刑事は現場を検証する
龍二は竜太郎を置いて、静岡南警察署へと向かった。南署の署員の多くは顔なじみだ。早速一課へと足を運び、同期の
「前田、なんだかおかしな事になってるそうじゃないか」
「よう、水田。お前が来たのか。中山君が来ると聞いていたんだけどな」
「あいつもそのうち来る。たまたま俺の方が南署に近い場所にいたんで、先に着いただけだ」
「そうか。今から現場に向かうが、お前も来るか?」
「ああ。場所は?」
「
前田の車に同乗して着いた先は、4階建てマンションだった。ワンフロアに3世帯、現場となったのはそのうちの3階にある一室だった。広々とした4LDKには、対面式のキッチンにウォークインクローゼットまで備え付けられている。
被害者が倒れていたのは、玄関を入ってすぐの所にあるリビングダイニングキッチンだった。現場の床には、まだ血痕が点々と残されている。
「被害者はここの住人なのか」
「ああ。
「鍵がかかってたのか」
「そうなんだよ。待っている間に意識を失ったんだろうな。慌てて管理者へ連絡してスペアキーで開けて貰った時には、既にここで倒れていたそうだ。直ぐに搬送されたが、手遅れだった」
「そうか。家の中には被害者だけしかいなかったのか?」
「いや、1歳になる娘もいた。こちらは寝室で眠っていて怪我は無い。まだ、何が起きているのかもわからないんだろうな。念のため病院での検査後に、児童相談所で預かって貰う手はずになっている」
子供も一緒に室内にいたと聞いて、龍二は胸が締め付けられるような気持になった。怪我や怖い思いをしなくて本当に良かった。
「それで、捜査体制を整えているところに、容疑者が自首してきたってわけだ」
「しかも2人な」
「ああ。訳が分からんよ。」
前田は腕組みをして首を捻っている。
「ひとり目は被害者の妻の
「そうなると、正当防衛か」
「言っていることが正しければな。被害者は腹部を刺されたまま、ダイニングキッチン横の玄関へと被害者を押し込み、家から叩き出して鍵をかけたそうだ。反撃を恐れたんだろうな」
「それで鍵がかかっていたんだな」
「ああ、状況的には密室殺人事件だったってわけだ。1課の連中も色めき立ったんだけどな。ただ、容疑者がすぐに名乗り出てきたから、スピード解決する――はずだったんだけどな」
龍二は前田の話を聞きながら、床に着いた血痕を目で追っていた。キッチン中央のテーブル近くが一番血液の量が多く、そこから玄関側へと点々と跡を付けている。さらには、量はそれほどでもないが、壁際の電話の置いてある箇所と、窓の方にも痕跡があった。
窓の鍵を開けて覗いてみると、そこはバルコニーになっており、干したままの洗濯物が風に揺れていた。龍二は顔をひっこめて、前田に話の続きを促した。
「もうひとりの容疑者ってのはどういう奴なんだ」
「ふたり目は被害者の友人の
「なるほど。一応恋敵って事になるのかな」
「まあ、そう言われるとそうなるかな。ただ、今の関係はちょっと違うな。実は少し前、小弓容疑者はウチの
「そうなのか。その時はどう対応したんだ」
「本人の希望もあって、保護命令までは出してない。離婚も視野に入れて相談をしたが、TVに復帰するプランもあるそうで、できれば穏便に解決したいとの事だったそうだ」
なるほど。言葉は悪いが、先手を打ったというわけなのだろう。DV被害の認定があれば、離婚の際に有利な条件を引き出せる。
「それで、なんでその医者が自首してきたんだ」
「ざっと話を聞いた限りではな、新浜は今朝、被害者宅へ顔を出したそうなんだ。DVの件があるから、定期的に様子を見に行っているらしくてな。そこで被害者と話をしているうちに口論になって、思わず包丁で刺した、と。そして現場から逃走したんだが、思い直して自首してきた、と言っている」
「現場には小弓容疑者はいなかったと主張してるのか」
「ああ。被害者と2人だけで話していたと言っている」
小弓は自分が刺したと言い、新浜も自分が刺したと言っている。少なくとも、どちらか一方は嘘をついている事になる。どちらが、そして、何のために。
「水田、お前はどう思う」
「どちらかが、どちらかを
「なるほど」
「2人は互いが自首してきていることを知っているのか」
「いや、知らないと思う。こちらも言っていないし、もちろん別々の部屋で拘留している。それぞれ、なんらかの手段で被害者が刺されたことを知って、それぞれに自首してきたという事だな」
「あるいは、どちらかが相談したセンも」
「ああ、そうなると、2人は割と親密な関係にあったのかもな。その辺りをぶつけてみて反応を見てみるか。水田、頼めるか」
「ああ。だが、そういうのは、俺より中山の方が向いてそうだけどな」
「今回に限っては駄目だ。中山君、彼、そっしーの大ファンだろ。電話口でもわかるくらい舞い上がってたぞ」
龍二は中山からの電話を思い出して苦笑した。人懐っこい中山は、事情聴取の際に情報を聞き出すのが上手いのだが、今回ばかりは役に立たなさそうだ。
「わかった。じゃあ俺は戻って、
「おう、こっちはこっちでもう少し調べてみる」
龍二は前田と別れ、南署で待つ2人の容疑者の元へと向かった。
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