第25話 乗せられ上手

唐揚げを詰めたタッパーをどんとテーブルに置いて、環はどういうことなのだと五十六に迫った。

昨夜は五分刈り程になった諒太の写真と、《こいつZURAだったYO。イメチェンしたYO》という、衝撃的な内容の簡単な一文しか送られて来ず・・・。

「カッコいいだろ。チョット惚れ直したんじゃね?あ、俺、唐揚げにはマヨネーズなんだけど」

唐揚げとおにぎりを頬張りながら五十六は言った。

ほらよ、と環は特大のマヨネーズチューブを渡した。

五十六は、まだある、と画像を環に見せた。

「な、なんでこんなキメキメの写真撮ってんの・・・?}

そんなタイプではなかろうに、諒太はトレンチコートを着ていたり、サングラスをかけていたり・・・。

「あいつノセられ上手な。何かポージングがどんどんうまくなっちゃってさー」

あはは、と五十六が笑った。

だからと言って、半裸でシーツはやりすぎだろう・・・。

確かに、酒にも飲まれるタイプだが・・・。

ああそうだ。諒太はマルチにもひっかかるタイプだ。

浄水器や洗剤、サプリメント等をよく買っていたっけ。

「バカバカしい・・・」

「そう言うなよ。あいつだって、大変だったんだぞ。話聞いたら、二十八からカツラだっんだって」

「・・・うっそ・・・。全然知らなかった」

十年近く隠しつづけたのか。

「アキラの店、やっぱ若い女の従業員辞めちまったんだって。どう考えても、辞めたのは、アキラと付き合ってた女だよな。で、今は奥さんが店出てた。これ名刺貰っちゃったー。エステ、サービスしてくれるって。行っちゃおうかなー」

環にぐいぐいと押し付ける。

「・・・サロン・ルパン・ザ・サード、チーフスタッフ、三条藤子・・・」

「なっ。ほんとに不二子ちゃんって言うの。面白いなあー」

「ルパンって、ルピナスって花のことだしね。日本語で昇り藤だっけ。・・・奥さんの事、大好きなんじゃないねえ、アキラ」

なぜそんな大好きな奥さんがいて、浮気したりするのだろう。

本当に男の考えていることはわからない。

「まあ。なあ、モテたいからじゃねえ?」

環はもう一度、五十六のスマホに入っている諒太の画像データを見た。

「・・・・何と言っていいやら、もう・・・」

「リョータさあ、そういうのもあって家に帰りづらかったみてーだし」

気持ちもわかるよなあ、と不思議な同情をしている。

「・・・カ、カツラだから?」

「いや。ま、カツラじゃなくてもよ。なんかそういう秘密があると、帰りたくないじゃん。しかも、バレたら多分、奥さんには追い詰められるような事言われるしよ」

「自分が悪いんじゃん・・・」

「ほら、またそういうこと言う・・・」

じゃあ、何といえばいいのだ。

「んー、絶対怒らないから話してみて、とか・・・」

環は呆れて手を振った。

子供か。今時の子供だってもっと気の利いた言い回しをするだろう。

「あっ。そーいや、俺だって大変だったんだからなっ。なんで言わないんだよっ。昨日、せ、生理・・・来て、だからリョータと病院行っちゃったんだからなっ」

耳を疑った。

「・・・え?生理?で?何で病院?え?一緒に?どうして?」

何かとんでもない事を聞いた気がする。

面倒くさそうに恥ずかしそうな表情で五十六は唐揚げをつまんでいた手を止めた。

「だからよっ。・・・ほら、リョータ帰ってきたから話し合いしようと思ったんだよ。そして、分かったって。一緒に不妊治療するって話になって。そしたらいきなり突然ガバって襲ってきやがってよ。やるんにしても、もっとこう、手順とか、準備運動とかよ、ムードとかあるだろうによ。そしたら、何か血が出ててさ・・・」

ああもう、聞きたくない。

「ほんで、リョータも俺も焦っちゃってさー。救急行ったんだよ」

「きゅ・・・救急に・・・?!」

生理来たのにびっくりして、救急に?!

何と恥ずかしいやつ。

有りえない不届きものの女だと思われたろう。

「大体、先生が教えてくんないからだかんなっ」

「ご、ごめん。いや、ここ半年ばっかりぜんぜん音沙汰なかったものだから・・・。ちょっと油断してた」

「ええー。なんだよ。おばちゃーん、上がっちゃったのかよー」

「あ・・・上がっ・・・てないわよ。多分・・・」

「あれじゃね?俺が最近、いろいろ女子力上げてやってるから、体が思い出したんじゃね?」

そんなわけないだろう、と五十六を見たが。

そういうことも、あるのかもしれない。

以前、テレビである個性派美人女優が、年齢的な月経不順に悩み、AVを借りて見たら、復活したと言っていたし・・・。

「マジ腹痛いのは困ったけどよ。薬飲めば大丈夫だし。ちゃんと漏れないやつ買ってきたし」

まさか生理用品買う日が来るとは思わなかったが。

「で。これ、どーすりゃいいの?」

「どうって。まあ。一週間くらいしたら勝手に止まるから。久しぶりだから、すぐ止まっちゃうかもしれないけど」

「一週間もこの調子かよー。風呂とかはどうしたらいいんだよ」

「順番最後に普通に入っていいし。シャワーだけでもいいし。プールとかは避けてね。どうしてもって時はタンポン使うんだけど、そんなどうしてもって事ないでしょ」

「まあ、ダンナ帰って来ないんだから、風呂の順番もなんもねえだろうけど。タ、タンポンなんて・・・、嫌だよ、そんなの怖ェよ」

女って、普通の顔して皆、恐ろしいことしてるなあ・・・。

「あとさ。・・・リョータが、体弱いと警察官になれないって言うんだ」

「・・・ああ・・・そっか・・・。私、すっごい勉強してるのになぁ・・・」

昨日も一時まで、過去問を解いていたのだ。

「うん。だからさ。やっぱり俺、早く手術受けた方がいいと思うんだ。リョータは、大学まで行って、その間に体作りしたほうがいいって。柔道とか剣道とかもやってた方がいいらしいし」

「そりゃ、そうよねえ・・・」

何だか突然だが、前向きになったのならいいことだ。

「じゃ、明日にでも行こうかな。お兄さんが送ってってくれるって言うし」

「兄ちゃん?まだいんのか?」

意外だった。

「うん。そうなの。昨日帰ってきてね。そしてらお父さんもいらして。何食べたいか聞いたら唐揚げって言われて。だから唐揚げなのよ」

タッパーいっぱいの唐揚げはそういうことだったのか。

「そうなの。ちゃんとやってるってとこ見せようと思って。頑張って唐揚げ作ったのよ、先生は」

誇らしそうに胸を張られても・・・。

唐揚げ揚げてるところを見せられてもなあ・・・。

「我ながら好評だったわー。・・・そうそう、お兄さん、今付き合ってる方いるんだって」

一三が嬉しそうに話すのを、高久の父が興味深そうに聞いていたのが印象的だった。

高久の顔色が変わった。

「・・・え?」

「だからあ、彼女がいるんだって。心配して損したわねー」

見通しは?と父に聞かれて、年内には無理だけれど、来年のうちには、形にできると思います、と答えていた。

つまり、来年にはゴールインの予定ということだろう。

「職場恋愛なのかな?職場での様子が気に入ったとか言ってたし。お父様も、仕事をしている様子が一番ひととなりを知るいい機会なんだって仰ってたし」

「いや・・・。センセー、ヤベーよ。それ・・・」

「・・・確かに結婚式に、自分たちが入れ替わったままだとまずいわよねえ・・・。さすがそれまでには、何とかねぇ・・・。まあ、でもいいわよー。そしたら私、タキシード着ちゃおうかしらっ」

久々の浮いた話で、環もなんとなくうきうきしていた。

この年になると落ち着く友達は皆落ち着いてしまって、結婚式にお呼ばれの話もご無沙汰なのだ。

「違うよ。違うってっ。・・・それ、アンタっつうか、俺のことだってっ」

「はあ?別に会社一緒でも何でもないじゃない。何で職場よ?」

「一回来たじゃん!カステラ持って、ここに」

「え?だってお土産なんて・・・確かに仙台のお土産は貰ったけど・・・その後は別に・・・」

「いや。貰ってる。こっちに届いてんだ。最近だと、瓦煎餅とバームクーヘンと、丸バタサンドとじゃがぽっくると、もみじ饅頭・・・」

今、環の自宅には、銘菓が山積みになっているのだ。

「はあ?知らないわよ、それ!何普通に貰ってんのよ!?なんで住所教えてんのよ!?」

「いや、ちょっとストーカーっぽいけど、まさかそこまでとは思わなくて・・・」

甘かったと五十六は後悔した。

「先生も美味しいと言ってたとか、適当に返してたんだけど・・・」

そういえば、いそも応援してくれてますとかわけわかんないこと言っていた。婚約者が誰なのかは知らないから、こっちも上の空で話し合わせてたけど・・・・。

彼の頭の中で、何か間違ったストーリーが出来上がっていたとは。

「ちょっとちょっと、困るからちゃんと説得してよー」

「だな。うん・・・。思い込み激しいのにも困ったもんだ・・・」

「待って。一回、家に帰ったら、ちゃんと確認してみるから・・・。何のつもりなのか」

今日帰宅したら、話してみよう。一三は今週いっぱいは本社勤務だと言っていた。

「オッケー。話の中身が見えたら、連絡してよ。そこまで思い込み激しいとは思わなかった」

五十六も、真面目な顔で頷いた。

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