2セット目:サウナ探偵のライセンス

温かく柔らかな兇器

 その人物は彼女を横たえると、立ち止まってまじまじと眺めた。可哀想に。こんなにも早く命を落とすことになるとは夢にも思わなかっただろう。生きるための資格――もしそんな資格ライセンスがあるとしたら、もっと長生きしてしかるべき資格を持つ女性だった。女手一つで子供を育てあげるために懸命に働き、それをやり遂げただけでなく、成功して思わぬ財まで築いた。


 皮肉なものだ。うまくやりすぎたが故に、その財目当ての不逞の輩に狙われ、こんな風に付け込まれる羽目になろうとは。


 張っていた気がふっと緩み、口元に笑みが浮かぶ。思いもかけず感傷的になっている自分に気付き、その人物は首を軽く振った。今はそんな気分に浸っている場合ではない。ばちんと両手で頬を叩くと、作業を再開した。


――自分のお気に入りのこの場所で最期を迎えられるのが、せめてものはなむけなのかもしれないな。


 そんな思いが頭をよぎる。その手は、しかし、今度は止まらない。蛇口を軽く捻り、檜の風呂桶へとお湯を流し込む。死の床を満たすことになる、温かく柔らかな兇器を。


「湯冷めをしないように気を付けて」


 その人物は湯舟へと声をかけると、ゆっくりと浴室を後にした。

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