第16話 老婆の霊が憑いているのか

 環は久々に自分の手料理をテーブルに並べた。

筑前煮、鯵の南蛮漬け、イカと里芋の煮物、おから煮、かぼちゃ煮、いかにんじん、甘唐辛子の煮浸し。ひじき煮。切り昆布炒め。ゆず大根。牛肉とピーマンのオイスターソース炒め。大根餅。赤貝とあさつきの辛子酢味噌和え。

品数はやたらとあるのだが、確かに、法事の飯、と高久が評しただけはある。

明日、本屋に寄って、もうちょっと華やかな料理本を買ってこよう。

三十一歳の自分ならこの食事が実に健康だと思うのだが、現在の十七歳の肉体の自分では体を維持出来ないのではないか。男子高校生というのは、もっと高プロテインで高エネルギーのアスリート飯みたいのを食べた方がいいのだろうか。

だが、別に運動部でもない。

「ま、とにかく魚を食べよう。頭が良くなるように。高久の脳をちょっとでもスキルアップしなきゃ。来年受験なんだから。血もサラサラになるし」

できればそれまでにこの体とおさらばして、自分の体に戻りたいものだが。

それも考えなくちゃ。どうしたらいいんだろう。もういっそそれこそ怪しげな祈祷師のところにでも行ったほうがいいのだろうか。

雑穀ご飯も炊いた。味噌汁はわかめと豆腐にした。

今日は面倒だからこれを食べるとして、明日は、しなののお見舞いに行った帰りに魚でも買ってきて焼こう。

自宅ではこんな感じで、三日か四日で常備菜をメインとした食事をしていた。

なんだか遠い昔のようだ。

いただきます。と手を合わせた時。

ドアが開いた。

「・・・・おとう・・・さん?お、おかえりなさい・・・」

手にケンタッキーのバケツを持った高久の父が立っていた。

食卓にずらりと並んだ小鉢と息子を交互に見比べている。

「・・・ちゃんとしたもの食ってんだな・・・」

信じられないという様子で彼はチキンを手渡した。

受け取ると、香ばしい香りがした。

うまそうな匂いだ。男子高生の体がうずうずとした。

「ありがとうございます。わー。おいしそうーー」

しなのが入院したと聞いたので、差し入れでもと思って買って来たのだろう。

口座にある程度の金は振り込んであるし、家族カードを渡しているし、必要なものは自分で買うだろうとは思っていたが。

なんだ。法事の仕出しでも頼んだのだろうか。

環がさっと立ち上がった。

「おとうさん、ごはん食べましたか」

「あ、いや。まだだけど・・・」

「良かったら、食べませんか。いっぱい作ったから」

家族の団欒はまず食卓から、というではないか。

ナイスアイディアだ。

チキンを手にキッチンにひっこんだ環は、お盆に乗りきらないほどの小鉢を運んできた。

言われるまま高久九十九は、ナッツのようなものがいっぱい入った飯と味噌汁を出されて、椅子に座って、テーブルに並べられた皿を見てもまだ、詐欺にあっているような気分で。

「すごいな・・・・」

どこでこんなものを覚えてきたのだろう。

「あの、さ。なんでこれを作ろうと思ったんだ」

え、だって普段作ってるから・・・と思ったが、はっとした。

そうだ、確かに、男子高校生が自炊として作る系統ではない。

大抵カレーとか、シチューとかチャーハンとか、鍋とか牛丼と言ったところだろう。

「えーと・・・おふくろの味、的な・・・」

それらしい言葉を選んで言ってみた。

「はあ?これお前のおふくろの年こえちゃってるだろ・・・?俺の母親が作るような飯だぞ・・・」

「・・・あー・・・そっかあー・・・」

私、おばちゃん超えちゃっておばあちゃんなのかな、と環は何だかがっかりした。

「うまいな・・・」

しみじみと九十九は言った。

「そうか・・・。いそは、ばあちゃん子だったもんなあ・・・」

感慨深い様子だった。

「あ、それ雑穀米なんで、体にいいですよ」

「・・・雑穀・・・」

九十九は不思議そうに飯茶碗から雑穀米を口に含んでいた。

環は夢中でフライドチキンにかぶりついていた。

久々に食べたら、うまい。この骨を取っておいて、あとで鶏ガラスープをとろう。

食事を済ませると、環がお盆に乗せた湯呑みを持ってきた。

「ほうじ茶いかがですか」

うん、と湯呑みを受け取ると、一口すする。

「・・・なんだこれ・・・うまい・・・」

普段ほうじ茶なんて飲まないからだけではないだろう、これはやたらとうまい。

自慢ではないが、嗜好品にはこだわりがある方で、酒もコーヒーも日本茶も、最高級のものを日常嗜んでいる。これはよほどいい茶なのだろうか。

「そんな高いほうじ茶買えませんよー。賞味期限が先月で切れてるお葬式で頂いた緑茶を棚から見つけたんで、自分でさっき焙じたんですー」

デザートに梨があるんです。。豊水お好きですかー?とキッチンに消えていく。

・・・・どうしちゃったんだろうか。

まるで、老婆の霊が取り憑いているかのようだ。

息子の様子に、徹は首を傾げるばかりだった。

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