探偵は安楽椅子に座る

龍二りゅうじ君、どうだね、この椅子は。良い椅子だろう」


 11月も半ばに入り、そろそろ寒くなってきた日の夕方。龍二が義父ちちに促されて書斎へと入ると、革張りのロッキングチェアが鎮座していた。カラメルソースのように深く光沢のある背もたれを、優美な曲線を描く木製のアーチが支えている。美しい。


「いいじゃないですか義父とうさん。アンティークの趣味なんてあったんですか」

「いやいや、これは新しい仕事のためにわざわざわざ買ったんだよ」

「新しい仕事……? いったい何を始めるつもりなんですか」


 義父の竜太郎りょうたろうは笑みを浮かべ、その某フライドチキンチェーンの立像かのような巨躯を深々と椅子に沈めた。きぃと音を立て椅子が後ろに傾く。そのまま足を組もうとしたが、腿の肉が邪魔して上手く組めないようだ。しばしの格闘の末、あきらめて足首から先だけをちょこん、と組むと誇らしげに宣言した。


「探偵だよ。龍二君。今日から私は、探偵・やぐら竜太郎りょうたろうだ。さあ、未解決の事件があればなんでも聞き給え。お代は初回サービスに家族割りで今なら無料だ」


 義父は、どこで手に入れたのかパイプまで取り出した。ゆっくり火を点け煙を吸い込んだが、慣れていないのだろう、盛大にむせた。さらには、衝撃で持病の膝が痛んだらしく手で押さえて顔をしかめている。大丈夫なのだろうか。何やら不安な雲行きだ。龍二は、この場に妻の江美えみがいなくて良かったと心から思った。


 何はともあれ、これが我が家の誇る名探偵誕生の瞬間なのであった。

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