探偵は謎をととのえる

「君たちの動画、ひと通り見せてもらったよ。エレベーターの出口にラップを張って待ち伏せたり、座っている所を飛び越えざまにパイをぶつけたり。いろいろやっているね」

「はあ、まあ。見ていただいてありがとうございます」


 竜太郎の言葉に宮崎が愛想笑いを返す。その表情は、どこか不安そうだ。


「どれも、馬マスクが体を張るものばかりだね」

「あのマスク被ってると絵的に面白いかなって思って。何か問題ありますか?」

「いいや。問題ないよ。ただ、だんだん回を重ねるごとに、どんどんとエスカレートしているね。馬マスクはずいぶんと酷い目に遭っている」

「同じだと飽きられちゃうんで。あれ考えるの大変なんですよねー」

「電気ショックに消火器噴射、接着剤付きの椅子、池へ突き落とす、座っている間に両足の靴紐をこっそりひとつに結び、財布を奪って追いかけさせて転倒させる。どれも大変だ。随分と怪我も多いんじゃないのかい。その足首みたいに」


 宮崎は一瞬キョトンとしたが、慌ててを抑えて「そうなんですよね」と顔をしかめて見せた。語るに落ちるとはこの事だ。龍二は冷ややかな目で黙って自分の左足首を叩いて見せた。その意味に気づいたのか、宮崎が蒼ざめる。


「やはり、怪我などしていないようだね。あんなに激しいスタントまがいの事をしていながら、君の体には傷ひとつない。それはそうだろうね。何故なら君は、馬のマスクを被ってスタントなどしていないからだ。今回だけでなく、今までの動画でマスクを被っていたのも、全て岬君だったのだから」


「なっ……違う! あれは僕が……」

「もうやめろ、岳」


 宮崎が反論しようとするのを、星野が制する。


「その通りです。岳はトークだけ。体を張るのは誠人マコトがやってました」

「ああ、病院に運ばれた岬君の身体には、あちこちに傷や痣があったそうだよ。今回の事故で負ったもの以外のね」


 星野は黙って頷いたが、宮崎と増田は必死で弁解する。


「だとしても……だとしても俺はその怪我には関係ない! 勝手に岬がヘマしただけですから」

「そうです! 岳ちゃんの方がトークスキルあるし、適材適所の演出って奴で」


 なおも言い訳を捜している2人に向けて、竜太郎はゆっくりと口を開いた。


「岬君はヘマなどしていない。それが問題なんだ」

「え?」


「あの穴を掘ったのは岬君だそうだね。つまり、あの穴の中央に石を置いたのも岬くんだ。そんな所に頭から飛び込む理由があるとすれば、それは自ら怪我をするためしかない。当たり所によっては命の危険すらある穴に、あんな風に飛び込んだんだ。ヘマなんかではない。あれはもう、――自殺だ。彼がヘマをしたとすれば、それは、怪我をした事ではない。自殺をしそこなったという事だ」


 サウナ室内が、しん、と静まり返った。自ら落ちるための穴を自分で掘る。そのとき、岬はどんな気持ちだったのだろう。あんな大きな穴を掘るまでには、随分と長い時間がかかっただろう。その間、彼は何を考えていたのか。その場面を想像して、龍二はぎゅっと拳を握った。


「岬君はそこまで追い込まれていたんだよ。頭を打ったら死ぬ。そんな当たり前の事わかっていただろう。それなのに、そんな怖いことを躊躇なくやってしまう程にね。1回だけのスタント代理だけで、そこまで追いつめられるなんてことはありえない。何回も、何回もやらされて、慣らされて、感覚が麻痺してしまったんだ。いいかい、これだけはハッキリさせておく。岬君が怪我をした原因の一端は、君たちにある。君たちは関係なくなどない。そこから目を逸らしていけない」


 3人は押し黙っていたが、やがて、静寂を破って星野がぽつり、ぽつりと話し出した。


「最初は俺と岳だけで他愛もない事やってたんです。でも、そのうち少し人気が出て、増田と誠人にも手伝ってもらおうって事になって。誠人はあまり乗り気じゃなかったんですけど、裏方ならいいよ、って事で。な?」


 宮崎と増田も、今度は素直に頷いた。


「ただ、少ししたら、人気が頭打ちになって。コメントも『つまらない』だの『ありきたり』だの。そんなのばっかで。焦ってイタズラを過激にしたんです。だけど、それでも伸びなくて。で、新しいメンバーでテコ入れしようって事になって、ただ増やしても駄目だろうから、誠人を女装させて無理やり出して。それで結構持ち直したんです。ちょうどその辺りで……」

「おい、風斗!」

「いや、この際言っておいた方がいいだろ」

「でもよ」


 生徒たちが何やら揉めだしたのを見て、竜太郎が仲裁に入る。


「ああ、わかっている。その辺りでもう一人加わったんだよね。波木井先生が」

「ええっ! なんでそれを……」

「探偵だからね。さ、先を続けて」

「え、はい。波木井先生に動画撮影している所を見つかって、怒られるかと思ったら、『面白そうだから協力しよう』って言い出して。それで、先生がいろいろと仕掛けたらしくて、一気に視聴数が跳ね上がったんです。どんどん人気も出て、どうやったのか、お金まで入ってくるようになりました。ただ、だんだんとイタズラの内容がエスカレートしてきて……。それで、誠人が『辞めたい』って言い出したんです。あいつ、元々そんな乗り気じゃなかったし」


 龍二は、ファミレスで見かけた波木井の腕時計や生徒たちのマフラーの事を思い出した。あれらは、動画で得た収入で購入していたのだろう。


「最初はなだめたり、説得したりして続けてたんですが、だんだんと皆イライラしてきて。半分冗談・半分本気で肩パンとかしてやらせるようになってきて。そのうち割とキツめに誠人に手を上げたり、裏方作業だけじゃなくてパシリみたいな事までやらせるようになって。その……、宮崎と増田だけじゃなく、俺もやりました。誠人に冷たく当たったり、怒鳴ったり、……蹴ったことさえあります」


 宮崎は、絞り出すような声で告白した。悲しいが、良くある話だ。龍二は何度も似たような場面を見て来た。イジリやイタズラのつもりが、手を出す方が慣れてしまい、どんどんとエスカレートして、次第にイジメへと発展していく。


 怖いのは、手を出すほうだけではなく、出される方までもが慣れてしまう事だ。それが当たり前と思ってしまう。惨い目にあっても、前回耐えられたのだから今回も耐えられると思って、耐えてしまうのだ。


 人間は、良くも悪くも慣れてしまう。だが、それは心身が強くなったわけではない。単に感覚が麻痺しているだけだ。その間に心や身体は、自分でも気づかぬうちに、どんどん傷ついていってしまう。


 ちょうど高温のサウナや低温の水風呂に慣れ、長い時間入りすぎてしまうように。本当はやりすぎなのに、慣れが、感覚の麻痺が、「大丈夫だ」と判断してしまうのだ。その間違った判断は、何かがきっかけで爆発し、心身が傷つく所までいかないと気づけない。


「あの撮影前、誠人は俺に言ってきたんです。『ごめんね』って。『ごめんね。風斗が好きなBOYS、俺、続けられなくしちゃうかも』って。いつもの辞めたいアピールかと思って、『またそれかよ、やる気出せよ。人気出てきてんじゃん。リアクションも評判良いし、お前すげー人気じゃんか。頑張れよ』って言ったんです。そしたらあいつ、笑って『リアクション凄いって言われてるのは岳ちゃんだし、人気あるのはミサマコとか言う奴で俺じゃない。あんな奴死ねばいいんだ』とか言って。その時は、くだらねーこと言ってんな、って思ってたんですけど、怪我したのを見て、ああ、誠人が言ってたのは本気だったんだって。なのに……なのに俺はあんな酷い事を。それで、何とかこの事を糾弾しようと思ったんですけど、……怖くて。なんとか俺と気づかれないで暴露する方法がないかと思って、探偵さんのところを見つけたんです。ほんと卑怯ですよね、俺。誠人はまだあんな状態だっていうのに」


 星野は両手で顔を覆って肩を震わせた。その肩に竜太郎は声をかける。


「君たちにひとつ確認させて欲しい。岬君が怪我をした後も撮影を続行していた場面の事だ。あの時カメラを構えていたのは岬君じゃない。波木井先生だね」


 下を向いていた3人が、一斉に顔を上げる。返事はしないが、その表情を見れば答えは明らかだ。


「やはりそうかね。波木井先生は、現場に行ったことがあるのを隠していた。そして、その痕跡は、なぜか車の後部座席にあった。つまり、現場から何かを乗せて、移動したことがあるという事だ。我々にその事実を隠したという事は、今回の事故に関わる事だったのだろう。では、いつ、なぜ現場に行ったのか。なぜ嘘を吐いたか。隠したいことは何だったのか。そこまで考えて分かったよ。波木井先生は、自分が君たちの動画に関わっていることを隠したかったんだ」


 竜太郎はそこで一息ついた。生徒たちの顔は青ざめているものの、まっすぐに竜太郎を見つめている。


「そして、現場から運んだものは何か。状況から考えて、それは岬君だ。彼は現場で既に、歩いたり自転車に乗ったりできる状態ではなかったのだろう。つまり、岬君は現場で意識を失って倒れていた可能性が高い。そうであれば、カメラマンをする事など無理だ。では誰が撮影したのか。それは君たち4人ではない5人目のメンバー、つまり、波木井先生だ。そういった事を露見するのを恐れて、彼は現場に行ったことは無いと嘘をつき、目先を現場に向かせないために、わざわざ岬君を学校まで運び、倒れたのは岩本山ではなく、体育館だと証言させたんだね」


 生徒たちはまたしても無言だった。しかし、ゆっくりと頷いた。龍二は憤っていた。本来であれば、教師の役割は、生徒が暴走した時にはその事を伝え、諭して良き道へと導くことのはずだ。サウナ室のサウナタイマーのように、冷静に、客観的に立ち位置を教える役目のはずだ。その教師が、諭すどころかそそのかし、あまつさえ生徒を犠牲にして自らの保身を図っている。恐ろしい事だ。


 そして、竜太郎は指摘していないが、もうひとつ恐ろしい事がある。岬が倒れた時、彼らは当たり前のように放置して撮影を続けた。恐らく彼らは、岬が意識を失う事に慣れていたのではないか。過去にも意識を失うほどの過失があり、その時はなんとか誤魔化せたがために、今回も同じようにすればいいと思っていたのではないか。その結果、意識を失ったまま何時間も放置され、やっと夜になって通報を、――それも嘘の通報をしたのではないか。龍二はそう問い詰めたくなる気持ちを、ぐっと堪えた。


「これがあの動画の『嘘』だ。私はこの事を報告に来たんだよ」


 竜太郎が話し終えると、サウナ室はまたしても静寂に包まれた。その静寂を破ったのは、宮崎だった。


「仕方なかったんです! 先生や、それに、視聴者の奴らがどんどんプレッシャーをかけてきて。無責任につまんないだのなんだの言うから! それで俺たちは……」

「わかるよ、宮崎君。私は最近の動画の事にはうといけどね、そういった無責任な野次馬みたいな人間は、嫌というほど見てきた。昔からよくいる手合いだ。安全な所から人が傷つくことを考えも気づきもしないで面白半分で茶化して、それが面白い事だとすら考えている。どうしようもないクズだ。ネットが普及した今では、誰でもそういった手合いの標的になってしまいやすいのだろうね。――だがね」


 竜太郎はいったんそこで言葉を切ると、額の汗をぬぐった。


「だが、だからといって、君も誰かを傷つけていいわけじゃない。立場の弱い誰かを、岬君を、追い詰めていいわけじゃあないんだ。自分がやってしまったことを、正当化していいわけじゃないんだ。そんなのは間違っている」


 さらに竜太郎は熱弁をふるう。


「君たちだけじゃない。岬君にしてもそうだよ。彼はおそらく、君たちや、無責任な連中への当てつけのつもりであんな事をしたんだろう。でも、それで何になるというんだ。岬君が怪我しても、ああいう連中は『自分は関係ないから』と、そ知らぬふりをして今まで通りに暮らすだけだ。何も変わらない。下手をすれば手のひらを返し、『こんなひどい事件があった。許せない!』なんて無関係を装って騒ぎ立てる事さえあるだろう。


 そんな連中のために怪我をしたり、命を危険にさらすなんて馬鹿馬鹿しいじゃないか。友達を追い詰めるなんて、馬鹿馬鹿しいじゃないか。怪我をするだけ損だ。あんな連中の為に体を張る価値なんてない。ましてや命をかけるなんて。君たちはそんな事に慣れてはいけないんだ。


 ああいった連中や、そして、自分の中の負の気持ち。そういう物を完全に無くすことは、とても難しくておそらくは無理だ。だけど、いったん冷静になって考えてみる事や、耳を貸さずに無視する事くらいならできるだろう。


 せめて君たちくらいは、今回、自分が何をしたのか、なぜそうなったのか、その結果、何が起きたのか真正面から見つめて、その上で向き合って欲しいんだ」


 生徒も、そして竜太郎も、汗まみれで、しかし、真剣に向き合っていた。やがて3人が頷くと、竜太郎も穏やかな笑顔で応じた。


 その時、増田がポツリと漏らした。


「探偵さん、結局俺らをどうするつもりなんですか。どうしたらいいんですか」

「どうもしないよ。私は報告に来ただけだからね。これでおしまいさ。今後君たちがどうするかは、君たち次第だ」

「はい。……それにしても、そこまでわかっていたのなら、なんで波木井先生を呼ばずに俺たちだけ呼んだんですか。それはちょっと――」


 そこまで言うと、慌てて口をつぐむ。


「フフ。『ちょっとずるい』かな」

「いや、まあ」

「心配には及ばないよ。今頃、波木井先生は、寺西さんのキツい取り調べを受けているはずさ。探偵の報告なんかではない、刑事の取り調べをね」


 竜太郎が悪い顔をしてヌフフフと笑うと、3人の生徒は顔を見合わせて、ぎこちなく微笑んだ。


##


 数日後、龍二は再び竜太郎の家を訪れていた。なにやら見せたいものがあるらしい。呼び鈴を鳴らすと、例によって着ぶくれした竜太郎が出迎えてくれた。2人は早速居間の炬燵へともぐりこむ。


「龍二君、依頼者からまたメールが送られてきたよ。ほら」


 竜太郎が画面を見せると、そこには例によって淡々としたメッセージがリンクと共に記されていた。「ありがとうございました」というメッセージのみが添えられたリンク先を見てみると、そこはまた、FUGAKU☆BOYSの動画のページだった。


「彼ら、まだ動画を投稿しているんですか」

「まあ、見てみようよ」


 動画の内容は、しかし、イタズラではなかった。生徒3人が顔と名前を出し、ミサマコが怪我をした事を発表し、そして、今までの「嘘」を全て公開して謝罪するものだった。コメント欄を見ると、荒れに荒れていた。


「驚きました。彼ら、自分たちからこんな動画を」

「ああ。今までの謝罪と、それと、彼らなりの決意表明なのだろう。ほら」


 動画内では星野が、自分たちの行為を謝罪し、そして緊張した面持ちでカメラをまっすぐ見ている。


『僕たちはミサマコを傷つけました。本当に申し訳ございません。そして、こんな僕らが言えた立場ではないのですが、もうひとつ、皆さんに知っておいてもらいたいことがあります。それは、僕たちの動画を見て、無責任にイタズラを煽るようなコメントを残した方、ミサマコが怪我をした動画を見て広めた方』


 そこまで言うと、星野はふうっと息をついた。


『あなたたちのその行動が、ミサマコを追いつめていったのも本当のことなのです。責任逃れに聞こえるかと思います。そう思われても仕方ありません。でも、本当の事なのです。少しでも自分に思い至る事がある方、もう、こんな事は止しましょう。これは僕たちからの最後のお願いです。本当に、すみませんでした』


 3人の生徒は、画面の中で深々と頭を下げていた。いつまでも。いつまでも。


「これは……凄いですね義父さん」

「ああ。なかなかできる事じゃないよ。自分たちが責められることがわかっていて、なお、話が通じるかどうかもわからない無責任な輩に訴えかけるなんて」

「ええ。しかも顔と名前まで出して。それこそ、匿名で注意喚起をすればいいことじゃないですか」

「きっと、それは彼らにとってフェアじゃないのだろう。だから敢えて顔と名前を。龍二君、私は彼らに『無責任な輩に関わる必要は無い。無視していいんだ』と言ったね。それはある意味、を見捨てる行為だ」

「はい」

「でも、彼らはあの連中を見捨てていないんだ。あの連中でも、戻ってこれると信じているんだろうね。そして、それはもちろん自分たちも。過ちを認めて、戻るんだと」


 ある意味、龍二や竜太郎は、無責任な輩に慣れ過ぎてしまっていたのだろう。連中には何を言っても無駄だと諦めてしまっていたのだ。しかし、彼らは違う。純粋に、まだ間に合うと信じているのだ。そして、共に正そう、戻ろうと、訴えかけているのだ。


「龍二君。なんだか、我々の方が教えられてしまったね」

「そうですね」

「若いという事は、時に無鉄砲で危なっかしくて、残酷だ。それでも、――それでもやっぱり、素晴らしいね」

「はい」


 彼らのメッセージは、あの連中の多くには届かないかもしれない。だが、ひとりでも彼らよって「慣れてしまっている自分」に気づいた者がいるとしたら、それは素晴らしい一歩になるのだろう。竜太郎と龍二は、顔を見合わせると、嬉しそうに笑った。


「そうだ、義父さん。岬君ですが、意識が戻ったそうですよ」

「本当かい。それは何よりだ。うまくやっていけるといいね」

「はい」


 竜太郎はパタンとタブレットPCを閉じると、コホンとひとつ咳ばらいをする。そして、パンと景気よく手を合わせるとニヤリと笑った。


「龍二君。これで依頼は完全に解決だ。今日はお祝いにサウナに行って、あのハンバーグをまた食べに行かないかい。なんならビールも付けて」

「お父さん、そうしたいところなんですが、実は……」

「ん?」


 龍二は持参した手土産を、ごとりと炬燵の上に置いた。


「これは?」

「江美からです」

「え……江美から」


 竜太郎がゴクリと唾を飲んで包みを開く。そこから現れたのは一本の瓶だった。


「これは……酢? ぶどう酢かい」

「はい。飲みすぎないように釘を刺されてきました。ビールばかり飲んでないで、これでも飲んでね、と。我々の行動は、全てお見通しのようです」

「くっ……。よくできた娘だ」

「よくできた妻です」

「仕方ない。龍二君、今日はぶどう酢で乾杯だ。炭酸水があるから、それで割ってぶどう酢サワーにでもしよう。今、用意するよ」


 竜太郎は無念そうに立ち上がると、台所の方へと歩いて行った。ややあって、台所の方から龍二を呼ぶ声がする。


「龍二くーん」

「はーい」

「せめて、せめてさ。ハチミツは入れてもいいよね。ね?」

「ええっと……よしにしましょう!」

「やったあ」


 子供か。龍二は竜太郎の喜びように思わず苦笑した。そして2人は、はちみつ黒酢サワー(ノンアル)のグラスを手にして向き合った。


「何に乾杯しますか」

「そりゃもちろん、我々のやりすぎを見守ってくれているあの女神に捧げるのさ」

「わかりました。では、妻に」

「娘に」

「乾杯!」


 探偵と刑事は、カチンとグラスを合わせると、音を立てて中身を飲み干した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る