第23話 人生はわからない

ああー、つっかれたあ・・・・。

養護教諭の仕事とは、思ったよりも急病人やけが人が出ないのだが。

授業やテストの準備や、全校生徒の健康診断の整理にほぼ一日が終わる。

・・・大変なんだな。センセーも。

コンビニで買ったアイスと、冷凍庫にある環の作り置きで早い所夕食にして、さっさと寝ちまおう・・・。

ふとスマホを見ると、紫から、行列の出来るインスタ映えのするパンケーキ屋に行かないかというお誘いの連絡が入っていた。

男女として付き合うのはもうもちろん無理だが、紫は同性の友達が少ないタイプらしく、いろいろと話をするようになった。

まあ、あんなやつ、ふつーの女は友達なんて勘弁だろうなあ・・・。

自分はなんでそんな女に夢中になっちゃったんだろうか。

そりゃ、女じゃないからだよなあ・・・。おかしくなって、ニヤけてくる。

なのに、今自分は、女になっていて。しかも紫と友達になったりして。

わかんないよなあ、人生。

兄だってそうだ。

転勤させられすぎておかしくなったのか、どうも本気で環狙いらしいのだ。

「ああいうタイプのヤツが、ストーカーになるんだなー・・・おそろしー・・・。紫といい、なんであんな思い込み激しいんだ・・・」

既婚者なんだといくら説明しても、理解できないようなのだ。

いよいよヤバくなったら、父親にチクってやろ。

大体、仕事以外考えることがないから、相手の事ばかり考えるようになるのだ。

紫など、アキラに対する思いを綴ったブログまで開設していたらしい。不思議なポエム形式の文字が七五調で載っていて、ちょっとマジ怖い、変だよ!と言っても、紫は、照れて身を揉むばかりで。

あれだけの目に遭ったのに、それでもアキラは嫌いではないしむしろ好きといういうのだ。バカバカしくて好きにしろと言ってやったが・・・、実の兄もそういうサイコパスな特性があるのだろうかと不安になる。

「だからまたメール来てるしよおぉ・・・。今度は神戸出張か。・・・神戸いいじゃん。神戸と言えばケーキだよなっ。よし。環先生はケーキが大好きだからケーキを買ってこい・・・と」

すぐさま、「了解・かわいい。涙マーク」という楽しげな返事が返ってくるのが哀れだ。

自分もちょっと利用している節もあるが。

大体、父も兄も今まで家にはあまり寄り付かなかったくせに、最近何かと理由をつけては飯を食いに帰ってくるらしい。

環はそもそもが田舎者でのんびりしているから、「お兄様もお父様も、アンタが心配なの。しっかりやってるとこアピールしておくから」と見当違いな事を言っていたが・・・。

「なのによお・・・なんで自分トコの旦那は帰ってこないんだろうなあ・・・」

ケタケタと笑った時、

「います」

と後ろから声がした。

あ?と振り返ると、夫の涼太が紙袋を抱えて立っていた。

今まで散々職場に持ち込んだ着替えと、律儀に赤べこと木刀も持ってきたようだ。

そういえば、来週帰って来るとかなんとか言っていたような・・・・。

「あ、あーー。警察官の金沢くん。・・・うん、おかえり、おかえり!ほら、黙って立ってんじゃねえよ。飯食ったのか?オイッ。待ってた待ってたッ」

「た、ただいま・・・」

歓迎されると思っていなかった涼太は挙動不審だ。

「よし。ま、とにかく飯にしよう。カレーか?シチューか?よし。贅沢にどっちもだなっ」

実は米は炊いたのだ。ネットで調べて、炊飯器での米の炊き方をマスターした。

タイマーセットも完璧だ。

「あ、そうだ。こないだ、サンキューなっ。警察官のなり方。すげー参考になった」

ああと、と諒太が頷いた。

直径三十センチはある大きな丸皿に、かき氷のように飯を盛っている妻から目が離せない。

一瞬、学生時代の剣道部の合宿を思い出した。

「うわっ、超ウマソーッ。ハムカツとか温玉乗っけたくねぇ?」

「うん・・・。高校生の頃はよくやったけど。今はもう無理かなあ・・・。ところで、なんで突然、警察官試験?」

妻がどん、とテーブルに置いた沼のようなカレーに戦慄を覚える。

「お。うん。警察官になりたいって、子がいて。クラスに。でも、どうアドバイスしていいかわかんなくて・・・」

クラス担任ともなると、進路の心配もしなくてはならない時期なのだろう。

「筆記試験は大丈夫そう?」

「テストは、・・・多分。大丈夫っぽい」

環が徹夜で過去問解いてたから。

「部活は?ある程度スポーツとか、武道やってれば有利なのは間違いないな」

「え?・・・・部活なんか入ってないし。ちょっと、心臓悪くて激しいスポーツ止められてるから・・・」

「・・・うーん。それじゃちょっと難しいかもなあ。筆記試験の他に、体力テストあるから。剣道とか柔道、空手の有段者が多いし。クレー射撃をずっとやってる同期もいるし。ほら、部長なんか昔、柔道のオリンピック候補にもなったし。オリンピックとまではいかなくても、全国大会優勝とか、国体選手だったとかは多いよ」

五十六は頭を抱えた。

警察官というのは、そんな適正が求められるのか・・・。

ある程度頭が良くて、笑顔の似合う好青年で迷子のばあちゃんに道を教えてやれればいいのだと思ってた。

「・・・マジかー」

進路を見出したら、いきなりまた見失ってしまった。

「その生徒さんの心臓って、治療出来ないのかな?大学に行っている間に良くなれば、受験する事は出来るんじゃないかな?何も、今から柔道選手に成らなくても、ある程度の体力があればいいわけだから・・・」

落胆している様子に諒太がそう取りなした。

「お。そっか。・・・そうだよな」

これはやはり前向きに手術を検討してみる必要がありそうだ。

怖いし嫌だが、環が受けてくれると言っているし。

病院に行ってみよう。環は養護教諭なんだから、きっと、小難しくて聞けば聞くほど怖くなる医者の話も理解してくれるだろう。一緒に行ってみよう。

「・・・医者って言えばよ。オメーどーする気だよ」

高久が切り出したのに、諒太が居住まいを正した。

「どっちだってよくなったからよ。あんた次第で」

「どっちって?」

「だからよー、わかってんの?トロいのもいい加減にしろよな。自覚足りねえんじゃねえの?」

シャベルのように大きなスプーンを振り回して高久は怒鳴った。

「保健のおばちゃんが、病院一人で行きながら、一生懸命仕事したりよ、飯作ったりよ、あちこち走り回ってるっつーのに・・・」

頭に来る。そもそも女の体はイライラするように出来ているらしいが。

「いーかっ。本気なんだぞっ。病院に行くのか、このまま結婚続けんのか、離婚すんのか、今すぐ、決めろよなっ」

がたん、と諒太が立ち上がった。

自分で、環に男を追い詰めるなと言っておいて、見事に追い詰めたようだった。

殴られるのか、土下座でもするのか・・・・。

どっちでもいい、やってみせろと思った。

案外女というのは、出たとこ勝負な脳をしているのだろうか。

しかし、どっちでもなかった。

突然、ソファに押し倒された。

ヤバい、絞め殺される・・・と思ったが、諒太の手は最近きついスカートに伸びていて。

しかし、そのパツパツのタイトスカートに、なかなか侵入できないでいた。

意図を理解して、高久は激昂した。

襲われるのも二度目だ。対処は早い。

「ふざけんなよ、おっさん!」

諒太の手が止まったのに気づくと、高久は諒太の頭に手をかけ、かかとで思いっきり諒太の肩を蹴った。

床に転げ落ちたまま、彼はおろおろしたように手を見ていた。

自分のした事に動揺しているのだろうか。

「いきなり何すんだ、ボケ!どういう神経してんだ!男って獣だな!」

「た、たまちゃん、違う、違くて・・・」

「何が違うだ、反省しやがれ!このレイプ魔!」

「・・・違くて、こ、これ・・・?」

必死な形相で、手のひらを見せてくる。

ああ?と高久も顔を近づけた。

諒太の手のひらに、赤黒い血がべったりとついていた。

「なんだよ・・・・お前、怪我してんのか、どっか・・・」

奇妙なことに、諒太の手のひらにも腕にも、傷など見当たらない。

諒太の目が、下半身に注がれているのに、高久も自分の足元を見た。

いつの間にか、スカートから覗く脚が血まみれで、ソファにも血が染みていた。

「・・・・な、なんじゃこりゃぁぁぁっ・・・」

高久が叫んだ。

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