探偵はリクライニングチェアで推理する

「義父さん、ここにいたんですか」


 龍二が竜太郎を見つけたのは、サウナ施設の2階部分にある仮眠室だった。階段を上がってすぐの休憩室に姿は見えず、併設されている食堂にも居ない。フィッティングルームを覗いても見当たらない。ひょっとしてまだサウナに入っているのだろうかと首をひねっていたが、念のために確認した一番奥の仮眠室で、お布団にくるまってスヤスヤと寝息を立てていた。


 すっかりととのった後のようで、巨躯の手足を掛布団からはみ出させて、気持ちよさそうにお腹を上下させている。まるきり威厳の欠片もない姿だが、気持ちよさそうで何よりだ。それでも龍二が軽く肩を揺さぶると、すぐに目を覚ました。


「んん……龍二君か。おつかれさま。お先にひと風呂いただいたよ。いやあ、噂通り最高だったよ」


 竜太郎は大きく欠伸をすると、ぐぐっと伸びをした。熊が冬眠から覚めた時はたぶんこんな感じなのだろうな。龍二はそう思ったが口には出さずにいた。


「そういえば事件はどうなったんだい。良かったら首尾を聞かせてくれないか」

「はい。わかりました」


 竜太郎と龍二は休憩室へと向かうと、リクライニングチェアに並んで腰かけた。フットレストまで付いているふかふかの椅子は、油断するとそのまま眠ってしまうほど気持ちいい。これは危険だ。


 案の定、首だけ横を向いて隣を見ると、竜太郎はまたすぐにでも眠ってしまいそうだった。龍二は慌てて捜査の状況を説明し始めた。


##


「……というわけなんです。義父さん、どう思いますか」

「なるほど。証言的には小弓が犯行に及んだ可能性が高いが、物証である凶器を新浜が持ってい事実とは相反する、と」

「はい」


 竜太郎は話の途中、何回か舟を漕いでいたが、きちんと聞いていたようだ。龍二がホッとしたのも束の間、探偵は目を光らせてヌフフフと笑った。嫌な予感がする。


「龍二君、探偵の力が必要なようだね」

「はあ」


 大丈夫だろうか。だが、今日は既にサウナに入ってととのっているはずだ。その後グッスリいって寝起きというのが若干気になるが、いつもよりは温まっているはずだ。そんな龍二の心配をよそに、探偵はびしっと人差し指で前方を指した。


「謎は全て解けた!」

「全て」


 リクライニングチェアに寝そべったままのため、その指は斜め上を向き、壁に貼ってあるドラマのポスターを指さしているように見える。まるで出演している俳優が犯人かのようだ。だがそんな事には頓着せずに、探偵は推理を始める。


「互いに矛盾する証言をする2人の容疑者がいる。その矛盾を解消するのは簡単だ。2人はグルだったのだよ」

「共犯関係ですか」

「その通り! 小弓と新浜は以前から不倫関係にあったのだろう。いずれは被害者と離婚して、2人で暮らす事も視野に入れていたに違いない。下準備として、DVの証拠をこれ以上ないほど完璧に用意している事からも明らかだ」

「まあ、確かに完璧でしたが」

「だが今朝、手違いが起きた。不倫がばれたのかもしれないね。はずみで、新浜が被害者を刺してしまったんだ」

「新浜が」

「ああ。焦った新浜は逃亡してしまった。一計を案じた小弓は自分が被害者を刺したと嘘をついて自首したんだ。彼女が犯人であれば、DVの件を根拠に正当防衛を主張できるからね。うまくいけば無罪、認められなくても情状酌量の余地が大きい。2人にとっては、新浜が罪を認めるよりもベターな選択だ」

「正当防衛狙いで罪を被ろうとしたと」

「その通り」

「でも、共犯ならなぜ小弓に包丁を持たせなかったんですか」

「それは……なんでだろうね」

「だろうねじゃないです」

「凄い遠くの連絡とれないところまで逃げちゃったとか」

「ご近所の診療所にいました」


 気まずい沈黙が休憩室に流れた。聞こえるのは点けっぱなしになっているTVの音だけだ。少し気の毒になって龍二は助け舟を出した。


「義父さん、他に何か気になった所はありませんでしたか」

「気になったところ……。あっ、実はここにはサウナ室が2種類あってね」

「なんでサウナの気になったところの話になるんですか」

「ドライサウナの他に薬草サウナがあるんだよ。ある意味共犯関係だよね」

「無理やり結び付けてもダメですからね」

「さっきはドライサウナだけだったんだよね」

「完全に事件から興味無くなってるじゃないですか」


 竜太郎は目を合わせようとせず、しきりにサウナの話をしている。そして、急に何か思いついたというように、ポンと大きく手を合わせた。


「そうだ龍二君、せっかく敷地まで来たんだ。朝から走り回って疲れただろう? せっかくだから、ひと風呂浴びていくのがいいよ」


 誤魔化したな。龍二はそう思ったが、黙って頷いた。なにせ聖地と言われる水風呂がある施設なのだ。龍二としても興味が無いわけがない。――それに、サウナで温まりなおせばあるいは。


 かくして2人はいそいそとお風呂セットを準備し、1階の浴場へと向かった。

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