刑事は事件の可能性を探る
翌日の午後、竜太郎と龍二は、富士警察署へと赴いた。新聞記事となった事故の件を詳しく調べようと連絡を入れたところ、担当者からぜひ話を聞きたいと返事を貰ったのだ。3階の会議室に通されしばらく待っていると、ひとりの署員が現れた。こざっぱりとしたスーツにフチ無しの眼鏡をかけ、柔和な笑みを浮かべている。
「お待たせしました。お電話ではどうも。生活安全課の
「水田です。こちらは櫓さん。県警OBで、今は富士宮市で探偵をやっています」
「そうだったんですか。いやあ、光栄です。『県警捜一の
「いえ、そういうわけでは。今回は義父の探偵業の方の手伝いというか。それで、事故の件なのですが……」
「おっと、そうでしたね。水田さん、櫓さん、実は学校側に事実確認のために、例の動画を見てもらうようお願いしたんですがね、そうしたらなんと、先方から話したいことがあると連絡があったんですよ。やはり何か隠していたようです」
「ほう、それはそれは。寺西さん、我々も同行して構いませんか」
「もちろんです。ぜひお願いします」
2人は早速、寺西の運転する車へと乗りこんだ。先方の指定したファミリーレストランへと向かう道中、今わかっている事故の経緯を聞いた。
事故の連絡が入ったのは、15日の夜20:00頃。通報者は
倒れていたのは同校体操部の2年生、
波木井は岬を発見後、すぐさま警察と消防に連絡し、救急隊員と警察官が駆け付けた。現場に特に不審な所はなく、生徒が勝手に体育館に入り込んで事故を起こしたとして処理される事となった。
「ウチからは私が現場に向かいました。ただですね、どうもひっかかってたんですよ。先生が素直すぎるというか、なんというか」
ハンドルを握る寺西は、前を見ながら続けた。
「普通、学校関係者はこういう事故を隠したがりますからね。ところが、今回は最初から全面降伏です。警察と消防に通報しただけでなく、体育館の鍵の管理の
「なるほど。ところで、怪我をした生徒が一人だけで侵入していたというのは、違和感がありますね。そのあたりはどう説明していたんですか」
「波木井さんが言うには、岬という生徒は、常日頃から体操器具を使ったいたずらを考えるのが好きだったそうです。注意していたんですが、一向に止める気配がなかった、とも。恐らく事故当日も、新しいいたずらを考案しようとして忍び込んだのでは、という説明でした」
助手席の龍二が事故の流れを整理していると、バックミラー越しに、後部座席に座っている竜太郎が手を上げるのが見えた。
「ちょっといいかな。寺西さん、事故にあった子は岬誠人くんでいいのかね。つまり、男の子なのかい」
「え? はい。男子生徒です。今もまだ意識は戻っていません」
「龍二君、
「そうですね。動画のミサマコは、女の子ではなかったようですね。マスクにウィッグで変装していたのでしょう」
「理由は定かではないけど、そのようだね」
恐らくは、いわゆる「身バレ」防止で変装していたのだろう。女装までしたのは、それに加え、人気の獲得を狙っていたのかもしれない。昨晩、
学校側に、あの動画を見るよう要請したところ、話したいことがあると連絡があったという事は、恐らく、今回の事故と関連しているのだろう。つまり、15日の通報は、何かを隠すための偽装だ。波木井という教師が何を知っているのかはわからないが、ひょっとしたら、事故ではなく事件なのかもしれない。龍二がそう考えているうちに、車は目的地へと到着した。
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ファミレス奥の大テーブルには、ひとりの教師と3人の生徒が腰かけていた。この教師がたぶん、波木井なのだろう。生徒の顔は動画で見たあの3人だ。まだ着いたばかりで寒いのか、それとも、血の気が引いているのか、お揃いのマフラーに顎を埋めて神妙な顔をしている。
龍二たちの姿を認めると、波木井が立ち上がってお辞儀をした。寺西はそれに軽く手を上げて応える。2人には面識があるようだ。それを見たのか3人の生徒も立ち上がったが、小太りの生徒が「えっ」と声を上げ竜太郎の姿を2度見した。そして、ポツリと呟いた。
「フライドチキンじゃん」
しまったと思ったのか慌てて下を向く。残りの2人も下を向き、肩を小刻みに震わせている。龍二も思わず苦笑した。竜太郎の格好はベージュのパンツにクリーム色のセーター。全体的に白っぽい。おまけにどっしりとした体躯に白いものの目立つ髪の毛に顎髭だ。あの立像を連想するのは無理もない。竜太郎といえば慣れたもので、ニコニコと笑って席に着いた。
全員が座ると、簡単な自己紹介を済ます。教師はやはり波木井で、生徒の3人はそれぞれ、
「それで波木井さん、お話というのは」
「はい。岬の怪我の件です。あの動画をご覧になっているのであれば、もう、おわかりかもしれませんが、彼の怪我は体育館で負ったものではありません」
「では、いつ、どこで」
「はい、あの怪我は、動画を撮影した時のものです。おい、宮崎、さっきの話をもう一度寺西さんにお話するんだ」
宮崎と呼ばれた生徒、――ガクちゃん、は、頷くと、気分を落ち着かせるように水を一口飲んだ。
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