第8話 女教師の私生活

高久は、渡されていた鍵で、ドアを開けた。

こじんまりとした玄関に、環の趣味なのか小さいフクロウの置物がいくつか並んでいる。

手狭ではあるが落ち着いたダイニングが広がっていた。

カウンターにもフクロウがいて、センサーでホーホー鳴かれてギョッとした。

「うおーキンチョーするー。ふ、夫婦の、べ、ベッドルーム・・・」

ドアを開けると、シングルベッドが二つ並んでいた。

「えっ。シングルなのかよ。ビジネスホテルかっつうの・・・」

夫婦はダブルベッドでイチャイチャするもんだと思っている高久にはショックだ。

「ここんち、冷め切ってんのかなあ、やっぱ・・・。うわー。結婚に夢見れねー」

ぶつぶつ言いながら、まずは、とクローゼットを開け、引き出しを開ける。

「ん、やっぱりな。どれもこれもババアカラー。保護色のつもりかよ」

服も黒紺茶、たまに国防色のようなカーキ。下着も全てベージュなのである。

人生初のブラジャー、当たり前だが。それもベージュだったので、よもやと思ったが、やはりである。

「俺の人生初のブラジャーくらいは、赤とかよー、黒とかよー・・・」

ぶつぶつ勝手な要望を言いながら、キッチンに戻り、遠慮なく冷蔵庫を漁った。

「ん。なんかある」

タッパーがびっしりと並んでいるのだ。

作り置きらしい。

「・・・・全部茶色だな・・・土か・・・?」

きんぴらごぼうに、筑前煮。イカと里芋の煮物に・・・。

ビジュアルがもうテンション下がる。

「・・・これなんだろ」

四角く切られた茶色い消しゴムみたいな物体。

「なんだこの上にくっついてるツブツブ・・・。ちょうちょの卵じゃないよなあ・・・」

松風焼きだ。表面の粒はけしの実である。

恐る恐る口にいれると、案外美味しかった。

「ん。これうめえ。ハンバーグみたいな味する。あー、なんかこれ正月に食った覚えあんなあー」

調子に乗って次から次へと開けてみた。

「おっ。魚か。あ、これぶりの照り焼きってやつだ。煮カツもあるー。・・・米ねえのかな、ここんち」

冷凍庫を探ると、ラップ保存された米が出てきた。マジックで律儀に品物名と日付が書いて有る。

「ええと。お赤飯。チキンライス。えびピラフ。中華風おこわ。うわ迷う~。よし、全部チンだ」

景気良く全部レンジにつっこむと、テーブルに並べた。

「うめー。すげー、田舎の法事みてえな飯だなあー」

これをせっせと作って、保存しているのか。帰ってこない旦那のために。

で、仕方ないから、こうやってあいつも自分で食ってるんだろうなあ・・・。

冷蔵庫をまた開けた。

「ビールねえのか。・・・お、ミルクティーあるじゃん」

二リットルペットボトルのまま飲み干す。

すごい勢いで食事をすませると、思い出してはっとした。

「そうだそうだ、おかーさまに、お土産を渡せとな・・・」

環にあらかじめ手渡されたお菓子の袋と・・・。

「点数あげといてやんないとなっ、ヨメとしてっ」

もう一個紙袋を抱えると、高久は階段を下りて行った。

 

 一階に降りると、そのままキッチンに繋がるドアを開けた。

声が聞こえる方向に進んでいくと、どうやら電話中のようだ。

「そう、そうなのね。明日、ランチのお店って、何時から入れるのかしら。私少し早めに着きそうだから」

楽しげな話だ。明日ランチに行く計画をしているのか。

「えーっ、十一時。だって私、十時には着いちゃうもの」

いや、おかーさま、昼飯食いに行くんだろ、と突っ込みたくなったが、黙っていた。

「わかったわ。じゃ、いい。大丈夫。少しゆっくり行く。え、そうねえ。じゃ、十一時三十分に着くから」

最初からそうしろよ。

それから何度も同じような挨拶を繰り返し、彼女は受話器を置いて顔を上げた。

高久と目が合った。しばらく、置いて。

「ああっ」

叫ばれて、驚いて、高久は驚いて飛び上がった。

「えええっ?」

「・・・環さんじゃない。びっくりした」

反応、おせーよ・・・・。なんだよ。

「あ、す、すいませーん。あの、修学旅行から帰って来ましたので、お土産ですー」

「あらあ、悪いわねえー。いいのに」

わざわざ。どうせたいしたものじゃないだから。

と、顔に書いてある。

「福島に行って来たのよね。何かしら。フルーツが有名よね。今の時期だと・・・」

「あー、確か、クッキーです」

「そうよねえ」

落胆とちょっと侮蔑の顔。

ほら、金沢のアホめ。クッキー一個じゃダメなんだよ。

得意気に、高久は紙袋をもう一つ差し出した。

「あ、気持ちです、気持ち」

電話が鳴った。

「すみません、どうぞ。私、失礼しまーす」

「え。あ、あらそう。ありがとう・・・」

慌ただしく去っていった嫁を不審気に見送ると、また受話器に手を伸ばした。

「はい・・・ああ。ともちゃん。え、明日、やっぱりうちに来てからお店に向かうの?・・・いいわよ。・・・なにこれ・・・」

喋りながら梱包を開けた、金沢るり子はつい声を出した。

「あ、ごめんなさい。それがウチの息子の嫁。そうそう、保健の先生の。修学旅行でお土産って、つまんないお菓子と、木刀よっ。防犯対策かしらねっ」

金沢るり子の手には、白虎隊と焼印の押された木刀が握られていた。

その後、高久は、一晩かけて、環が作り置きした常備菜をあれこれ食べ、その後は夜中にコンビニに行って好きなお菓子や飲み物や雑誌を買ってご満悦だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る