## コミカライズ御礼ショートストーリー
## コミカライズ御礼SS:探偵は刑事と共に柄杓を持つ
「龍二君、そこを抑えていてもらえるかい。私はこっちを引っ張るから」
「わかりました」
静岡県警捜査一課の刑事である
一九〇センチ近い巨体を丸めている竜太郎は、かつて県警捜査一課で龍二の上司であった元刑事だ。現役時代は事件全体の筋書きとなる全体像――いわゆる「スジ」を読み解く才に優れ、「スジ読みの
龍二とコンビを組み、「県警の
そんな刑事と探偵が河原で腰を屈め、何をしているかというと、現場検証――ではなく、テントの設営だった。隠居した竜太郎がアウトドアに目覚めたのか、テントをレンタルして設営の練習をしたいと言い出したのだ。しかし、一人ではどうにも手が足りない。そこで龍二に白羽の矢が立ち、2人揃って河原に繰り出したというわけだ。
また竜太郎のいつもの思い付きか。龍二は呆れてみせたが、内心、ホッとしていた。まだまだ老け込むには早いとはいえ、竜太郎は水田家とは離れた場所で一人、隠居暮らしをしている。鬱々と塞ぎこまれるよりは、こうして元気に外へと出てくれた方が安心する。――少々元気すぎるきらいもあったが。
あちらを引っ張り、こちらにペグを打ち、紐を張ったりしているうちに、こじんまりとしたテントが立ち上がった。
「よしよし。いいじゃないか」
「はい。いいですね。この大きさなら
「そうだね。でも、今日一緒に入ってもらうのはあれだよ」
そう言うと竜太郎は傍らに置いてある大きなバッグを指した。
「あれはなんですか?」
「フフフ、龍二君、ストーブだよ。サウナストーブさ」
「サウナストーブ」
竜太郎が嬉しそうにバッグを開けると、中からは銀色に光る耐熱ステンレス鋼ストーブが顔を出した。竜太郎は龍二の方を振り返って自慢げに目を輝かせている。なんですかそのドヤ顔は。子供か。
しかし、龍二もサウナストーブには興味が無いわけではない。むしろある。さっそく組み立て、テントの中に運び入れる。テント上部には鉄板で保護された煙突用の穴が開いており、そこから連結した煙突を突き出せるようになっていた。
穴の位置とストーブの位置を調整して煙突を出すと、仕上げにストーブの上に
「石まで付いてくるんですね」
「ね。ちょっと重いけど本格的でいいじゃないか。よし、完成したね。ささ、じゃあ薪とベンチを持ってきて、早速試してみよう」
竜太郎は飛ぶ様にしてテントから出て行った。外は12月の寒空だというのに滅茶苦茶元気だ。いつも痛い痛い言っている膝はどうしたんですか。龍二は苦笑して後に続く。
###
ストーブからは、ぱち、ぱちと薪の爆ぜる音が聞こえる。テントの中は既になかなかの温度になっていた。ダウンジャケットのようにモコモコした壁の生地は、かなり断熱性能が良いようだ。外からは小さく川のせせらぎが聞こえてくる。
持参した水着にTシャツ姿の龍二は、額の汗をぬぐってTシャツを脱いだ。竜太郎はと言えば、既に水着一丁にサウナハットを被っている。
「思ってたより全然温度高いですね」
「そうだね。これはいいねえ」
温浴施設の熱さとはまた違う、テント内での熱さ。背中を向けている壁側は、外気に近いためそれほど熱くないのだが、ストーブと正対している体の正面はかなり熱い。部屋の熱さに加え、焚火の前で暖まっている時のようなグリル感がある。気持ちいい。肩や胸に、見る間にぷっくりと球の汗が浮かんできた。
と、竜太郎がなにやらベンチの下から取り出した。目を向けるとそれは、ステンレス製の水筒だ。何か飲むのだろうか。そうか。温浴施設ではサウナ内での飲食は禁止されているが、テント内であれば自由だ。冷たいものを飲みながらサウナに入るなんて事も可能だ。飲み物だけでなく、その気になれば、中でアイスクリームや冷凍みかんを食べる事さえも。
……アリだな。龍二がそう考えていると、竜太郎はゴソゴソとを小さな柄杓を取り出し、そこへと水筒の中身を注いだ。柄杓? なぜ。
「義父さん、なんでまた柄杓に注ぐんんですか。鏡開きじゃあるまいし」
「え? ああ、そうかそうか。これは飲むんじゃないんだよ」
「飲まないんですか。じゃあ、何に使うんですか」
竜太郎はニッコリと笑うと、柄杓の中身をサウナストーンへとかけた。
――ジュワアアアアアア……。
たちまち熱せられた石が蒸気を発生させる。そして、やや間をおいて、蒸気が頭上から熱波となって降り注ぐ。頭や背中、そして腕、胸、つま先までが順番に熱波に包まれていき、汗が噴き出す。気持ちいい。
「ああ、ロウリュ用だったんですか」
「そうそう。いやあ、最高。いや、最の高だねえ」
「いいですねえ。それにしてもこの香り。なんですかこれ」
「フフフ、白樺のアロマ水なんだよ。これ」
竜太郎は水筒を軽く掲げて振って見せる。
「そんなのあるんですか」
「うん。麦茶のパックみたいになっててね。これは、お湯で煮だすタイプの奴。それを入れてきたんだよ。もう1杯かけてもいいかい?」
「お願いします」
竜太郎は再び柄杓へとアロマ水を入れ、サウナストーンへとかける。くるん、と手首を返してロウリュを打つ様がなんだか得意げだ。打ち水ならぬ、打ちロウリュ。ジュワアアア……という音。そして頭上から熱波、白樺の香り。これは気持ちいい。
2人はしばらく目を閉じて、熱と香りと、そして音を堪能した。
「そういえば、そろそろクリスマスだね」
「はい。茉祐へのプレゼントも用意しました」
「そうかそうか。龍二君と江美はもうしばらくはサンタだね。そういえばね、サウナが盛んなフィンランドでは、クリスマスにサウナに入るという習慣があるそうだよ」
「クリスマスにですか」
竜太郎いわく、フィンランドでは、クリスマスに入るサウナの事を「ヨウルサウナ」と呼び、普段のサウナ浴とは少し違う特別なサウナと捉えているそうだ。クリスマスの夜にやってくる精霊たちを清い体で迎え入れられるよう、サウナに入って心身をととのえる、という習慣だという。
「家族でサウナに入ってね、そして、最後に薪を数本ストーブに足してから出るそうだよ」
「出るのに足すんですか? なぜなんです」
「精霊のために熱を残しておくためだよ。人が入った後は、精霊をサウナでおもてなしするのさ。日本でいうお盆の迎え火や精霊馬みたいな感覚なんじゃないのかな」
「へえ、面白いですね」
存分に温まった2人は、テントを出るとそのまま川へとざぶざぶと入っていった。熱せられた肌に流水が気持ちいい。龍二は川べりに寝転んで頭の後ろまで水に浸かった。耳元では川が囁き、鼻には苔の香りが届く。まるで自然と一体になったかのような感覚だ。
数秒そうして目を瞑っていたが、流石に師走の川は冷たい。軽く頭を振って川を出ると、キャンプ用の椅子に腰かけて休憩をする。
「いやあ、野外でサウナもいいですねえ」
「だね。思ってたよりずっといいよ。こうなると、欲しくなっちゃうよね……」
「義父さん、江美が」
「うむ」
竜太郎の娘であり、龍二の妻である江美は無駄遣いに厳しい。特に竜太郎はホイホイと余計な物を買う
「龍二君」
「はい」
「もしその時が来たら、頼むよ」
「……買う気なんですか」
「クラウドファンディングで安く売ってるところがあってね」
「調査済みですか」
「大人気で届くのが3月なんだよ」
「買ってるじゃないですか」
「設営手伝ってね」
「まあ、それは手伝いますけど」
大丈夫だろうか。いや、まちがなく大丈夫ではない。が、今は考えるのを止めよう。サウナだ。サウナに忘れさせてもらおう。
2人がテントの中へと戻って行くと、竜太郎が水筒を取り出し、再び柄杓でロウリュを打つ。
「そう言えばフィンランドではね、『サウナに入ったら、まず、2杯のロウリュを打ちなさい』と言われてるそうなんだよ」
「へえ。2杯の。サウナ室を暖めるためでしょうか」
「もちろんそれもあるよ。でも、それ以外の意味もあるんだ。『1杯目のロウリュは、1日頑張った自分のために打ちなさい』と」
「自分のため。いいですね。じゃあ2杯目は」
「『2杯目は、サウナの精霊”トントゥ”のために打ちなさい』ってね」
「精霊のため、ですか」
「そうだね。クリスマスのヨウルサウナといい、2杯目のロウリュといい、フィンランドの人は『サウナは自然と一体になる場所』というような感覚があるんだろうね。だから、自分と、そして精霊のためにロウリュを打つんだ」
自分と自然のため。なんともリラックスできそうな考え方だ。そして、順番がいい。最初に自然ではなく、自分が来ているのがまたいい。誰かのためでも自然の為でもなく、まずは自分のために。サウナとは、そういうものなのだろう。
龍二がそう考えていると、竜太郎が2杯目のロウリュを打った。入り口を開け閉めして下がっていたテント内の体感温度がぐっと上がる。が、まだ少し物足りない。それを察したのか、竜太郎は3杯目のアロマ水を柄杓に注いだ。
「柄杓を買う時に、ちょっと迷ってしまってね。一番小さい奴を選んだのがいけなかったかな。これ、お茶の
「確かに、小さいですもんね。義父さんが持つと特にそう見えますよ」
「ふふ。もう1杯かけておこうか」
「はい。でも、3杯目ですか。自分と精霊と、……次は何のためにかけます?」
龍二が尋ねると、竜太郎はにっこりと笑った。
「それはもちろん、家族のために」
龍二が笑顔で頷くと同時に、ジュワアアアアア……とテント内に蒸気の音が広がる。たちまちテント内は、気持ちの良い熱気に包まれていった。
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■お知らせ
拙作「探偵はサウナで謎をととのえる」が、秋田書店様より1月6日発売「月刊ミステリーボニータ2022年2月特大号」より、たうみまゆ先生の作画でコミカライズ連載が始まります。
ひとえに、応援していただいた皆様のおかげです。ありがとうございます。コミカライズ版の方も、併せてよろしくお願いします。
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