第10話 理解は、お互いの手探りの歩み寄りから
途中寄って買い物したコンビニ袋をガサガサさせて、インターホンを押すと、しなのがおかえりなさいといって迎えに出てた。
玄関に、男物の革靴があった。
「いっちゃん、ちょうど、今ほどお父様お帰りですよ」
・・・・高久の、父親か。
高久商事の、代表だ。
やだー、やだーそんな上場企業の偉い人と会うの緊張するー、しかもこんなことになっちゃって・・・。だいじょうぶだってー。だって見たってわかんないし、そんなのー。一瞬、頭の中で一人会議をしたが・・・こっちは三十代、教諭、担任だ。
「わかりました。ご挨拶申し上げてきます」
意識チャンネルを変えて、環は顔を上げた。
「失礼します」
と言うと、環は襖を開けた。
中学校は茶道部だったので、襖の開け方は体に叩き込んである。
和室に大きなソファセットが置かれている。
食事中だった高久九十九が顔を上げた。
「おう、久しぶりだな。元気だったか」
「はい。おおむね元気でやっております。おかえりなさいませ」
「え・・・うん、じゃあ、いい」
驚いたように、うどんをすすっていた箸を止めたまま、じっと息子を見ている。
変だな・・・という顔をしている。
やばい、と環は一礼して、部屋を出ようとした。
「おい、いそ」
と呼ばれた。
ああ、五十六の短縮か。
「お前、修学旅行行ったんだって」
「え。・・・あ、はい。そうだ、お土産があるんだ。・・・ちょっと失礼します」
バタバタと環は自室へ紙袋を取りに戻った。
自室までが遠いので、時間がかかったが、父親はちゃんと待っていてくれた。
「どこだっけ」
「福島です。福島市でフルーツ狩り、土湯温泉でこけしの絵付け、会津若松で鶴ヶ城を見て、赤べこの絵付け、絵ろうそくの絵付け、裏磐梯で五色沼を散策の後、いわき市のスパリゾートハワイアンズに泊まって、小名浜の学習型水族館と化石館を見学。津波の被害の現在を見て参りました。その詳細は来月の学年だよりに掲載の予定です」
どうだ。この面接力。三十代教員のスペックを見よ。
高久の父親は、不思議な生物を見るような表情のまま。
「・・・うん。そうか。・・・津波か。どうだった」
「まだ、そのまま住宅が倒壊したままのところもあって、堤防も壊れている場所もありました。海岸の様子もずいぶん変わったところもあるそうです」
「そうか。・・・震災の後すぐに宮城の方は行ったんだけど。福島も大変だな・・・」
「原発がありますからね・・・。避難したままの方が未だにたくさんいますから。あ、でも。いわきにある高専の生徒が、廃炉に役立つような技術を企業と共同開発をしたりしているそうなんです。福島市や会津でも農業体験等もあるし、今後は学校同士でそういう交流できればなあなんて話も出てまして・・・」
「・・・うん。・・・いそ、あのさあ・・・」
何か言いだしそうな気配にしまった、と環は舌打ちしたい気分だった。やりすぎたか。
「お父さん、これ、お土産です」
どうぞ、と紙袋をどんと渡した。
「・・・あ、ありがとな・・・」
「はい。少しですみません。じゃ、おつかれさまでした・・・」
呆気にとられていたが、紙袋から土産を取り出した。
銘菓が箱ごとと、赤いやかんかと思ったが、赤べこだった。
「あら、赤べこですか。まあ大きい」
コーヒーを持ってきたしなのが言った。
「なんだかいっちゃん、修学旅行から帰って来たら突然しっかりしちゃったんですよ」
「はあ・・・確かにねえ・・・。あんなこと言うなんて知らなかったなあ・・・」
修学旅行というのは、やはり大人になるのであろうか。
集団生活がそうさせるのか。はたまた、被災地で少し考えるものがあったのか。
しかし、津波の被災地見た意外は、実に慰安旅行のような内容ではないか。
「男の子は、いつまでも子供の期間が長いですけど、突然大人になりますからねえ」
しなのがコーヒーと小さなメレンゲ菓子をテーブルに置くと部屋を出て行った。
ふと気づくと、畳の上にコンビニのもとと思われる袋が置いてあった。
お菓子とジュースが入っていた。
やれやれ。まだまだ子供だよ。と苦笑した。
もう一つ紙袋が入っていたのに、封を開けると、中からストッキングのパッケージが見えたのに、彼は首をかしげた。丁寧にテープを貼り直す。
「・・・・うーん。頭でも打ったのかね。なあ、お前どう思う?」
と、尋ねられたとぼけた顔をした赤い牛が、ぴょこぴょこと頷いていた。
担任と保健医の仕事、というのは結構ある。日誌であるとか、そういうものを適当に片付けて、高久は、本来の帰路と反対側の電車に乗り、デパートへ向かった。
いろいろ考えたのだが、とりあえずここなら全部揃うだろうと思ったのだ。
コンビニで女性用ファッション雑誌を買って、なんとなく分かったことは、女をするには、いろいろと装備品や道具が必要なのだ。
付け焼き刃の知識だが、化粧も、べたべたする下地を塗って、漆喰のようにまた肌色の液体を塗って、その上にまた塗って、粉まで叩きつけるらしいのだ。
小学生の頃、お手伝いをしようという宿題の為に、しなののコロッケ作りを少しだけ手伝ったことがあるのだが。あれくらいの手間を感じる。
・・・コロッケで言うところの、イモ部分。あれが、女子本体とすると。
とき卵と、粉と、パン粉まで買う必要があるわけだ。そして、揚げるという手間が。
そこまでやって、はじめて一般的な女子的なものが出来上がるとしたら。
もはや自分では手も足も出ない。
環本人に聞いたって、あんな手抜きでは納得がいかない。そもそもがジオラマを手作りする凝り性なのである。
「よっしゃ」
高久は意気揚々とドアをくぐった。
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