわたしはといえば、もうこの命は風前の灯火である。アルフォンスくんが来るかもしれないわよーなんて軽々しく口にした五分前のわたしに説教したい。ああ、今日のおやつ楽しみだったのになぁ。
彼の名前が出た瞬間、トレイシーがちょっと見たことのない表情で飛びついてきたのだ。
「でもアルフォンスさんたら、ニナ様にどんなご相談なんでしょうね?」
ふむ、と首を傾げながらカーリーがつぶやく。そうなんだよね。どんな相談なのかは教えてくれなかったんだよ。ここに来たら言うんだろうけども。
「でもわたし、あんまりまともなアドバイスしてないんだけど」
本当にそういう立ち位置だったので、あんまり気にせずに適当な答えを言っていたせいもある。
「ニナに話聞いてもらうと安心するんだよ」
けれど、顔を覗き込んできたチェルシーにそう言われてしまって、しかも隣のカーリーまでこくこくと頷いているもんだから、なんとなく心境は複雑だ。
「だからきっと、安心したくてくるんじゃないのかなぁ」
そんなやり取りを知ってか知らずか、アルフォンスくんが飄々とした感じで歩いてくるのが見えた。トレイシーはささっと本を読んでいるカーリーの後ろの茂みに隠れた。はやい。
「よう! あれ? えっと、フローリー男爵家の……」
「はい。カーリーですわ。こちらはチェルシー」
「どもでーす」
軽い。軽いぞ、チェルシー。
「よかった。合ってたか」
ほっと息を吐き出したアルフォンスくんの表情に、なんとなく悩み相談の内容が透けて見えた気がした。
「アルフォンス様。お悩みとは……」
「ここで言うの?」
「大丈夫ですわ。カーリーは本に没頭してますし、チェルシーは三歩歩いたら忘れます」
「何気にひどーい」
「どうぞ」
にっこりふくふくと笑って、もっちりとした手のひらを差し伸べて促せば、アルフォンスくんは観念したように話し出した。
「いや、そろそろ社交界シーズンが始まるんだろ? お貴族様って。それでお茶会とかいうのもあるんだろ?」
「そうですわね」
それは間違いではないので頷いて肯定する。
「俺さ、騎士を目指してるんだ。でも、俺は平民だから従士からスタートするしかない」
従士って何ぞや? と?マークを飛ばしていたら、カーリーがこそっと騎士様の付き人みたいなもので身の回りの世話やスケジュールの管理などもするんですと教えてくれた。便利だな、カーリー辞書。
「それでさ、俺が騎士になるためにお手本になるような騎士様に出会いたいんだけど、騎士団がいる場所をうろちょろするわけにいかないし、少しでも足がかりが欲しいんだ。だから、その、お茶会に参加したいんだ。お茶会に参加するには貴族の知り合いが必要だし、それにマナーとかもちゃんとしてないとダメだろうから……」
ほう。なるほど。それを相談しに来たのか。ぶっちゃけお茶会は練習がてらうちのお茶会に参加してもらえばいいけど、騎士の知り合いはアシル様くらいしかいないしなー。あ、兄上がいたか。次男坊。
「なるほど。そしたら――」
「ブルゴー男爵家のお茶会に来たらいいじゃない!」
ばばーんと茂みの中から頭や体に葉っぱをたくさんつけたトレイシーが登場した。それはわたしの台詞じゃないかなぁ。奪うなんてひどーい(棒読み)。
「トレイシー?! お前、居たのか」
おや、知ってる同士ってこと?
「実は私たちも貴族の
えっへん! と胸を張る。あ、これは誘わないといけないやつですね。ていうか狩人みたいな目でわたしを見ないで。ほんとにもう。
「お試し、くらいの気持ちで参加なさいますか? 放課後ここで簡単なマナー講座も致しますし」
かわいい子の頼みであれば無下にはできない。そのあたり、トレイシー実は分かってやってるんじゃないのかな。わたしが頼まれたら嫌といえないタイプであることを。
「いいのか?」
「わたくしから見た男性のマナーですから、マナー講師の先生にもちゃんと確認をするのはもちろんですけど。どうしたらいいのかは、ざっくり教えてさしあげます。お茶会まであんまり日にちもないですからね」
「あ、ありがとう」
少し不安げな顔をしたアルフォンスくんにもう一度笑いかけてみせた。
「まぁ、大丈夫ですよ。なんとかなります」
いつものお決まりのセリフをそえて。とりあえず、お茶会目前、忙しくなりそうだなー。
招待状は改めて明日持ってくることを約束すると、ぶんぶんと手を振りながら先ほどまでの深刻そうな顔が嘘みたいに晴れ晴れとした顔でアルフォンスくんは去っていった。
さて。
「トレイシー--」
「ありがとう! ニナ」
ぎゅうっと抱きしめられて、言おうとした恨み節が引っ込んでしまった。
「アルフォンスが来るなら、ますます頑張らなくちゃ!」
おうおう。恋する乙女は強いねぇ。カーリーはわたしを見ていっしょに苦笑してくれて、チェルシーは笑うばかり。同い年なのになんだか妹がいっぺんに三人出来たみたいで、すごく楽しいのはちょっとした秘密。
さあ、お茶会、ちゃんと成功するように頑張らなくちゃね!
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