探偵はナゾを整理する
龍二が事件のあらましをひと通り説明するのを、竜太郎は炬燵に両手を突っ込んだまま聞いていた。
「なるほど。それが昨夜の流れというわけだね。そして、22時以降に星山さんと紘一氏は遺書を書き、心中を図った。――ように見せた、と龍二君は考えている」
「はい。どうも腑に落ちないんです。中井さんや剣持さんに確認したところ、確かに最近、星山さんは覇気が無くなっていた所はあったようです。陽斗さんの受験がひと段落着いたことで、長年、誹謗中傷に耐えながら張っていた気がふっと緩んで、思わず弱気になったのかもしれない、と。しかし、やはり急すぎるのでは」
「ふむ。星山さんは思いついたら即行動するタイプという事だから、衝動的にやったのかもしれないがね。そうだ。肝心の遺書の内容はどういった物だったのかな」
龍二はメモを取り出すと、要点をかいつまんで説明した。
「星山さんの遺書は、『子育てもひと段落着いたので、この辺りで少し休みたいと思います。我儘をお許し下さい』という内容でした。それとは別に紘一氏も遺書を残しています。こちらは、『妻の意志を尊重し、2人でお先に失礼します』という内容です。どちらの遺書も、それぞれの部屋のPC画面に表示された状態でした」
「と、いうことは、本人以外が書いた可能性もある、と」
「はい。可能でしょう」
竜太郎は、なるほどなるほど、と、ゴニョゴニョいいながら、やっと腕を炬燵から出して顎髭を撫でた。
「外部犯の可能性は考えているのかね」
「いえ、可能性は低いと思っています。契約している防犯セキュリティ会社に連絡して、出入り口の
「4人の人物のうち、2人が亡くなって、残りは2人。と、いうことは、犯人がいるとしたら、中井さんと剣持さんのどちらかだ。こう考えているのかい」
「はい。そして、可能性から言って一番疑わしいのは、中井さんだと思っています。しかし、そうなるとわからない点があるんです」
「ふむ。ひとつは『どうやって2人を溺死させたのか』。そしてもうひとつは『なぜ2人を殺害したのか』といったところかな」
竜太郎の指摘に龍二は頷く。そうなのだ。2人が溺死したとなると、いったいどうやって中井はそれを実行したのだろうか。死亡推定時刻が正確なものとすると、19時の典子のケースでは、中井はリビングで剣持と話をしていた時間だ。そして、23時の紘一のケースでは、中井は陽斗と共に現場からは離れた場所へとドライブにでかけていた。何かトリックを使わなければ、犯行は不可能だ。
そして、トリックが分かったとして、なぜ、中井は2人を殺害する必要があったのだろうか。剣持に聞いたところ、典子と中井の仲は問題なく、むしろ中井は典子を尊敬している様子だったという。陽斗との関係も見る限り良好だ。紘一との関係は、特別親しいというわけではないが、険悪ではなかったと言う。わざわざリスクを冒して殺害する動機が見当たらないのだ。
龍二の様子を見て、竜太郎は不敵にヌフフフと笑った。悪い予感がする。
「龍二君、どうやら探偵の力が必要のようだね」
「え、ええ。何かわかったんですか、義父さん」
「もちろんだ。謎は全て解けた」
「全て」
竜太郎はびしっと人差し指を龍二に向けた。まるで龍二が犯人かのようだ。
「今回のポイントは、風呂だ。龍二君たちは立派な風呂が羨まし過ぎるがために、そちらに印象を引っ張られてしまったんだ」
「はあ」
「浴槽で死亡していたから、溺死。これが間違いだ。実は2人の飲み物に、遅効性の毒物が仕込んであったのだよ。30分程で溶解するカプセル入りのね」
「毒物が」
「その通り! 実は死因は、毒物による中毒死だったんだ」
「いえ、間違いなく溺死です」
「え」
「那須先生の司法解剖の結果見ますか? 胃の内容物からは特におかしなものは検出されていないそうです」
「そうなの?」
「はい。つか、なんで急に毒が出てくるんですか」
「ほんのちょっとだけでいいんですけど?」
「まっっっったく出てません」
気まずい沈黙が居間に流れた。勢いよく龍二に向けられていた指は、しなしなとしおれ、そのままゆっくりと炬燵の中に納まった。竜太郎は、さすがにまずいと思ったのか、取り繕うように質問を投げかけて来た。
「そうだ! 龍二君、ひとつ確認しておきたいことが」
「なんでしょうか」
「その浴室のTVって、いくらぐらいで設置できるのかな」
「完全に興味が事件から逸れてるじゃないですか」
「あったらいいよね」
「買う気ですか。また江美に怒られますよ。こないだも椅子とホワイトボード見つかって大目玉食らったばかりじゃないですか」
「くっ……あの件は龍二君も巻き込んでしまってすまなかった」
「いえ、それはいいですけど」
竜太郎はすっかり小さくなって恐縮している。そして、急に何か思いついたというように、パンと大きく両手を打った。
「ああ、寒い寒い。そうだ龍二君、浴室と言えば、風呂がまだだろ? せっかくだから、ちょっとスーパー銭湯まで出かけないかい」
誤魔化したな。龍二はそう思ったが、黙って頷いた。龍二としても今日は走り回ってへとへとだ。広い風呂に入れるのであれば大歓迎だ。――それに、サウナさえあれば、ひょっとして。そんな期待も胸にあった。
かくして2人はいそいそとお風呂セットを準備し、並んで車に乗り込んだ。
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