3セット目:サウナ探偵は2度入る

兇行で冷えた体を温めて

――こんなはずではなかった。こんなはずでは。


 その人物は鈍器を両手に持ったまま、目の前に倒れている彼女を呆然と眺めていた。先ほどまで狂おしいほどに燃え盛っていた胸の炎は、すっかり立ち消え、むしろ寒気すら感じる。興奮から解放された背筋にピリピリとした悪寒が走り、青ざめているのが自分でもわかる。


 それでもなお、その人物は動かなかった。いや、動けなかった。目の前の彼女、いや、。ピクリとも動かず、額から血を流し倒れているからは、命の灯は失われているのだろう。


――いったい誰がこんな酷いことを。誰が……誰が?


 そう問いかけ、はっとして両手に持った鈍器を見る。そこにはべっとりと血と髪の毛が張り付いていた。冷酷に振り下ろされた鈍器。彼女の命を奪った得物。暖かな命の息吹をすり潰した、冷ややかに凍り付いた兇器。


「ひっ」


 突然、手元のがとても恐ろしく感じた。持っているだけで心まで凍り付いてしまいそうだ。思わず両手を離すと、兇器がごとりと床へと落ちる。掌は、じんじんと痺れていた。まるで掌自身が意思を持ち、これ以上兇器を掴んでいることを拒んだかのように。


――そうだ。これだ。これで彼女を。


 その人物はもう一度彼女を見遣る。。しかし、それでもまだ現実感は湧いてこない。何が起きたのかは理解している。把握している。だが、だが――。


「……寒いな」


 今はただただ寒い。その人物は体の奥底から感じる冷たさに身震いした。しかし、こうなった以上は粛々と事を進めなくてはならない。


「ごめんね」


 倒れた彼女の傍らに身を屈め、服を脱がす。血に染まった服から現れるには、あまりに白く輝きすぎる裸体を見ながら、その人物はぼんやりと呟いた。


「ああ、寒い。寒いよね。こんな時はやっぱり……お風呂。お風呂がいいなあ」

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