探偵は動画を鑑賞する

 画面には休耕地のような開けた場所が映し出された。背後に見慣れた形の富士山が見える事から判断すると、この近くの場所なのだろう。中央には、背の高い少年と小太りの少年、そしてマスクをした1人の少女が立っていた。背の高さは左から大・中・小とメリハリが効いている。まるで携帯の電波マークのようだ。2人の少年は勢いよく拍手をすると挨拶を始めた。


『どうもー。ノッポのエムケイです』

『ふっくらふくよかフーさんです』

『……裏方のミサマコです』


 少年たちがそれぞれ、一歩前に出て元気よく手を上げたのに対し、少女はぺこりと頭を下げたのみだ。肩先ほどまで伸びた髪をいじりながら、マスク越しにボソボソと喋る。


 何かのTV番組の真似事なのだろうか。龍二がそう考えていると、2人の少年が元気いっぱいといった様子で前に出てきた。


『俺たち~』

『FUGAKU☆BOYSで~す』


 両手を広げて叫ぶと、また勢いよく拍手をする。龍二と竜太郎は顔を見合わせて首を傾げた。


「なんだろうね。ユーチューバーとかいう奴かね」

「そんな感じですね。見た感じだと、中学生くらいでしょうか」


 3人の服装はお揃いのジャージだった。黒のパンツに赤黒のトップ。違うのは履いている靴くらいだ。見た目通りに中学生だとすると、このジャージは学校指定の物なのかもしれない。


『さて、今回ここに我らが名馬ガクちゃんがいないという事は~?』

『代わりに腹黒のミサマコがいるという事は~?』

『そうです。ドッキリ回です! いえー!』


 少年たちは歓声を上げて跳ねまわり、少女はその脇で微笑みを浮かべ、小さく拍手をしている。画面を見て龍二はため息をついた。


「ああ、最近増えているみたいですね。いたずら動画を撮る子たち。生活安全部セイアンの連中が嘆いていましたよ。そのセンですかね」

「いたずらかね。いたずら自体は昔からあるが、今はそれを動画に撮って自慢するのかい。困ったものだね」


 2人の大人の心配をよそに、画面内では、はしゃいだ様子の少年が、少し後ろのシャベルとバケツが置かれている辺りを指さして駆け寄った。


『さあ、今回のドッキリは……ジャーン、落とし穴です! 見て下さい』

『アハハハ、深ぇ! 頑張りすぎだろ俺ら』


 休耕地の一角にぽっかりと口を広げたそれは、底がうっすらとしか見えないほど深かった。恐らくは2メートル近くはあるのではないだろうか。単純に危険だ。下手すると大怪我につながりかねない。龍二が渋い顔をして竜太郎を見ると、竜太郎も眉根を寄せて頷いた。


『つか、ここまで掘ったのほぼミサマコだけどな。本当に腹黒いなこの女』

『怖い怖い』


 画面の中では2人の少年が肘で少女を小突き、少女は特に抵抗するでもなく微笑みを浮かべて黙っている。


『さて、今からこの上に発泡スチロールの板をかぶせて土を乗っけます。で、“富士山をバックに名馬が全力疾走する所を撮りたい”と言ってガクちゃんを呼び込みます。さあ、どうなるでしょうか!』

『それでは、ドッキリスタートです。お楽しみに~!』


 画面が切り替わると、準備体操をしている一人のが映し出された。ジャージは3人組とお揃いの物だが、頭に馬面のマスクを被っている。量販店でよく見かけるパーティグッズのようだ。


「龍二君、なんで馬のマスクを被っているんだろうね」

「さあ、顔を出したくないですとか、単純に見た目が面白いと思っているとか、そんな所じゃないですかね」


 ジャージ姿の馬面が入念に準備体操をしているのは、なかなかにシュールな絵面だ。少年の一人が「我らが名馬」と言っていたのは、この事なのだろう。


『おーいガクちゃーん。準備OK~?』


 声の方向にカメラが振られると、少し離れた場所で先ほどの2人の少年が手を振っている。ガクと呼ばれた馬面は、声を上げずに両手をサムズアップして見せた。準備万端のようだ。


『それじゃあミサマコ、こっち来て。ガクちゃん、全力疾走で頼むよ!』


 カメラが丁度富士山の真正面あたりに来ると、地面を軽く映した。恐らくは目印なのだろう、木の枝が2本、控えめに刺さっている。その脇には、先ほどの少年2人がパイプ椅子に座り、それらしくストップウォッチを構えている。


 のっぽの少年が『それじゃあ行くよ~!』と声をかけると、カメラは馬面の方を向き直った。馬面は、大きく両手を振ってから、クラウチング・スタートの構えを取った。


『FUGAKU☆BOYS新オープニングムービー用動画。シーン1。……アクション!』


 のっぽの少年の声と共に、馬面が走り出す。背筋をぴんと伸ばし、指先までもを伸ばして全力疾走だ。雑草交じりの茶色い土を真っ白なスニーカーで蹴り上げ、どんどん加速していく。なるほど、名馬だ。目印の木の枝までは、もうすぐそこだ。


 少年たちは歓声を上げて大喜びしている。その声は、これから起きる事を期待しているのだろう。そして馬面が木の枝まで達すると、突然つんのめったようにバランスを崩し、そのまま前へと勢いよく倒れこんだ。いや、倒れこむというよりは、飛び込みをするように頭から地面に突っ込んだ。


 ばきばきと発泡スチロールが壊れる音と共に、馬面の姿が見事に画面内から消えた。すっぽりと穴の中に落ちたようだ。2人の少年は笑い声と歓声を上げて駆け寄って来ると、膝をついて穴の中を覗き込んだ。


『テッテレー! アハハハハ』

『ガクちゃん最高! ドッキリでした~。あれ、大丈夫? ちょい手伝って』


 そこで一旦カットが途切れた。馬面を穴から引っ張り上げるのを手伝ってでもいたのだろう。次のカットになると、先ほどの2人の少年と馬面が、並んでパイプイスに腰掛けていた。


 中心に座っていた馬面がマスクを取って、ブルブルと頭を左右に振る。その動きに合わせ、茶色い髪がサラサラとなびいた。マスクに隠れていてわからなかったが、美少年と言って差し支えない容姿だ。脇の2人と同じジャージを着ているはずなのに、やけに華やかに見えのは、トップスと同じ色のスニーカーのせいだけではないだろう。


 その少年はニカッと大きく口を開けて白い歯を見せると、楽し気に左右の少年を小突いた。


『マジでお前らさー。超ビビったじゃん。これ前あんま見えないし、あの穴やべーって。半端ねーよ。何が起きたかわかんねーよ』

『アハハハ。最高だった。怪我とかない?』

『大丈夫だけどさー。本当にさー、お前ら、顔が命なのにキズモノになったらどうしてくれんだよ』


 その言葉を受け、のっぽの少年は馬のマスクを手にして撫でまわす。


『それはチャンネル的にも困る。……どれどれ、大丈夫。鼻も耳も傷ついてない』

『いざとなったら買い替えればいいじゃん』

『なんでマスクの方心配してんだよ。こっち心配しろよ。ったくさー』


 3人の少年は屈託なく笑うと、手を取り合って頭上に掲げ『大成功!』と歓声を上げた。ひとしきり拍手をすると、少しだけ畏まってカメラの方へと向き直った。どうやら締めの口上らしい。


『さて、いつも言っていますが、いたずらは決して真似しないでください』

『僕たちは体操やってるんで大丈夫ですけど、危ないからね。良い子の皆、真似したら駄目だぞ』

『それじゃあ今回はこの辺で。よかったらチャンネル登録お願いしまーす。以上、FUGAKU☆BOYSでした~』


 少年たちがハイタッチをしているところで映像は終わった。表示される関連動画のリストを見ると、「FUGAKU☆BOYS」名義で他にもいくつかの動画を投稿しているらしい。動画投稿日は、2月17日。つまり、昨日の日付だった。


「終わりみたいですね。義父さん、何か気づきましたか」

「依頼は、『この動画には嘘があります』だったね。嘘があると思って見ると、気になる点がいくつかあったね」

「はい」

「この動画は、いわゆるヤラセなのだろうね。しかし、なんで依頼人はそんな事をわざわざ知らせようとしているのだろう」


 探偵は炬燵に両手を突っ込んだまま、不思議そうに首を傾げた。

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