探偵は事件をせがむ

「というか義父さん、探偵を始めるのなら警察辞めずに、伝承官でんしょうかんの打診を受ければ良かったじゃないですか。皆その方が喜びますよ」


 龍二りゅうじの義父であるやぐら竜太郎りょうたろうは今年60歳を迎え、静岡県警刑事部捜査第一課を退職した。つまりは今年の春先までは現役の刑事というわけだ。現役時代は、犯罪の全体像、つまりは「スジ」を読み解く才能に優れ、「筋読みの櫓竜ロウリュウ」の通り名を持つ名刑事だったのだ。


 義父は、その数々の事件を解決した功績から、定年後も捜査技術を指導する嘱託職員である「伝承官」への転身を打診されたのだが断り、富士山麓の田舎に引っ込んで隠居暮らしを始めたのだ。のんびりと釣りや庭いじりでもするのだろうと思っていたのだが、蓋を開けてみれば、だ。


「だって面倒じゃないか龍二君」

「え」

「伝承官になったらなったで、退屈な講義か、現場捜査に駆り出されるかだろう? もう地道な捜査は飽きた。そういうのは任せたよ、水田みずた警部補」

「飽きたって、義父さん。そりゃまあ、仕事ですから捜査はやりますけどね」


 竜太郎の義理の息子である所の水田みずた龍二りゅうじも、県警捜査一課の刑事だ。義父である竜太郎は、つい先日まで上司でもあった。機動捜査隊から引っ張られて一課に配属されたとき、初めてコンビを組んだのが竜太郎だったのだ。


 その後、なんやかんやのご縁があり、竜太郎の娘である江美えみと結婚し、「筋読みの櫓竜ロウリュウさん」とは、上司でもあり、義父でもある関係となった。今では一人娘の茉佑まゆも4歳になり、かつての敏腕上司もすっかり「じいじ」が板に付いている。鋭かった目も、以前と比べてずいぶんと優しくなった。定年を迎えて落ち着いたかと思っていたが、どうもそうではなかったようだ。


「私は安楽椅子探偵というのをやってみたいんだよ。こう、座って聞くだけで事件解決というやつ。あれね」

「あれね、じゃないですよ」

「杉下警部とか榊マリコさんとかさ」

「めちゃくちゃTVの影響受けてるじゃないですか。それにあの人たち、結構足使って捜査してますよ」

「まあまあ、そう言わずにお試しと思ってさ。ほれ、何かあるだろう?」


 竜太郎は期待に目をキラキラと輝かせてこちらを見ている。とても還暦を迎えた男性の目とは思えない、まるで4歳の茉祐のような純真な瞳だ。マジですか義父さん。仕方がない。何か適当な事件の話をしてお茶を濁すとしよう。


 とはいえ、現在進行形の案件を話すのは少々まずい。義父の知らない解決済みの事件は無かっただろうか。そう考えた龍二は、愛知県警の刑事から聞いた事件を思い出した。これなら丁度良さそうだ。


「じゃあ、そうですね。――とある瀟洒な屋敷の主人が毒殺された事件がありましてね」


 龍二がそう切り出すと、竜太郎は肘掛けに腕を置き、身を乗り出すようにして話を聞く体制を取った。

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