探偵はロッキングチェアで推理する

 龍二と竜太郎は書斎へと移動し、ホワイトボードに動画の「嘘」を整理し始めた。依頼をしてきた人物がどういう意図なのかはわからないが、ともかく、疑問点をまとめ、コンタクトを取ってみる事に決めたのだ。


 竜太郎はアンティークのロッキングチェアに腰かけてパイプを取り出す。タバコは吸わないので、あくまでも雰囲気作りだろう。コホンとひとつ咳ばらいをすると、片眉を上げて切り出した。


「さて、警部補どの。まずは現場に何人がいたのかから整理しようじゃないか」

「はい。動画に映っていたのは次の4人ですね。少なくとも、この4人は現場にいたことになります」


 龍二は、芝居がかった様子に若干イラッとしながらも、素直にの求めに応じてホワイトボードに「現場」と書き込んでいく。


――現場――

エムケイ:長身の少年

フーさん:小太りの少年

ミサマコ:マスクの少女

ガクちゃん:馬マスクの少年

――――――


「ふむ。画面には常にこのうち3人が映っていたね。その反面、4人同時に映っていた場面がなかった。そうなると、映っていない1人がカメラマン役と考えるのが妥当だろうね」


「第5の人物がいた可能性は除外していいのでしょうか」


「可能性はある。だけどそれなら、最後のネタバラシの際に4人全員を映すんじゃないのかな。それに、穴に落ちた場面では、カメラに呼びかける際に『ミサマコこっち来て』とも言っていた。さらにミサマコは自己紹介の時、「裏方」と言っていた。そこから考えても、動画作成に関わっている人数は多くはないのじゃないかな。演者3人・撮影者1人体制だった可能性が高いと思うよ」


「わかりました。とりあえず、現場には4人いたと仮定して推理してみましょう。動画は3回カットが切り替わっていました。時系列を追うと、こうかな」


 龍二は3つのシーンごとに画面に映っている人物を「演者」として書き出し、さらに、映っていない一人を「撮影者」として書き出した。


――シーン毎の演者と撮影者――

企画説明  演:エムケイ・フーさん・ミサマコ  撮:ガクちゃん

ドッキリ  演:エムケイ・フーさん・ガクちゃん 撮:ミサマコ

ネタバラシ 演:エムケイ・フーさん・ガクちゃん 撮:ミサマコ

―――――――――――――――


「そうなるだろうね。すると、ここでひとつおかしな点が出てくるね」


 竜太郎は人差し指を立て、パイプをくるんと振った。


「龍二君が整理してくれた通り、企画説明をしている時に撮影しているのは、消去法で考えるとガクちゃんということになる。つまり、この時点でガクちゃんは落とし穴の存在を知っているわけだね」


 ドッキリを仕掛けられる側が、その趣旨説明を撮影しているとすれば、これはもうドッキリではなく、ドッキリ風のお芝居、つまりはヤラセだ。それはそれで構わない。なにせ龍二も竜太郎も、いいだ。ヤラセだと目くじらを立てるほど若くはないし、下手に怪我をされるよりはマシだ。龍二はホワイトボードに「嘘」と書き込み、そこに「企画説明の撮影者がガクちゃん」と書き込んだ。


「では、次の『嘘』を捜してみようか。企画説明の残りのシーンは、穴を映して終了だね。だけど、この穴も中までは映し切ってはいない。奥の方にマットのようなものを仕込んである可能性もあるし、そもそも、使っていない可能性もある。蓋をする所は映されていないしね」


「確かに。ただ、次のシーンの映像を見ると、使ってはいそうですけどね」


 龍二の言葉に竜太郎は頷く。


「ドッキリのシーンだね。走り出して穴に落ちた時、すっぽりと体が隠れていた事から言っても、そこそこ深い穴を用意したのは確かだろうね。ただ、ここで注目する点はそこだけじゃない。龍二君、わかるかい」


 竜太郎は若干胸を逸らせてパイプで龍二を指し示す。なんですかそのドヤ顔は。龍二はそう言いたい気持ちを顔に出さずに答えた。


「ガクちゃん、――いえ、馬のマスクを被っている人物のスニーカーです」


「うん。そうだ。馬面が走っている時、スニーカーは白だった。しかし、次のネタバラシのシーンでは、馬のマスクを取って現れたガクちゃんのスニーカーは白ではなかった。つまりは、履き替えたかもしくは――」


「穴に落ちた人物とガクちゃんは、別々の人物」


「その通り。穴に落ちたのはだった可能性がある。そして、現場に4人しかいなかったとすると、実際に穴に落ちた人物の候補は一人だけだ」


 ロッキングチェアをゆっくり揺らし、竜太郎は顎髭を撫でた。


「マスクの中の人物は、ミサマコだ」


 ドッキリのシーン、エムケイとフーさんはベンチに座って構えていた。そして、馬のマスクを被っていたのは、スニーカーの色からガクちゃんではない。残るはミサマコだけだ。女の子であるのに、大したものだ。


「では、ドッキリのシーンでカメラに向かって『ミサマコ』と呼び掛けていたのは、実際はガクちゃんに呼びかけていたという事ですか」


「それが一番しっくりくるね。理由はわからないが、ガクちゃんが走っているように見せたかったのだろう。企画説明のシーンのミサマコのスニーカーを確認すれば、きっと穴に落ちた馬マスクと同じ物を履いているはずだよ」


 二人が動画を確認すると、果たしてその通りだった。ガクちゃんとミサマコの体格はほとんど一緒で、注意して見てもスニーカー以外の差異は解らない。他の2人の体格がユニークであることが、さらにこの吹き替えを判明しにくくしていた。


 実際の出来事が竜太郎の推理通りとすると、穴に落ちたのはミサマコで、その後、落ちたように演技したのがガクちゃんということになる。ガクちゃんが妙に小奇麗だったのは、容姿のせいだけではなかったようだ。龍二はホワイトボードに結論を書きこみ、竜太郎に尋ねた。


「義父さん、依頼者はこの事を指摘して欲しかったのでしょうか」


「たぶんそうじゃないのかな。ひょっとしたら依頼者はミサマコという子かもしれないね。本当は自分が体を張っている事を、誰かに気づいて貰いたくて、こんなクイズのような依頼をしてきたのかもしれない」


「なるほど。では、どうしますか? 連絡を取ってみますか」

「そうだね。メールアドレスが書いてあっただろう? そこに結論を送ってみよう」

「わかりました。じゃあ僕が」


 龍二はタブレットを操作して、依頼フォームに記載されていたメールアドレスへと簡潔に結論と根拠となる個所をまとめて送った。すると、すぐに返信が帰ってきた。


「義父さん! もう返信がきましたよ」

「ほう。若い子はやっぱりこういうのが早いんだね。どれどれ、クイズの答え合わせをしようじゃないか」


 返信を見ると、そこにはまた、ひとつのリンクが記されていた。メッセージは何もない。竜太郎と龍二は顔を見合わせ、とりあえずリンク先をクリックした。すると、画面にはローカルの新聞記事が表示された。記事は簡潔にひとつの事故を伝えている。


―――

鷹岡西中学校の体操部に所属する2年の男子生徒が、意識不明の重体に陥った状態で発見されたことが15日、分かった。

男子生徒は15日夜半に体育館に一人倒れている所を、見回りに来た教師に発見され、救急搬送された。生徒に特に持病は無かった。

―――


「これは――。どういうことでしょう」

「まだわからない。だが龍二くん、どうやらただのクイズというわけではなかったのかもしれないね」


 そう言うと、竜太郎は依頼のメールの再確認を始めた。

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