探偵は謎に挑む

「とある瀟洒な屋敷の主人が、お茶をしている最中に毒殺された事件がありましてね。屋敷の住人から連絡があって駆け付けた時には、既に被害者は亡くなっていました。事件発生時、現場には被害者を含め、5人の人物が同じテーブルに着いていたんです」


 龍二が話し始めると、竜太郎はメモを取るでもなく、目を細めて頷いた。そして、傍らにあるホワイトボードを手で示した。


「ふむ。有力な容疑者が4人か。龍二君、そこのボードにまとめてくれるかね」

「了解です。しかし義父さん、こんな物まで買ったんですか」

「それっぽくていいだろう。おっと、江美には内緒だぞ」


 竜太郎は片方の眉だけを上げてウィンクした。こんなデカい代物、隠し通せるわけがない。しかし、取りあえずは頷いておこう。江美は無駄遣いには厳しい。


「それで、被害者と容疑者は、それぞれどんな関係だったんだい」


「では、まずは被害者本人。年齢は62歳。屋敷の主人ですが、どうにも傲岸不遜ごうがんふそんな男でしてね、金はあるが方々に恨みも買っている。そんな男でした」


「なるほど。現場にいた4人も被害者に恨みを?」


「はい。まずは被害者の妻。A夫人とします。年齢は27歳。年の離れた後妻で、被害者とは完全に財産目当ての結婚でした。事件当時には被害者と折り合いが悪くなっており、愛人まで作っていました」


「ほう。一人目から凄いね」


「その愛人というのが同席していたB氏。35歳。被害者の個人秘書をしており、日ごろ無理難題を押し付けられていたそうです。どうも被害者はこの2人の関係には薄々感づいていたようで、離婚も視野に入れていた節がありました」


「妻とその愛人が一緒のテーブルに着いていたのか。それはそれは」


「同じく同席していたのがC氏。彼は被害者と前妻との間に生まれた息子で、年齢は32歳。筋金入りの放蕩息子で方々に借金があり、困っていたようです。たびたび被害者に無心していましたが、けんもほろろに突き放され、法的にも財産が渡らないような対処をするぞ、などと罵倒までされているのを度々目撃されています」


「なんとも物騒なテーブルだね。それで、最後の一人は」


「はい。D嬢。年齢は26歳。屋敷の家事全般を一手に任されていた女給さんというか、家政婦さんというか。――いわゆるメイドさんですね。被害者からは度々セクハラまがいの行為をされており、しかも、事件の数日前に急に解雇を言い渡されました。なんでも、1週間以内に荷物をまとめるように言われたとか」


 龍二が4人の容疑者の情報をボードに書き込むと、竜太郎は眼鏡を取り出し、白髪交じりの顎髭を軽く撫でてそれを眺めた。


「なるほど。全員に動機があるようだね」


「ええ、それに加えて、被害者は近々財産の生前分与について話をすると言い出して、屋敷の関係者はピリピリしていたようです」


「ふむ、犯人にとっては、都合の悪い事が起きるかもしれない、切羽詰まった状況だったようだね。それで、毒物と言うのはどうやって飲まされたんだい?」


「被害者の飲んだ紅茶、正確にはアイスミルクティーからです。毒物は青酸化合物で、被害者のグラスに残っていた紅茶と、それをこぼした時に拭いたのであろう台布巾からのみ検出されました」


 龍二はボードに「毒物:被害者のグラスと台布巾からのみ」と書き加えた。


「紅茶。被害者は日常的に紅茶を飲んでいたのかね」


「毎日飲んでいたというわけではなく、時々思いついたように飲んでいたようです。その日も突然、被害者が3時のお茶会をしようと言い出したとか。生前分与の件もあったので、皆、しぶしぶ従ったようですね」


 そう言いながら、龍二はボードの被害者の欄に「アイスティー、ミルク、シロップ」と書き加えた。すると、竜太郎が尋ねる。


「そう分けて書くという事は、各人で飲んだものが違うのかね」

「その通りです。事件当時、関係者が飲んだものは次の通りになります」


 龍二はボードの各人の名前の後ろにも、各人の飲んだものを書き加えた。


---

被害者:アイスティー、ミルク、シロップ

夫人A:紅茶、ミルク、砂糖

秘書B:紅茶

息子C:アイスティー、シロップ

女給D:紅茶、砂糖

---


「紅茶は全て同じポットから注がれています。ミルクに砂糖も同様で、同じミルクポットと砂糖壺を利用しています。シロップだけは個別の包装でした。喫茶店によくあるガムシロップ方式ですね。これらは全て、D嬢が準備しています。また、紅茶とアイスティーを給仕したのもD嬢ですが、ミルクやシロップは、それぞれが自分でグラスやカップへと入れました」


「ふむ、亡くなったのが被害者だけという事は、あらかじめポット内の紅茶に毒が混入されてはいなかったのだろうね。紅茶を飲むか、アイスティーを飲むかはあらかじめ決まっていたのかい?」


「いえ、その場で一人ひとりに確認したそうです」


「と、なると、あからじめカップやグラスに毒が塗られていた可能性は低いというわけか。そしてミルクと砂糖は共通のポットとなると、こちらも被害者を狙い撃ちするのは難しい。一番可能性があるのは、何者かが、シロップに毒を混入していたか、あるいは、隙を見て被害者のグラスに直接毒物を混入したセンが高い、といったところかな。そういった隙はあったのかい」


 竜太郎の問いに、龍二は頷いた。


「微妙ですが、ありました。皆に紅茶を配り終えて席に着いたとき、急に被害者が『何か庭の方から物音がしないか』と言い出したそうです。皆でしばらく其方を向いて耳を澄ませていましたが、結局何も聞こえず、気のせいかという事になったそうです。隙と言えば、この時に被害者のグラスに毒物を混入できたかもしれません」


「それが可能な位置関係に居た人物はいるのかい。つまり、被害者が庭を向いたとき、死角となる位置に座っていた人物が」


 龍二はボードにひとつの円を描き、その周りに星型になるように5人の座った位置を記した。


「一同が囲んでいたのは、屋敷内の庭に張り出したウッドデッキ上の丸いテーブルです。庭を正面に見据える位置に被害者が座り、その右隣りからA婦人、B氏、D嬢、C氏の順にぐるりと輪になるように座っていました。被害者の真正面が庭方向になりますので、死角になるような人物はいない事になりますね。ただ、両隣であれば毒物を混入する事は可能といえば可能でしょう」


「なるほど。B氏とD嬢は位置関係的に少し遠くて厳しそうだね」


「そうですね。距離もそうですが、位置的に、毒物を入れようとすると被害者と向き合う形になります。ちょっと難しいでしょうね。それから……」


 先を続けようとすると、突然竜太郎がそれを手で制した。


「龍二君、もういい。十分だ」

「はあ」


 そして一呼吸置くと、高らかに宣言した。



「謎は全て解けた」



 探偵は安楽椅子の上で、圧巻のドヤ顔を決めていた。龍二はしばらく呆気に取られて見つめていたが、我に返って確認した。


「……本当ですか、お義父さん」

「ああ。龍二君」

「はい」

「このセリフ、一回言ってみたかった」

「知りませんよそれは」


 竜太郎はヌフフと探偵らしからぬ悪そうな顔で笑うと、パイプをひとつ吸った。先ほどの煙で懲りたのか火はついていない。あくまでポーズだけだ。


 何やら不安が拭えない龍二をよそに、竜太郎は初めての推理を披露し始めた。


「私にはすべてお見通しだ。犯人は――」

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