## 書籍化御礼ショートストーリー

## 書籍化御礼SS:探偵は刑事と現場に立つ

「では龍二君、始めるとするか」

「わかりました」


 静岡県警捜査一課の刑事である水田龍二みずたりゅうじと、その義理の父であり探偵であるやぐら竜太郎りょうたろうは、顔を見合わせて頷いた。


 今年60歳になる竜太郎は、かつて龍二と同じく県警捜査一課に属していた元刑事だ。現役時代は事件全体の筋書きとなる全体像――いわゆる「スジ」を的確に読み解く才に優れ、数々の事件を解決に導いた名刑事であった。龍二とのコンビ、「県警の櫓竜ロウリュウ水龍スイリュウ」の名は今でも県内に轟いている。その後、竜太郎は定年を機に退職し、県の東部、富士山麓の田舎に引っ込んで、のんびりと探偵業を開業している。


 そんな刑事と探偵が立っているのは事件現場かというと、そうではない。日の暮れた櫓家のキッチンだった。龍二は濃茶のハーフエプロンを腰に巻き、竜太郎は同色のフルエプロンを着込んでいる。その某フライドチキンチェーンの立像かのような巨躯も相まって、これから圧力鍋でも取り出すのかと思える風貌だった。


「龍二君が来てくれて助かったよ。一人暮らしだと野菜も肉も中途半端に余ってしまってね。捨てるのは勿体ないし困っていた所なんだよ」

「1人前の料理の量って、加減が難しいですものね」

「そうなんだよ。それじゃあ龍二君は野菜を頼む。全部さいの目切りみたいな感じで適当に切ってくれるかい」

「わかりました。何を作るんですか?」

「ひき肉も余ってるからキーマカレーにしようと思うんだ」

「おお、いいですね」

「だろう? ああ、先にニンニクだけ貰えるかな」

「わかりました」


 龍二は学生時代にファミレスのキッチンでバイトしていたため、料理は得意な方だ。今は刑事の仕事が忙しく、妻の江美えみが大抵の食事を用意してくれているが、暇を見つけてはキッチンに立つようにはしている。慣れた手つきでニンニクの皮を剥いて薄切りにスライスすると、竜太郎に手渡した。


「どうぞ。というか義父さん、この包丁めちゃくちゃ切れるじゃないですか」

「そうだろうそうだろう。今日研いだばかりなんだよ」


 竜太郎はオリーブオイルを引いたフライパンにニンニクを入れ、弱火で熱を通しながら得意げに胸を反らした。


「目の細かい砥石を見つけてね。手持ちの奴より細かい3000番台のやつ。さっそく買って試してみたら、これが良く研げるんだよ。おっと、江美には内緒だよ」

「なるほど。わかりました」


 竜太郎の娘であり、龍二の妻である江美は無駄遣いには厳しい。厳しいというか、竜太郎がなんでも形から入りたがるせいで無駄遣いが絶えないというのが大元の原因だろう。羨ましい限りだ。龍二はそう考えたが口には出さずに頷いた。


「研ぎ具合を試したくてついつい食材を買ってしまってね。自炊が楽しくはなるんだけど、その分食材を余らせてしまうんだ。いやあ、本当に龍二君が来てくれて良かった。これからも定期的に事件が起きて欲しいくらいだよ」

「義父さんの食材事情のために、定期的に捜一が出張る事件を起こされたらたまったもんじゃないですよ」


 龍二はタマネギを角切りにしながら苦笑した。静岡県中部に住んでいる龍二は、県東部で事件が起きた際、竜太郎の家を宿として使わせてもらっている。所轄の警察署に泊まるよりは気楽であり、竜太郎の様子も確認できる。――そして時には、事件解決のヒントを貰える事も。


 隠居後、すっかり冷え性のお爺ちゃんになっている竜太郎ではあるが、サウナに入ると一変。持病の膝の痛みは消え去り心身ともにリラックスし、現役時代さながらのツヤツヤのお肌と明晰な頭脳で事件を解決するサウナ探偵なのだ。


 そんな竜太郎ではあるが、今はタマネギを炒めながら鼻歌を歌っている。


「いい香りがしてきた。それじゃ龍二君、あとはにんじんとパプリカとトマトも切ってくれるかい、それと……そうだ。レタスも余ってるから入れてしまおう」

「わかりました。いつもながら、なんでもありですね」

「家で作るカレーなんてそんなものだよ。最後にカレー粉を入れれば万事OKさ」


 竜太郎は、フライパン内にひき肉を投入しながら笑った。


「ふふ。本場のインドの人が見たら、びっくりするでしょうね」

「はは。そうだね。ちょっと申し訳ない気もするね。本場のカレーには詳しくないけど、日本で食べられているカレーとは全然違うみたいだね」

「そうらしいですね。日本のカレーは日本独特のものになってるとか。ラーメンとかと一緒ですよね」


 カレーにラーメン。どちらも日本人の国民食と言ってもいいくらいポピュラーなメニューであるが、元々はインドや中国、イギリスなどの料理だ。日本に持ち込まれた後、国内で独特の発展を遂げ、今や数えきれないくらいのレパートリーのカレーやラーメンが考案されている。取り込んだものを自分たちに合うようにローカライズしたすえに出来上がったものが、今のカレーやラーメンなのだろう。


「外国の方から見たら、カリフォルニアロールとかのお寿司と一緒で、ちょっと珍しく見えるんだろうね」

「そうですね。アボガドのお寿司とか、最初、なんじゃこれ! と思いますもんね。地域に合った物に寄って行くんでしょうね」

「そうだね。さらに、家庭ごとの独自の味付けもあるからね。我が家はこれ」


 竜太郎はフライパンに野菜を全部投入して炒めると、カレーパウダーにトマトジュース少量、そして、ケチャップマニスをたっぷり投入した。


 ケチャップマニスは、東南アジア地域でポピュラーな甘いソースだ。「ケチャップ」が名前に含まれているが、いわゆるトマトケチャップというよりは、関西方面のお好み焼きに使う甘めのソースに近い。それよりもさらに甘みが強く、どろりとしている。櫓家のカレー全般にはこれを入れるため、ピリッと辛さを感じた後、甘みが口の中にじんわり広がる甘口カレーといった仕上がりになる。


「やっぱりマニスですよね。うちでも江美が良く使っていますよ。甘口なので、茉祐まゆにも好評です」

「そりゃそうだよ。何せ、私の料理の師匠は江美だからね。よし、少し煮込もう」


 そう言うと、竜太郎はフライパンに蓋をして、ポンと手を合わせた。


「カレーにラーメンの話が出たけど、そこを行くと日本のサウナも同じようなものなのかもしれないね」

「サウナが……ですか」

「うん。日本のサウナは海外のサウナ好きの人から見ると、奇異に映るらしいよ。特にTV。サウナの本場、フィンランドでは、『サウナ室は静かで神聖な場所』という考え方が多いから、『TVを設置して見ながら入る』と聞くと、びっくりするそうなんだ」

「そうなんですか。TVはあって当たり前みたいな感じですもんね」

「そうだね。それに、サウナの方式もちょっと違うんだ。日本では湿度が低くて室温が高温のカラカラな状態のサウナがポピュラーだよね。だけど、海外では室温はそれほど高くなく、サウナストーブに水をかけて蒸気を発生させるロウリュで湿度を高くして温まるサウナの方が主流なんだよ」

「へえ。日本だとロウリュができる施設自体がまだそんなに多くないですもんね」


 龍二は雑誌やTV等で見かける海外のサウナを思い浮かべてみた。確かに、日本のサウナとは少し違う。日本のサウナは、元々日本で広まっていた独自の銭湯文化や蒸し風呂文化がベースとなり、それと海外から導入されたサウナとが結びついて、独自の方向へと発展していったのだろう。そして時間が経つにつれ、個別の施設の事情や地域の特色などを取り込みながら、様々なサウナが産まれてきたのではないだろうか。


 思えば、今まで入ってきたサウナも様々だ。カラカラのドライサウナに、湿気の多いスチームサウナ。塩サウナにロウリュのできるフィンランド式サウナ。サウナストーブの熱だけではなく、遠赤外線のヒーターを併用して体を温めるトロンサウナ。低温と言う事であれば岩盤浴もそうだ。


 TVを設置してあったり、していなかったり。ひな壇の形状や広さ、水風呂までの導線に水風呂の温度。そして、休憩をする椅子の形状や場所など、本当に様々なサウナがある。


 各施設が地域に溶け込む「施設の味」になるように趣向を凝らしている。それとは別に「本場の味」となるように、海外の施設の仕組みをきっちりとトレースし、日本にいながら本場のサービスや空気を体験できる施設もある。どちらも、別の楽しみ方ができる好ましい施設だ。


 最近では、サウナストーブを設置できるテントを用い、野外でサウナを楽しむテントサウナも流行しているそうだ。ここまで来ると、まさに「施設の味」を超えた「わが家の味」だ。カレーやラーメンと同じだという竜太郎の言葉も一理ある。


 龍二がそんな事を考えている隣で、竜太郎が水気を飛ばすためにフライパンの蓋を取った。ふわっと広がるカレーの香りがたまらない。竜太郎はシリコン製のへらで中身をかき混ぜ、にこりとほほ笑んだ。


「惜しむらくは」

「はい」

「サウナはまだ、カレーやラーメンほどにはポピュラーな存在にはなっていないというところだろうね」

「ああ、そうですねえ」

「広がるといいねえ」


 龍二は深く頷いた。サウナがカレーやラーメンのように様々な方向に広がっていく。こだわりを追求するサウナが産まれれば、親しみやすいサウナも産まれる。いろんなサウナが建てられ、日常のひとコマとして、そして、休日のレジャーとして気軽に楽しめる。そんな風になったら確かに素敵だ。


「さて、できたかな」


 竜太郎は火を止めて、いい感じに水気が飛んだカレーを味見をする。と、龍二に向かってぐっと親指を立てた。


「うん。上出来だ。辛くて甘い」

「よし、じゃあ早速食事にしましょうか。実はお腹がペコペコで」


 そう言ってカレー皿にご飯を盛ろうとした龍二を、いつになく真面目な顔で竜太郎が制した。


「龍二君。待ちたまえ」

「はい」

「確かにこのカレーは今食べても美味しい。たが、少し時間をおいて味をなじませた方がよりおいしくなるんだよ」


 確かにその通りなのだろう。しかし、昼から何も食べていない龍二としては、味は二の次でとにかく何かを食べたいのが本音だ。ここにきて、妙なところでこだわりの強い竜太郎の悪い癖が出てしまったのだろうか。


「でも、義父さん。どれくらいの時間待つつもりなんですか」

「そうだね。ざっと90分」

「90分! そんなにですか! そりゃ殺生ですよ。それだけあれば……」


 そこまで口に出して龍二はハッと気づいた。90分。90分あればあるいは――。その思いが顔に出たのか、真面目くさった顔つきだった竜太郎が、ヌフフフと悪い顔になって笑った。


「そう、サウナに行ける」


 サウナに入った後の飯は、何よりもおいしい。確かに空腹ではあるが、サウナ飯が待っていると思えば我慢できる。いや、むしろ入りたい。カレーの味も馴染むということであれば一石二鳥だ。入らない手は無い。


「名案じゃないですか」

「では、行こうか」

「はい、お供します。そうだ義父さん」

「何だい」

「帰りにビール買ってきましょう」

「最高。いや、最の高だね」


 かくして義理の親子は、今日もお揃いのお風呂セットを手に、いそいそとサウナへと向かうのであった。




## 書籍化記念SS 了 ##




■お知らせ

本作、「探偵はサウナで謎をととのえる」が、富士見L文庫さまより書籍化されました!

読んでいただき、応援していただいた皆様のおかけです。ありがとうございました。

書籍版は、Web版の内容を少々ととのえ、さらに、1セットを加えております。


また、表紙と各セットの扉には、しわすださんに素敵なイラストを描いていただきました。ありがとうございます。併せて楽しんでいただけると嬉しいです。

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