刑事は同僚に若干引く
富士署に着くと、一人の制服姿の女子学生が駐車場に立っていた。前髪をまっすぐ切りそろえたショートボブに濃紺の長袖セーラー。どこにでもいる学生のようだが、警察署の前で見かけるのは珍しい。龍二たちが車を降りると、熊のアクセサリが付いた鞄を手に、ぺたぺたと近づいてきて寺西に声をかけてきた。
「寺西さん、大体の情報は集めてきました。こちらのお二方は――」
「ありがとう。こちらは県警の水田さんに、OBの櫓さんだ。今回の件を調べるのに協力していただいている。水田さん、こいつは私の部下の
部下。部下という事はこの子も警察官なのだろうか。龍二の疑問をよそに、望月と呼ばれた学生は、ぺこりとお辞儀をする。
「富士署生活安全課の望月です。よろしくお願いします」
「県警捜査一課の水田です。こちらこそ。ところで、その制服は……」
「お目が高い。ご存知、
「いえ、ご存知とかでなくてですね、なぜ制服を……」
龍二が尋ねると、望月は胸を張り腰に手を当て、目を輝かせて力強く答えた。
「趣味です」
「仕事だ」
望月の答えを、寺西はかぶせ気味に訂正して頭を
「いや、すみませんね。こいつはご覧の通り童顔で背も低いので、学生に溶け込むのがうまいんです。それで、潜入調査のような形で動いてもらっていましてね。なにせ、いつの時代も子供たちというのは、なかなか大人には本当のことを話してくれないものですからね。なあ、望月」
「はい。同年代の近隣の学生のふりをして聞き出すのが一番手っ取り早いんです。普段は高校に潜入する事が多いんですが、今回は中学と聞いて驚きました。趣……仕事とはいえ24にもなって南中の制服を着ることになるとは……興奮しました。あ痛!」
望月はまた寺西に頭を叩かれている。はたから見ると本当に警官に叩かれている中学生にしか見えない。2人ともどこか楽しげなのは、これはこれでいいコンビなのだろう。
「ともあれ、望月が掴んできた情報を共有しましょう。あの事故は、やはりまだ何か隠していることがありそうです」
寺西の提案で、4人は会議室へと向かった。
##
「あの動画を作成しているグループは4名。
会議室では、望月が制服姿のままホワイトボードを使って説明をしていた。
「動画投稿は、星野風斗と宮崎岳の2人で始めたそうです。『風斗』と『岳』でFUGAKU☆BOYSというわけですね。そこに後から増田と岬が加わりました」
「なるほど。4人の関係は良好だったんでしょうか」
「いえ、それがですね、聞き込んでみると、岬は、他の3人からイジメていたような節があったそうです」
岬と言えば、事故にあった少年だ。その少年がイジメられていたとすれば、これは単なる事故というわけではない可能性が出てくる。
「岬の体や顔にあざがあるのを見たという生徒も何人かいました。実は最近、岬はあのグループから抜けたがっていたそうですが、それがまた、イジメをエスカレートさせたのかもしれません」
龍二はミサマコの髪を思い出した。恐らくはウィッグなのだろう。あれはひょっとしたら、顔のあざを隠すための物だったのかもしれない。
望月がひととおりの報告を終えると、寺西が切り出した。
「ファミレスで会った時の生徒達ですが、ずいぶんと高価なマフラーを巻いていましたね。望月、鷹岡西中の制服にマフラーはあるのか」
「いえ、ありません。男子は学ラン、女子はセーラー、学校指定のものは、あとは鞄とジャージくらいです。学校指定のマフラーがある学校は県内では2校だけです」
望月が即答すると寺西は頷いた。今度は竜太郎が指摘する。
「それに、波木井先生の腕時計。あれも随分と高価なモデルでした。寺西さん、寺西さんはこの事故、お金関係の絡みもあるとお考えなんですね」
「ええ、どうも匂います。正直に事故を報告するという、『小さな秘密の暴露』を装って、より大きな秘密を隠しているように思えます」
「同感です。私の方も依頼者を通じてもう少し調べてみますね」
「よろしくお願いします」
##
寺西らと別れ、龍二と竜太郎は車に乗り込んだ。竜太郎が小腹が空いたと言うので、どこかでご飯を食べていく事にした。
「龍二君、さっきのファミレスにしないかい。実はあそこの”げんこつハンバーグ”というのが気になっていてね」
「よく見てますね。構いませんよ。じゃあ行きましょうか」
再びファミレスまで車を走らせる道中、龍二は事故の件を考えていた。
「義父さん、これからどう動くんですか。もし手伝えることがあれば……」
「いや、大丈夫だ」
「えっ」
思わず助手席を見ると、竜太郎はヌフフフと笑って片眉を上げている。嫌な予感がする。
「謎は全て解けた!」
竜太郎はびしっと龍二を指さす。助手席なので距離が近い。目の前近くに突き出された指が、めんどくささを倍増させる。
「今回の犯人は宮崎、――ガクちゃんだ。グループを抜けたがっていたミサマコへの制裁として、わざと落とし穴の中に石を置き、騙し討ちのようにして落として怪我をさせたに違いない」
「はあ」
「彼にとって、動画投稿は楽しみでもあり、そして、収益源でもあったのだろう。だから、ミサマコを抜けさせるわけにはいかなかったんだ」
「それでミサマコが怪我をするように仕向けたと」
「その通り」
「でも義父さん、怪我させちゃったら、その方が動画投稿は続けられなくなるんじゃないんですか」
「そうだ。だから最初は隠そうと……あれ?」
「ですよね。だったら最初から怪我させなければいいじゃないですか。それに、騙し討ちと言いますけど、ミサマコも企画説明聞いていましたよ。騙し討ちにならないんじゃないですか」
「穴があることは分かってたわけだね。なんで怪我したんだろうね」
「それを調べるのが依頼じゃないですか」
気まずい沈黙が社内に流れた。竜太郎は、さすがにまずいと思ったのか、急に何か思いついたというように、ポンと大きく手を合わせた。
「それにしても冷えてきたね。そうだ龍二君、あのファミレスの傍には健康ランドもあったはずだよ。サウナの後の飯は美味しくなるから、先に寄ってから行こうじゃないか」
誤魔化したな。龍二はそう思ったが、黙って頷いた。確かにサウナ後のサウナ飯は抜群に美味い。――それに、サウナであればあるいは。
かくして2人はコースを変更し、健康ランドへと向かった。
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