探偵はマッサージチェアで推理する
ひととおりの初動捜査を終え、明日以降の捜査方針の打ち合わせが済んだのは、日付が変わる頃だった。龍二はひとまず仮眠を取るためにホテルへと戻った。江美と茉祐はぐっすり寝ている。一応、竜太郎に声をかけておこうと部屋へと向かうと、通路においてあるマッサージチェアの上で、見慣れた巨体が揉まれていた。
「おかえり龍二君。遅くまでご苦労様」
「ありがとうございます。これ、よさそうですね」
龍二も隣のマッサージチェアに腰掛けた。思ったよりも深い。動かそうと思ったが、あいにく小銭を持ってこなかったので、そのまま話を切り出した。
「義父さん、事件ですが、ちょっとかかりそうです。これから仮眠して、朝には現場に直行しなくてはいけません。申し訳ないのですが、江美と茉祐を家まで送ってもらえませんか」
「お安い御用だよ。チェックアウトしたら静岡まで車を出すよ」
「ありがとうございます。せっかくですから、そのまま帰らずに、家でゆっくりしていってください。明日にはいったん戻りますので、お礼に飯でも……いや、サウナでもおごります」
「おお、気を使わなくてもいいのに。でも、サウナなら大歓迎だ」
竜太郎は、「おぅ」だの「くっ」だのとうめき声を上げながら、嬉しそうに頷いた。気持ちよさそうで何よりだ。こうしているのを見ると、かつて龍二の上司として県警で活躍していたのが信じられないくらい普通の爺ちゃんだ。ちょっとサイズは大きめだが。
「そうだ。義父さん、風呂場で助けた人がいたじゃないですか。さっき行った現場、あの人のお宅だったんですよ」
「ええ? そんな事もあるのかね。じゃあ、あの人のご家族が被害に?」
龍二は話そうかどうか迷ったが、これでも竜太郎は、現役当時「筋読みの
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「と、いうわけなんです」
「ふむ。なるほど。羽賀による衝動的な犯行の可能性が濃厚だが、いくつか附に落ちない点がある、と」
龍二がひととおりの状況を説明すると、竜太郎は何度か頷いてニヤリと笑った。嫌な予感がする。
「龍二君、探偵の力が必要なようだね」
「ええ、まあ。何か気づいた点が少しでもあれば是非……」
「謎は全て解けた!」
「全て」
竜太郎はびしっと人差し指を龍二に向けてきた。大丈夫だろうか。マッサージチェアに揉まれて指がフラフラ揺れているのがいっそう不安を掻き立てる。
「犯人は間違いなく俊之だ。彼がわざわざ風呂場で倒れたのは演技だ。死亡推定時刻に、犯行現場にいなかったことを印象付けるためのアリバイ工作だったんだよ」
「はあ」
「彼が一日中静岡に居たというのはウソだ。昼過ぎあたりに戻ってきて被害者を撲殺し、氷を使って遺体を冷やすことで浴槽で死亡推定時刻の偽装を行い、アリバイ作りの為に浴場に来たというわけさ」
「氷を使って偽装工作を」
「その通り」
「でも義父さん、氷で冷やすという事は、犯行時刻を実際よりも前の時間に見せたいわけですよね」
「ああ。遺体が冷たいほど、時間が経過していると判断するわけだからね」
「そうなると、昼過ぎの犯行が、朝方にずれませんか?」
「その通り。……あれ?」
「風呂に来る意味ないじゃないですか」
「そうなっちゃうね」
「なっちゃうねじゃないです」
気まずい沈黙が廊下に流れた。聞こえるのはマッサージチェアの作動音だけだ。竜太郎は、さすがにまずいと思ったのか、取り繕うように質問を投げかけて来た。
「あっ、俊之が朝方に静岡にいたという証拠はあるのかい? 無ければ、朝方にやったんだよ」
「あります」
「あるんだ」
「用宗港の食堂で漁師さんと一緒に生シラスを食べている写真を見せてもらいました。ちなみにお昼はサクラエビのかき揚げ丼を食べている写真が」
「お昼まで海の幸を……。あっ、海の幸と言えば鱒。鱒だよ龍二君」
「はい、そこは気になっている所でして」
「龍二君が頼んで食べられなかった鱒の海鮮丼、あれ絶品だったよ」
「鱒って、そっちの鱒ですか。事件から興味が逸れちゃってるじゃないですか」
「茉祐ちゃんも美味しいって喜んでたよ」
「義父さんと茉祐が喜んでたなら、まあいいですけど」
竜太郎は目を合わせようとせず、しきりに料理の話をしている。そして、急に何か思いついたというように、ポンと大きく手を合わせた。
「それにしても冷えてきたね。そうだ龍二君、せっかく大浴場があるんだ。仮眠する前に、もうひと風呂浴びて行かないかい」
誤魔化したな。龍二はそう思ったが、黙って頷いた。よく眠るためにもリフレッシュするのは悪くない。――それに、サウナであればあるいは。
かくして2人はいそいそとお風呂セットを準備し、大浴場へと向かった。
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