探偵は推理を披露する
「謎は全て解けた。私にはすべてお見通しだ。犯人は――」
龍二は竜太郎の大仰な台詞に、少々呆れつつもごくりと唾を飲んだ。なんだかんだでドキドキする瞬間だ。固唾をのんで次の言葉を待っていると、竜太郎はびしっと前方を指さし、胸を逸らせて言い放った。
「犯人は――、全員だ」
「は?」
龍二は思わず気の抜けた声を出した。が、竜太郎は一向に頓着することなく言葉を続ける。
「こういう事件は動機面が重要だからね。全員に動機がある。それなら、全員が共犯でも成立するし、一番発覚しにくいだろう。なにより、意外性があっていいじゃん。これにて解決」
「いいじゃん、じゃないですよ。違います」
「なに、違うのかい。というか龍二君、『違う』とはどういう事だい。ひょっとしてこの事件、未解決の物では無いのかい」
龍二は、しまったと思ったがもう遅い。ここは正直に話すしかないだろう。
「はい。実はすでに解決済みの事件です」
「ええ、未解決がよかったなあ。つまらないなあ」
竜太郎は不満そうに鼻を鳴らした。仮にも元・捜査一課の刑事が、あの酷い推理とも言えない推理でよくここまで文句が言えるものだ。かつては「
「義父さん、とにかく違いますからね。だいたい、実際に推理は間違っているわけですから、これでは探偵業は無理なんじゃないですか。はい、じゃあこれでこの話はお仕舞という事で」
「待った待った。本気を出すから。えーっと、そうだ、実は被害者の自殺だったんだよ。物音がすると言って気を逸らせた隙に毒物を自分で入れてだね……」
龍二が話を終わらせようとしたので、竜太郎は慌てて新たな推理を――、いや、珍説を披露し始めた。これがかつて師事し、憧れた大先輩かと思うと泣けてくる。こうなったら、聞くだけ聞いてあげよう。
「なんで被害者が自殺しなくちゃならないんですか」
「それはだね、うーん。後妻と部下には浮気されて、息子はどうしようもない。それで絶望して自殺する気になった……とか。なるべく皆に迷惑がかかるシチュエーションで。一種の当てつけだろうね。ね?」
先ほどまでの自信満々の態度はどこへやら。竜太郎は安楽椅子の上で巨躯を小さく丸め、上目遣いで尋ねてくる。
「ね、じゃないです。被害者はそんなタイプではありませんでしたよ。大体、そんな嫌がらせをする気なら、先に財産分与を済ませてからやりそうなものじゃないですか。犯人は既に逮捕されています。4人のうちの一人でしたよ」
「4択かあ。じゃあA婦人?」
「じゃあって、推理はどうしたんですか。当てずっぽうで答えないでくださいよ。クイズじゃあるまいし」
龍二が冷たい目で言い放つと、竜太郎は急に膝を抑えてブツブツ言い始めた。
「あ痛たた。ああ、義理の息子の視線が冷たい。冷たすぎて膝が痛む。昔は現場であんなに世話をしてあげたのに。冷たい。冷たいなあ」
「何めんどくさい事言い始めてるんですか」
「いや実際私は冷え性だし、この季節は寒くて頭の回転がね。暖かければ本気出るんだけどなあ。ああ、指先と踵が特に冷える」
「そういうレベルの推理じゃなかったですよ」
「あとお腹も空いてるし」
「どんどん話がズレてくじゃないですか。とにかく、探偵業はちょっと考えなおして下さいね」
龍二は念を押したが、竜太郎はそれには答えず、ポンと手を打った。
「そうだ、龍二君。時間も時間だし、ご飯を食べに行かないか」
聞こえない振りで誤魔化したな、と思ったがそれには触れずに頷いた。時刻はもうすぐ19時になろうとしている。龍二としても、小腹が空いているのは本当だ。
「……わかりましたよ。どこにしますか」
「それは任せておいてくれ。よし、じゃあすぐに支度しよう。この時間なら丁度いい。ああ、龍二君、お風呂セットを持っていくようにね」
「へ? お風呂セットですか。どこに行く気なんですか」
竜太郎はニヤリと笑って指を立てた。
「ちょっと行った所にあるお風呂屋だよ。あそこなら良く温まって、お食事もできる。そして――、推理もね」
竜太郎は、まだあきらめてはいないのだろうか。龍二は半信半疑で頷いた。とりあえず風呂に食事ができるのであれば大歓迎だ。推理は――、推理は、まあいいだろう。好きにさせておこう。義父も本気で言っているわけではあるまい。照れ隠しに冗談程度で言ったのだろう。
龍二はそう考えて支度を始めた。探偵が本気だとは思いもせずに。
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