第4話 体入れ替わり、心立ち替わり

年配のバスガイドが会津磐梯山の歌を軽妙に歌いながら、バスは常磐道を突き進む。

「はーい、今夜はみなさあん、お泊まりはスパリゾートハワイアンズとなりますね。みなさん、映画のフラガールはご覧にななりましたかー。感動でしたねー」

以前は常磐ハワイアンセンターという名称であった施設であり、それは斜陽産業であった常磐炭鉱の転身の成果であった。

フラガール超かわいかった。うちの母ちゃんもフラダンスやってるけど映画のガールと全然違う。そりゃおまえのかーちゃんガールじゃねえし。そんな男子生徒達の声の真ん中で、環は頭を抱えていた。

一番前の席にはこれまたずぶ濡れの担任である自分の姿をした高久が座っているのだ。

彼もまた、何かを考えている様子で押し黙ったままだった。

混乱しているのだろう。そりゃあそうだ。

「しっかしー、さっきはビビったよな。キンタマがいきなりストリップだもんなあ」

高橋が言うと、まわりが沸いた。

「だっよなあ。池に落っこちて頭打ったんじゃねえの」

「お前もだいじょうぶかよ、あの池、深そうじゃん」

「キンタ・・・え、え??」

「だから、あいつ。今更何言ってんだ。・・・ほんと大丈夫かよ?」

高橋が指差した先には、間違いなく担任の姿があり。

「金沢、環、だろ。何言ってんだよ、今更」

今更ということは、自分は生徒間で随分と長くそう呼ばれていたらしい。

情けなさでいっぱいになった。

ちなみに、自分の旧姓は韮崎であり、学生の頃はニラタマというアダ名であった。

十五年たって、ニラタマがキンタマになりましたか・・・。

「あいつよー、ダッセエって前から思ってたけど、けっこう巨乳な」

「でもダセーのはよー」

最大に情けなくて涙が出そうだ。

とにかく、高久と話すしかない。なんとか二人で話せる機会を作らなければ。

バスを降りて、フロントで宿泊の説明を受け、それぞれ部屋のカギを班長が受け取った。

その時、ちょっと、と腕を引っ張られた。

自分が立っていた。高久だ。

「高久ー、行くぞー」

カートに同じ部屋のメンバーの荷物を積み終わった高橋が、声をかけてきた。

「風邪薬もらってから行くから、先行ってて!」

とっさに吐いた嘘であったが、ああ、わかった、と高橋は不審がる様子もなく、他の生徒とエレベーターに向かった。


「ちょっと、ねえっ。高久くん。止まりなさいってっ」

引っ張られて走っていたが、人気のない非常出口の手前で、高久は立ち止まった。

環はギョっとした。

振り返った自分が突然、爆笑し始めたのだ。

「なあ。これ、嘘じゃないよな?キンタマ、俺の体にはいってんだろ。傑作だな、おい」

「あんた何笑ってんのよ。どうすんのよ・・・」

相手は学生だ、しかも男子学生だ。だから、わかっていないのだ。事態の深刻さを。

環は顔を手で覆った。

ええっと、と高久は環の羽織っていたダウンジャケットのポケットに手をつっこんだ。

スマートフォンを取り出す。

「とりあえずこれ、返して。センセイのはこれ」

環のスマートフォンと財布をほい、と放って寄越した。

「ライン登録しといたから、あとはとりあえず連絡はコレで。ま、とにかくさあ、今日と明日はここに泊まるわけだし。その間はバレないようにすりゃいいよな。こんなバカなこと誰かに言ったら、頭おかしい奴だと思われちまうし」

その先、その先はどうするのだ。今日と明日より、その先のほうが長いじゃないか。

「俺さあ、つーか、アンタ?音楽のユカパイと同じ部屋なんだよね。あいつさー、ロリフェロモン系じゃん。楽しみ~」

音楽教諭の一ノ瀬紫は、理事長の姪で、更にその可愛らしい容姿で生徒にも人気がある。

自分とは正反対である。

「あ、あとさあ。あんた、今寒くねえ?」

あまりのマイペースぶりに、めまいがする。

「寒いわよっ。そりゃそうでしょうよっ。あんな沼に落ちて、アンタがいきなり服脱ぎだすから着替えもできずにそのままだからねっ。風邪だってひくっつうのっ」

「ま、まあまあ落ち着いて・・・」

さすがに悪いと思ったのか、高久がばつがわるそうに頭を下げた。

「あのさあ、俺、ちょっとした持病があってね」

「え?」

「あ、いやいやそんな、大変なもんじゃないの。薬たまに飲むくらい」

「なによ。喘息とか?貧血とか、糖尿病かなにか・・・?」

でも、ならなぜ担任で養護教諭の自分が把握していないのか。

「持病あるなら申告しなさいって、入学時に案内あったはずですけどっ?」

「あー、いやいや、そんな毎日とかじゃないから。調子悪くなった時だけ。薬、リュックに入ってるから。・・・あとさ、ここって、結局プールとか風呂じゃん?」

環は思い当たってため息をついた。

「え・・・ああ。そうよね・・・」

まだ見ていないが、噂のタトゥーが入っているとしたら、バレてはまずいのだろう。

「・・・どこなの?シャツとかで隠せる程度なの?」

「前、腹より上あたり。シャツなら全然大丈夫。でも風呂、みんなと入りてぇし・・・」

「って、実際入るの私よっ?私あいつらと入りたくないっ」

「じゃ、風邪っつって。あとで体調良くなったら入るとかテキトーにごまかしてよ。あ、やべえ、ユカパイからラインだー。先生同士でなんか打ち合わせするみてぇ。早く来いって。・・・大丈夫大丈夫、うまくやるからさ。じゃ、また後でなっ」

大股ダッシュしていく自分の後ろ姿を不安なまま見送った。

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